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作品名:魔術師は笛を吹く 作者:千彰

第6回 「白と赤の二重唱」
 サーカスの天幕の裏側、いわゆる舞台裏とも言うべきその場所は演技で使用する装置や道具、
そして飼い慣らされた動物達の檻が所狭しと置かれてあった。
タイミング良く演技の真っ最中と言うこともあり、見慣れぬ人間が迷い込んだとしてもそれについて誰も気にしない状況だった。
アリシアとエンリカはここぞとばかりに、関係者ですよという雰囲気を出して堂々としながらもこっそりと調査に乗り出したのだった。

「まさに舞台裏。
 表舞台では観客の歓声と拍手が飛び交い、裏ではスタッフ達の怒号が飛び交い緊張の糸が張巡らされていると。
 湖面の白鳥しかり、舞台裏なんてみんなこんなもんですかね。」

 エンリカは表情を変えないままぼそっと感想を述べた。
はは、と愛想笑いで精一杯のアリシアだったが、今目の前で繰り広げられている繁忙ぶりにアリシアはどこか安堵していた。
理由は一つ、噂にあるような“黒い印象”を一切抱かなかったからだ。
多少覚悟していた部分もあったので、思っていたよりもという前提ではあるが。

「それはそうと、噂にあるような“ヤバイ雰囲気”を全く感じませんねぇ……。」
「あ、エンリカさんもそう思いますか。」
「犯罪の拠点と言うよりは、純粋に演劇会場という雰囲気ですしねぇ。」
「私も同意見です、噂を知った上だったのである程度覚悟を決めて来たんですが、
 正直肩すかし感が否めないかなと……。」

 皆まで言い終わりふぅっとエンリカは息を深く吐いて、胸ポケットに忍ばせてあったメモ帳を取り出す。
そしてぱらぱらとメモ帳のページをめくりアリシアの感想に対する返答をする。

「コホン。
 人身売買については、大昔、それこそサーカス発祥の黎明期において良くあった噂話だったそうです。
 彼等は各地を周遊していますからね、天涯孤独な子どもを養護施設から引き取ったりという事はあったんでしょう。
 その事実がねじ曲がって、“彼等は人身売買をしているという黒い噂”がずっと暗部で言われ続けていた、と。」
「ちゃんと調べてきたんですね、
 でもまあそう考えるのが妥当ですよね、現代ならば尚のことか。」

 エンリカはくるりとアリシアに向き直り、真面目な表情で話を切り出した。

「――アリシアさん、直接支配人に会ってみませんか?」
「支配人にですか? 
 私の立場的には全然アリな展開ではありますが、上手くいくでしょうか。」
「上手くいかなかった時は、まあ、その時に考えましょう。」

 ちょこちょこ調べていてもらちが明かない以上、当たって砕けろという話である。
アリシアは多くを語らないエンリカの糸を察していた。

「そうですね……行ってみましょうか。」

 二人は意を決してサーカスの支配人に会うことにした。
こそこそ探っていてもラチは明かないし出来れば堂々と許可を得て、
調査員として調べておきたいというアリシアの意見もあった。
そうなると話は早い、エンリカがその辺りで演技用の装置の準備をしていたスタッフに声を掛け支配人の場所を聞き出している。
どうやらスタッフの話によると支配人は、天幕の中にある支配人専用の仕切りの中にいるとのことだった。

「――ここだよ。」
「わざわざすみません、お忙しいところに。」
「かまいやしないよ。
 俺だって事件の話は知っているし心配もしているさ、その調査ってんだから協力するよ。
 ばあちゃんが言っていたんだ、困っている人がいたら助けてあげろって。」

 そう言ってスタッフは二人を支配人のいる仕切りまで案内してくれた。
仕切りはベニヤ板のような薄い木材で仕切られただけの簡素なモノで、強風でもあれば吹き飛びそうな造りだった。
一応、布で作られたドアのような入り口が見える。
二人は多少周囲を警戒しながら布の前に立ち声をあげた。

「お忙しいところ失礼します。
 “ダンス・イン・ザ・クラウン”の支配人様はこちらでしょうか。」
『どちら様かな?』

 仕切りの奥から優しそうな中年男性の声が聞こえてくる。

「はい、私は市立特別調査室所属のアリシア・ファレルと申します。」
『ああ、調査員の方ですか、ファレルさんどうぞお入りください。
 書類の整理をしているので、散らかっていると思いますがご容赦ください。』
「ありがとうございます。」

 仕切りに入ると支配人と思わしき恰幅の良い中年男性が、忙しそうに書類の束に目を通していた。
年の頃は五十半ば、豊かに蓄えたもみ上げから顎にいたる髭と黒一色のスーツがとても似合っていた。
彼は二人を見ると座っていた椅子から立ち上がり一礼する。
握手を求めようとしたが、二人が女性だと思い直し、おっと失礼しましたと言い直した。

「ようこそお出で下さいました、私が当サーカスの支配人を務めておりますフレデリック・グロスマンです。
 お気軽にフレッドとお呼びください、うちのキャストやスタッフは皆そう呼んでいますから。」
「え、あ、いえ。 流石にそういうわけには。」
「ふふ、貴女はとても真摯な方のようだ、してそちらの女性は?」
「……どうも、アリシア調査員の“弟子”をやっています“エリカ・クローチェ”です。」
「エリカ、さんですね。 お見知りおきを。」

 何故か偽名で自己紹介をしたエンリカに、
いつの間にか上司にされてしまったアリシアは眉をひそめ愛想笑いをするしかなかったのだった。

「ふむ、ここに来られた理由は例の事件のことですかな?」

 フレデリックはアリシア達が口を開く前に言い放った。
アリシアは一瞬動揺をしたものの、フレデリックの言葉に乗じる。

「はい、仰る通りです。
 現在市内で発生している集団失踪事件について、私は通常捜査ではない別のアプローチから捜査を行っています。
 その件で少しお伺いしたい事がありましたので僭越ながら参上しました。」
「ふむ。」

 しばらく自身の顎髭を触りながらフレデリックは考え事をしていた。
時間にして僅か数秒程度だったが、アリシアは実時間よりも長く感じていた。

「お話から察するに、人前でははばかれるような噂の立っている当サーカス団へ、
 真相を明らかにすべく調査へ来られた、とそんなところですかな。
 噂の内容は……そう“人身売買”、言うなれば今回はガサ入れ前の事前調査といったところですかな?
 はっはっはっ。」

 大筋その通りの為、否定する言葉が浮かばなかったアリシアは話を合わせる形で続けた。

「恐れ入ります、お察しの通りです。
 私達調査室では、どんな些細なことでも事件と関わっている可能性がゼロでなければ捜査することを信条としています。
 室長が何事もその……“重なり合っている可能性”だとのことで。」
「フタを開けて見るまではクロともシロとも言えぬ、そういう事ですな。
 さながら隠れた可能性、多世界解釈とも言いますかね。」

 次の言葉に詰まってしまったアリシアを見かねてか、隣で涼しい顔で話を聞いていたエンリカが言葉を挟む。

「まあ、タイミング悪くこの街に来られたわけですから調査員としては見逃せないということです。
 本日は本格的な捜査をしているわけではないので、事業内容やこれまでの実績あたりをお話して頂ければ助かります。」
「あ、えっと、もちろん任意で結構です。」
「エリカさんでしたかな、貴女とアリシアさんは良いコンビのようですね。
 ええ、事業内容や実績についてお話するのは構いませんよ。」

 そういうとフレデリックは書類の束から目当てのファイルを取り出し二人の前に広げる。
そこにはサーカス団の歴史を綴った少し凝ったタイトルがふられていた。
歴史あるサーカス団なのは間違いないようで、最低でも一世紀以上前から営業をしていることがわかった。
隣国の宮廷広場での特別公演や、先進国の大会場での演技実績など細かに記録されていた。
また、小規模ながらも活動実績は全て記録されているようで、年単位で確認出来るようだった。

「……15年前にもアエルに来ていたんですね。」

 エンリカが目敏くアエル公演録を見つけ、アリシアの前にそのファイルを広げる。
丁度15年前の同じ季節、そして場所も全く同じ中央広場だった。
観衆数は現在と比較にならない程度だったが、当時の様子が写真付きで載っていた。
街の人々の笑顔と共に。

「ええ、今回は実に15年振り二度目の公演になります。
 兼ねてよりアエル市長から打診を頂いていたのですが、公演スケジュールが立て込んでいましてね、ようやく実現した次第ですよ。」
「私、覚えてないです……。」
「お見受けしたところ、ファレルさんはかなりお若いご様子。
 15年前ならば無理からぬ話でしょう。」
「……(兄さんなら覚えているのかな)」
「何か申されましたかな?」
「……い、いいえ、何でもありません。」

 フレデリックはふぅっと深い溜息を一つ入れ、何かを思い出したように語りはじめた。

「―― 15年前と言えば、この辺りで流行病が猛威を奮っていた時でしたなぁ。
 うちのスタッフも何人か感染してしまって、満足に公演が出来る日も少なかった覚えがありますよ。
 連日、医者の先生方が走り回っていたようで、うちの団でも出来る事がないかとお手伝いをさせて頂いたものです。」
「ほぅ、お手伝いですか。」
「エリカさんは当方らの助力に興味がおありのようですな。
 と言っても、大した事はしていません。
 街から離れて営業をしていた仲間に連絡をしましてね、周辺都市や街からワクチンを手に入れるよう動いたのですよ。」
「随分とコレもかかったのでは?」

 エンリカが右手でお金の形を作る。
横目でアリシアはエンリカの質問に感謝していた。

「まあ、それなりには。
 幸い、街の中で寄付を申し出てくれる方々も居られましてね。
 あまり時間が無かったとは言え結構な額になったと記憶していますよ。」

 フレデリックははっとなり小さく声を漏らす。

「……おっとエリカさんはお話の運びが上手いご様子で……。
 それはそうとアリシアさん? お顔の色が優れないようですが。」

 15年前の流行病、アリシアもまた無関係ではなかった。
兄のセリオと自分を残して両親とは死別、その後二人は親族の判断により養護施設に預けられ幼い日々の大半をそこで生活した。
セリオが18の時、特別調査室への就職が決まり、アリシアは兄に呼ばれる形で施設を出ていた。

「……あ、その……私の両親もそれで亡くしていますのでそっちは良く覚えています。」
「おっと、これは失礼。思い出させてしまいましたかな?
 ご両親と死別されていたとは知らぬことだったとはいえ、とんだ失礼を。
 ご容赦くださいませ。」
「もう過ぎた事ですし、誰のせいでもありませんから。
 フレデリックさんそれで、主にどのような演目内容で……。」

********

 この後、二人はフレデリックから約二時間程度“ダンス・イン・ザ・クラウン”について話を聞いたのだった。
分かったことは存外にも真っ当に商売をしているサーカス団である、と言うことだけ。
二人はサーカス団の天幕から離れ、広場周辺に併設しているカフェテリアで休憩をすることにした。
そこそこ疲労を感じている二人にとって、いち早く息がつける場所で座りたかったのだろう。

「真っ白ですね、気持ち悪いくらいに。」
「支配人の話を聞く限り、見せてもらった資料を拝見した限りでは真っ白でしたね。」
「まあ、そりゃ“人身売買してるだろうから証拠見せろ”と言って、
 はい分かりましたと物証を見せる人は全世界を探してもいやしないでしょーが。」
「確かに。」

 空を見上げれば、青い空が広がり時折申し訳程度の雲が漂っているのが見えた。
カフェテリアのテラスで冷水を口に含みながら一息をつくアリシア。
しばらく頭を真っ白にしていると注文していたジェラートが並べられていた。
アリシアはミント味のさっぱり系、エンリカはオレンジ色がまぶしい柑橘系だった、

「甘味の一つや二つ、今食べてもいいよね。
 ほら糖分ないと頭が回らないし。」
「……誰に許可を求めてるんですか。」
「いや、何というか、神様にみたいな?
 あはは……え、エンリカさんはオレンジにしたんですね。」
「意外ですか?」
「ええ、ちょっと。
 甘いものよりも苦みのあるものが好きっぽいという勝手なイメージが出来上がっていまして。」
「失敬な。
 アタシはこう見えてもなかなかの甘党ですよ。
 紅茶に角砂糖を5個は放り込む程度に甘党です。
 目下最近のアタシ的トレンドはチョコレートを使ったクレープですね、アレは良いものです。」

 満足そうな顔をしてエンリカは語りはじめた。
どうやらスイッチが入ってしまったらしい。

「私も甘いものは好きですが、紅茶に角砂糖5個はちょっと。」
「むしろ角砂糖とハニー・シロップを混ぜるのもいいですね、
 一度メープル・シロップを試してみたのですがアタシには合いませんでした。」
「想像しただけで胸焼けが……。」
「……こほん、とにかくです。
 アタシが言いたいのは人間、食べたいときに好きなものを食べるのが一番。
 状況に感謝しつつジェラートに感謝しつつ有り難く頂けば良いのですよ。
 んんー、それはそうと冷たくて美味しいですねぇ、どこ原産のオレンジを使っているのか気になるところですが。」

 エンリカの言葉に納得した面持ちで、アリシアは久方ぶりの甘味に舌鼓を打ったのだった。
ジェラートを三皿ほど食した後、アリシアは一旦調査室に戻り何か情報が入っていないか確認すると言いエンリカと分かれた。
エンリカもまた、ディックに報告する必要があるとのことで了承した。

********

「……(何か新しい情報が入っていればいいんだけど、それも難しいよね。)」

 アリシアは調査室のあるメインストリートを歩きながら淡い希望に思いを馳せていた。
ジェラートの美味しさと甘さがほんの少しの清涼剤となったのだろう。
だが、明けない夜がないように、太陽も沈む時はやがてやってくる。

 突然、数時間前に体験したあの奇妙かつ悪寒が全身を駆け巡る感覚にアリシアは囚われた。
モスキート音にも似た高周波の音、あまりの音の強さにアリシアはその場にへたり込む。
辛うじて見開いた目で周囲を見渡しても、自分以外この状況を感じ取っていない様子だった。
身体が思い出したようで強烈な嘔吐感が断続的に襲ってくる。

「……(またなの? また、誰かがあの黒い影のせいでっ!)」

 黒い影はまるで蜃気楼のようにゆらりとその不気味な姿をアリシアの前に現していた。
今度は刹那ではなくその場に留まっている。
アリシアは意識が飛びそうになりながらも影を見つめていた。
人型の影、黒い、光を吸収し逃さない漆黒の影。
その影はいつの間にか数を増やし、調査室のある建物の前で集まっていた。

「……!(まさか調査室のみんなが!? 逃げてっ! お願い、もう止めてっ!)」

 声にならない声をあげてアリシアの意識はそこで途切れた。

『おい! 若い女が急に倒れたぞ! 誰か急いで救急を呼んでくれ!!』
『あんた、しっかりしろ、声が聴こえているか!?』

 メインストリートのど真ん中で若い女性が倒れ込めば騒ぎにもなるというもの。
アリシアは近くに居合わせた人間達によって急遽病院に搬送されたのだった。
医師の診断によれば軽度の脱水症状で、命に別状はないものの疲労の色も見えた為、本人の意思は無視のまま1日だけ入院を余儀なくされた。
ちなみにアリシアの脱水症状だが、物凄く短時間で身体中の水分が一気に失われていた為、との診断結果が出ている。
気がつくと病院のベッドに横たわっていたアリシアは、病院の白い天井を見ながら再び眠りについたのだった。


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