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作品名:マエノスベテ 作者:たくひあい

第23回 26 27
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 その頃にはいつしか浮気を忘れてしまっていた。
陽気に振る舞うと、《彼》がウワキダかフリンカ、フリンダと間違えてしまうのだから。
たぶん彼女らはそんな性格の人だったのだろう。

ただ家事に徹する機械のように、ウワキダやフリンカやフリンダとしか呼ばれない自分の名も、もう忘れていきそうだった。
《彼》は特に私に来客があるときに集中して、名前を間違えた。不安なのか焦りなのかわからないが、動転して過去の記憶が混ざってしまうのだろう。

「この、フリン!」

怒りが頂点に達した彼は、それでもまたついに、知らない愛称で呼んだ。

「フリンじゃ、ないです!」

「ダッタラウワキダ!!」


ウワキダさんのフルネームだろうか。
マトリョシカのように、マトリョちゃんなのだろうか?
ダッタラ、ダッタラ!
彼はとても真面目に訴えていたが、私にはやはり意味が通じていなかった。
《この部分》の話になると、いつも恐怖を感じてしまう。
せめて、言葉が通じれば良いのだが、わけもわからず、そしてわからないことすらも認めてもらえないことがとても悲しいことだ。

 そうなれば無心のまま壁に釘付けられてしまったドライフラワーを眺めて、興奮が収まるのを待つのみだった。
目を閉じていると、脳裏に浮かんでくる。

――フリンダ!

私は……
私はフリンダではないのです。

――バカにしてんのかウワキダ! ウワキダ、わかってくれよ!! 意味がわからないなんて、とぼけるなよ!


何を怒るのでしょうか。
私はいつも、ただ他人と話すだけだというのに。
2019/04/22 21:00




27
・・・



「ケーキ、美味しいです」

どうにか絞り出した声に、《彼女》は「そう、よかったです」と答えたがなんだか顔色が悪そうだった。

「どうかなさいましたか?」

聞いてみるが、ただ、あぁ……とぼんやりした呻きを上げている。

「私が、悪い、私が話すから私が、私が、フリンカ、フリンダ、私は、ウワキダ、フリンカ、フリンダ……」

何かの呪文だろうか?
それにしたって聞きなれない
羅列だったので、意図が伝わらなかった。
彼女は、そうしているあいだにも目の前でどんどん青ざめていく。

「あぁ! フリンカフリンダ、ウワキダ、フリンカ、フリンダウワキダ、あぁ!」

「あの」

ぼくは慌てた。
彼を呼べばいいのか、なにか処置が必要か電話で何処かに連絡すべきか、一時的な錯乱ならよいのだが。

「スベテは、俺のだ! フリンカ! フリンカ、スベテは俺のなんだ!」

人の名前だろうか?
明確な発音がわからなかったが、そんな響きがあった。

「マエノス・ベテは、俺だと……彼は、マエノス・ベテという名前で呼びます、だから」

テーブルから離れてしゃがみこんだ彼女に、せめて多少の意識が戻らないかとぼくは呼び掛けた。彼女はしばらくして、はっと我に返り泣き出した。
そして少し泣きやむと、呟くように言った。

「大丈夫です、ごめんなさい、少し話をしますが良いでしょうか?」

2019/04/23 19:04


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