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作品名:RACE OF DUSK 作者:千彰

第4回 魔獣と対峙せし者
 カラン街道を歩くこと約20分弱、ヴィルとエリーは仮称アウルベアーが目撃されたとされる現場へ到着した。
途中、アオトイ自警団員の誰とも遭遇することはなく不気味なほどに静かだった。
普通ならば鳥のさえずり程度ならば聞こえてくるはずである。

「エリー状況確認。」
「はい。 探索の術式を使用します。」

 そう言うとエリーはその愛らしい双眸を閉じ、深く深く息を吸いこれまでとは異なる呼吸法を始める。
そして四大精霊の名前を起点に約束の言霊を順序を追って丁寧に詠唱した。

「シルフィードの聖名において、
 見渡す限りを見通す天空の瞳を我が双眸に与えよ!
 天眼(ヒーシィ・セラ)!」

 詠唱の直後、彼女の立つ周囲の空気の流れが変わり、数メートル範囲内だけ別世界のように風が巻き起こっている。
その後エリーの目の前に淡く白い光が突如として現れ、光はやがて球体を成していった。
光はエリーの側へ移動するとくるくると周囲を飛翔し空高く舞い上がっていったのだった。
彼女が使用した術式は風精霊シルフィードの力を借りた周囲探索の術式であり、
先程の光球が天上より周囲の風景を映し出し、その映像を直接術者へ投影するというものである。

「マスター、ここから300メートルほど西進したところに開けた場所があります。
 そこにレムレイスと思われる物体と、生命反応が見られない数体の人間が視えます……、
 どうやらレムレイスは”食事中”の様子で……出ていった人数との相違から……うっぷ……。」
「わかった、もういい。
 ありがとうエリー、ここからは俺の仕事だから気分が良くなるまでここで待っているといい。」
「はい、すみません……。」

 ヴィルは座り込んでしまったエリーを抱き上げ近くの木の根元まで運んだ。
横にしたほうがいいかとも思ったが万が一があっては対処できない。
辛いかもしれないが木に寄り掛かるだけにしておくようにと言い含めた。
エリーが急に体調が悪くなったのは、
彼女の目にアウルベアーと戦ったアオトイ自警団員たちの容赦のない末路が映し出されたからである。
探索術式の術者が覚悟するべきことでもある。

 エリーが行使した技術、それは精霊術式(リート・エレメンタル)と呼ばれるヒトと精霊の間に提携された特殊技術の一つであり、
特定のテキストを記載・詠唱を行い対価を支払うことで、精霊の力を一時的に借りることが出来るというものである。
誰でも簡単に契約できるわけではないが、大抵の人間は自分の資質とあった精霊と契約自体は可能である。
高度な術式を行使する場合は、それに見合った対価と精霊から自動的に伝わってくる情報量に耐えうる類まれなき精神力は必要ではあるが。

 ヴィルはエリーが指定した場所へ向かいながら腰の剣の柄に手をかける。
彼の腰にある剣は見てくれこそロングソードそのものだが、一つだけ仕掛けが施されてある。
ヴィルは掛け捨て保険のつもりだったのだが、今回ばかりは掛けていて正解だったと思っていた。
その仕掛けとは、任意のタイミングでただのロングソードを
対レムレイス用装備と同じ効力を持つよう1度だけ変更させるというもの。
性質そのものを変更させる一種の”強制昇格”に類する術式である。
仕掛け代は本体の3倍、切り札中の切り札をヴィルは切ったわけである。
ちなみにこれは自己負担であり、もちろん経費では落ちない。

 しばらく疾走しているとエリーが指定した場所へ到着した。
そこには息絶えたアオトイ自警団員らしき肉塊と赤く染まった草、
そして口元を真っ赤に染め上げた魔獣型レムレイス・アウルベアーの姿があった。
一通り食べ尽くしてしまったのだろうか、それとも対峙するヴィルの動きを見定めているのか、
じっとその鋭い光を放つ赤い瞳でヴィルを見つめているだけだった。

「……剣の名において在るべきところ還してやる。
 かかってこい、お前の相手は俺がしてやるさ。」

 ヴィルはじっとこちらを見つけているアウルベアーから視線を外さないようにしながら、
腰に差しているロングソードの柄に手をかけた。
こう見えても剣技にはちょっとした自信があるヴィルだったが、相手はヒトの天敵たるレムレイス。
このまま斬りつけても大したダメージを与えられるとは到底思えなかった。
仕掛けを開放するにしてもまだその時ではないのは分かっているが、
どうしても先の先を狙って気が逸ってしまうようである。
ただ剣を鞘から引き抜くだけで封じてある仕掛けまで開放してしまうかのようだった。
ヴィルは深く呼吸をしながらジリジリとアウルベアーとの距離を詰めていく。

「……くっ……。」
「キュルルル……! キュルル……!」

 フクロウともクマとも言えぬ不思議な鳴き声を発したアウルベアーは、
これまでとは明らかに異なる視線を向けてきた。
どんよりと黒に近い鋭く赤く光る瞳、鉄をも切り裂く事が出来そうな鋭利な爪、
体躯はクマの比ではない程に頑強に見える。
アウルベアーはしっかりとした敵意を持ってヴィルを睨みつけはじめた。
ヴィルの額から汗がじわりと浮く。
空気が張り詰めこれまでにない緊張感を帯び始めていた。

 ヴィルがエリーの事を考え視線を空に向けた瞬間を、
時間にしてレイコンマゼロ秒以下の隙をアウルベアーは見逃さなかった。
ほんの僅か反応が遅れるヴィルに対してアウルベアーは一気に接近すると、
その鋭い爪を振りかざし上段から下段を振り下ろした。

ガギィンッ!!!

 金属と金属がぶつかったような甲高い衝突音が鳴り響く。
間一髪、ヴィルはロングソードを抜き放ち剣の腹で受け止める事に成功したが、
今の強烈な一撃の影響かアウルベアーの攻撃を受けた刀身の一部に微細な刃こぼれが生じてしまった。
アウルベアーは今の一撃で仕留めきれなかった事が頭に来たのか、連続して爪をヴィルめがけて振り下ろす。
ヴィルもこの連続攻撃を受け続けるつもりはないようで、
寸での距離でアウルベアーの攻撃を回避しながら刃を向けたのだった。

「ちぃっ! 硬い……!」

 斬りつけたロングソードの刃は、当然のようにアウルベアーの身体には通らなかった。
これがレムレイスの特徴の一つであり、ヒトの天敵と呼ばれる理由の一つである。
ヒトが作り出した武器や道具では傷つける事が難しいのである。
まるでものすごく厚い鋼鉄の鎧に向かって剣を振り下ろしているような感覚。
それこそ剣の達人と呼ばれる剣聖クラスの人間であれば、兜割や斬鉄の要領で切り裂くことも出来るかもしれないが、
並の武器とそこそこの剣の使い手程度の技量では傷一つ負うことはないだろう。

 ヴィルは力任せに切り払ってアウルベアーから一旦離れる。
距離をとって何かしら手を打たないとやられる、
少しでも迷っていたらその間に繰り出されるであろう第二撃目を受け、
周囲に転がっている哀れなアオトイ自警団員達の仲間入りを果たすことだろう。

「厄介なやつめ……。」

 アウルベアーはヴィルの動きを注視している。
ちょっとした変化も読み取ろうとする知性を感じさせる行動に、
ヴィルはレムレイスの厄介さと天敵たる意味を感じていた。
ならばと、ヴィルはすっと足元に手を伸ばし転がっていた拳大の石を拾い上げ、
そのまま全力でアウルベアーに向かって投げつけた。
投げられた石は真っ直ぐにアウルベアーへ飛翔する。

「キュルルル?」

 アウルベアーはかわす素振りも見せず投げられた石を手で払い退ける。
石を投げた直後、ヴィルはロングソードを逆手に持つと地面に突き刺して何やら呟いた。
呟きが終わった瞬間、ヴィルの周囲十数メートルで砂埃が巻き起こりアウルベアーを含めた辺り一帯の視界を遮る。

「キュッ! キュッ!?」

 ヴィルの姿を見失ったアウルベアーはキョロキョロとその大きく不気味に赤く光る目を動かす。
アウルベアーは両腕を翼をはためかすように動かし、砂埃は吹き飛ばせる程度の風を巻き起こした。
風の影響で次第に周囲の視界は晴れていく。
だが、そこにヴィルの姿は無かった。
アウルベアーは少し混乱した様子を見せる。

 ヴィルは上空よりその様子を確認すると、ふっと小さく口元を緩ませる。
ヴィルは唯一使用できる移動系の精霊術式を行使し地上数十メートルまで飛び上がっていた。
砂埃は飛び上がった際に巻き起こっただけであるが、ヴィルはもちろんこれを計算に入れている。
段取りは終わった、あとは口上を言いながら術式を開放し聖剣の名を模した”偽聖剣”を振るうだけである。

「――聖剣の御名の元、変生せし悪辣たる怨嗟の魂よ滅せよっ!!」

 ロングソードだったそれはいつの間にかその変えていた。
すなわち人々が想像する伝説上の剣、すなわち窮地を救った英雄の剣、すなわち神話通りの姿。
ヴィルが行使したそれはただの一度だけ、ただのロングソードを聖剣と同等の格に変える術式である。
レムレイスにとって聖剣は有効である。例えそれが偽物でも剣自身が聖剣と信じたならば。

続く。


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