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作品名:魔術師は笛を吹く 作者:千彰

第5回 「聖女と糸」
「ぶぇっくしょん!!!!
 ったく誰だ俺の噂をしている可憐な淑女たちは……いや違うな、あいつらか。」
「ちょっとディック! 汚さないでおくれよ!」

 野良猫の二つ名を持つ情報屋ディックは、
サーカス団へ行く予定をキャンセル(エンリカに押し付けて)して、
アリシア達とは違うアプローチで今回の集団失踪事件を探ることにした。
アエル市が田舎の小都市と言っても片手間で見て回れる程小さいわけではない。
人口密度は低い方だが、それでも十数万人が暮らす街なのである。
ディックは最近とある事件で読んだ市政報告書の住民推移を思い出していた。

「すまねぇ。」

 パラパラと自身のメモを見つめる。
ディックの調査によれば、今までに失踪した人数は最新情報による更新で34名に上る。
何かしらの法則性や関連性が無いか、街に存在するあらゆる資料を元に分析を試みてはいたが、
確固たるものが見つけることが出来ず疲労感が増すばかりであった。

「年齢……つっても年端もいかない子どもに被害者はいないが、
 一番若くてアリシア嬢ちゃんの兄であるセリオ氏、次は市議のアーノルド氏と。」

 子どもの被害者がいないという情報が正確ならば不幸中の幸いとも言える。
だが、それはあくまでも今現在の話であり、近い将来子どもの被害者が出ないとも限らない。
ディックは自身の頭を掻きながらぶつぶつ独り言を言っていた。

――“ダンス・イン・ザ・クラウン”の調査、一緒に行きましょう!
  隣国では人気がありすぎて、席によってはプレミア価格になるんですよ。
  きっといい気分転換になりますって、行きましょうよディックー

「サーカスのクラウンが気持ち悪くて、
 ガキの頃から悪寒が走るから嫌なんだよ俺は……。」

 ディックはふっと鼻で笑い自嘲気味に呟いた。

「んなこと、あのウルサイ自称弟子気取りの前ではぜってぇ言えねぇ……。」
「ちょいとディック、独り言を言うのは結構だけどね、
 声を出しての思い出し笑いは勘弁しておくれよ、気持ち悪いったらありゃしない。」

 ディックは現在しらみつぶしに市長公舎の資料室で、過去に似たような事件が無かったか藁にもすがる思いで調べに来ていた。
とは言え、市長公舎の資料室にある資料と言っても
市の発展の歴史や記念式典の参加者名簿と言ったもので、事件に関連している目当ての資料があるとは思えなかった。
そもそもどんな資料が手掛かりになるか分からないのだ。
ディックは疲れ果てた目をぱちぱちしながら、資料室のソファーに腰掛けテーブル全てを使い資料を広げている。

「なぁ、ディア、ここにあるので全部かい?」
「ああそうだよ。」

 資料室の司書を務めるのは、司書暦30年のベテランだった。
名前はクラウディア・ドーゼル・フォラントン。
情報屋という職業柄、頻繁に顔を見せている事も有り、ここの初老の女性司書クラウディアとディックは顔見知りだった。
ディックは親しみを込め”ディア”と呼んでいる。親子ほどの年齢差があるのだが、まるで長年の友人のような関係でもあった。
余談だがクラウディアは若い頃は美人と評判だったようで、
資料室の彼女の机に当時の写真が飾ってあるのをディックは見たことがあった。
彼曰く、美人であることは否定しない、とのことだった。

「そもそもこんなチンケな資料室に来たって、アンタのお目当ての資料なんざありゃしないよ。
 街の図書館や探偵事務所とか回った方がいいんじゃないのかい?」
「そんなもんとっくの昔に出禁食らう程度には行ってるってーの。」
「……出入り禁止ってアンタ何したんだい。」

 ディックはちょっと派手に調べ物をしていただけだ、とそっぽを向いて答えたのだった。
真実は別件の仕事の調べ物をしていた時に空調が効いた図書室で調べ物をしながら飲み食いし、
イビキをかいて眠っていたようなのだが、何度も繰り返せば当然の結果であろう。

「……うーん、“ダンス・イン・ザ・クラウン”と言えば、
 丁度15年くらい前に一度この街で公演したことがあったね、懐かしい話だよ。」
「マジか?」
「ああ、間違いないよ。
 当時は原因不明の流行病で街が大変だった時期だったから、よーく覚えているさ。」

 ディックはふーむと手を顎に当て真剣な表情で考え込んだ。
彼の胸の内で何かがざわめき始めていた。
最早情報屋としての直感以外なにものでもないだろうが、ディックは彼女が言った15年前の資料を確認し始めた。

「15年前はどんなだったんだ?
 今みたいに街総出でサーカス団を歓迎していたのか?」
「いいや、当時はそんなことなかったよ、もっと静かだったさ。
 隣国のサーカス団って言われてもこの辺りでは無名同然だからねぇ。
 あぁ、そうかアンタは外からの流れてきたんだったね。」
「んー、まあな。
 なあ、もっと詳しく教えてくれないか、何かすっげー気になるんだ。」
「ああいいよ。
 さっきも言ったけど、15年前は出所不明の季節性流行病が街に蔓延していてね。
 当時子どもや老人を中心に沢山の犠牲者が出たんだ。
 街の医療関係者は毎日のように患者を救うため奔走していたね。
 でもワクチンが全然足らなくてねぇ、
 そんな時、やってきたのがサーカス団の“ダンス・イン・ザ・クラウン”さ。」
「……ほう? あのサーカス団がか。」

 ディックはメモ帳に、クラウディアの言葉を一語一句漏らさぬよう書き留めていた。
季節性流行病とはいえ下手をすれば命を奪われかねない場合もある厄介なものだ。
近年は特効薬とまではいかないまでも効果の高いワクチンが開発され、その脅威は過去のものになりつつある。
ただクラウディアが言うように15年前はそんなワクチンは当然市販されてはいない。
医療関係の施設で治験されているという記事があったことをディックは思い出していた。

「彼等が隣国から流行病に有効なワクチンを持ってきてくれたんだ。
 サーカス団がワクチンを運んできてくれた、細かい経緯までは私も知らないけどね、
 そのワクチンで死んでしまうかもしれなかった街の人達の命は救われたんだ。」
「はぁ〜なるほどねぇ、それがあったんで今のお祭り騒ぎってわけかい。
 街の人達はその恩を忘れず、15年の時を越えて再訪した来客に盛大なる歓迎をか。
 この異様な盛り上がりにようやく合点がいった。
 街の人間達が“ダンス・イン・ザ・クラウン”に対して友好的なわけだぜ。」
「元々、今回の公演は市長が前々からサーカス団に依頼をしていたらしくてね。
 件の感謝の意も込めて15年というタイミングでもあるし、
 盛大に歓迎させてもらいますよって言っていたみたいだねぇ。」
「道理で。
 連中が来てからラジオや新聞は特集祭りなのも納得だわ。
 市長の肝いりと当時の関係者も、ここぞとばかりに気合い入っているってわけか。」
「そうだねぇ。
 当時は分からないウチに事態も収拾しちまって有耶無耶になってる事も多いだろうが、市民の多くは今でも彼等に感謝している。
 それだけははっきりしているよ。」

 15年前の悪夢、突然街を襲った流行病は情報を聞きつけたサーカス団の登場で、
不足していたワクチンを幸運にも補充でき終息した。
市民達はサーカス団に感謝しずっと恩を返せる日を待っていた。
この話だけ聞くと良い話で終わりそうなものであるが、どうにも解せないなとディックは思っていた。

「本来、こういった事態になったら真っ先に動くのは医療関係のはずだ。
 各地を興行しているサーカス団がいかに動きやすい立場にいたとは言え、タイミングが良すぎる気がするな。」
「そりゃあ、アンタ、サーカス団を疑いすぎだよ。」
「流行病って言ったよな、発生前に街中で前兆や予兆のような流行病の発生を考慮出来そうな出来事は無かったのか?」
「さぁてね……流石に覚えちゃいないよ。」
「そりゃそうか。」
「具体的な状況を知りたければ、その時代の新聞でも見たらどうだい。」
「――ああ、それがいいようだ、百聞は一見に如かずか。」

 ディックは不足分のワクチンを持ってきたという点も不可解だが、
何よりそのワクチン代を工面した資金提供者の存在も気になっていた。
サーカス団が身銭を切って用意したとも考えられなくもないが、決してその額は安いものではない。
言ってしまえばただのサーカス団が、慈善事業という名目でもおいそれと提供出来るものではないだろう。
売名行為と考えればあり得るかもしれないが、とディックは眉をひそめていた。

「これとかどうだい? 当時の新聞さ。」
「お、よく残ってたなこんな古新聞。
 うわっ……汚ねぇな、虫食いがひでぇぞ。」
「残ってるだけマシってなもんさ。
 そうだ、ちょっと席を外すけどここを任せても良いかい?」
「……おいおい、チンピラ情報屋風情に公舎の資料室を託すなよ。
 まあ少しの間ならいいけどよ。」
「信用しているよ、情報屋としてのアンタじゃなくて、
 正義感に溢れるディック・バークレイをね。」
「ち、口が上手くて反論もできやしねぇ。
 おら、さっさと行ってさっさと戻ってきやがれ!」

 クラウディアはふふっと笑みを浮かべ、部屋の片隅に置いていた段ボール箱を抱えて資料室を出て行った。
格好や手荷物から近所にある大手配送会社の窓口に荷物を出しに行ったのだろう、とディックは勝手に想像していた。

「今の時間だと……あ〜1時間は帰ってこれねぇな。
 あそこの配送屋、この時間の受付をしているやつやる気がないのか仕事が遅ぇんだよ。」

 ディックは憎まれ口を叩きながら受け取った古新聞を見つめていた。
虫食いが酷く記事の全文読むことは難しい状態だったが、いくつか気になる記事がある。
広告や識者のコラム、読者投稿欄は全滅に等しく辛うじて時事ニュースは読めた。

――【街医者のファレル夫妻、幼い兄妹を残して服毒自殺】
近所の住民達の話で彼等は多額の借金を抱え家計は火の車だったらしいのだ。
生活費の工面が出来ず自らに生命保険を掛け、受取人を子ども達にしたものと警察は判断。
流行病のワクチンを求めて奔走していたようで、借金の元はそのワクチンの為だという話もある。
自殺は過度のストレスによるものではないかと医療関係者より警察へは報告されている。

「(……残された者のことを考えてやれっての。)」

――【流行病に前兆があった?】
街で流行病が確認される少し前、街の宿屋に泊まっていた旅人が深夜、
街医者のところへ急患として運び込まれたという。
旅人は流行病と同じような症状を訴えており、街医者が何とか処置しその場での感染拡大パンデミツクは防いだというが。
もし処置にミスがあったならば? 真実は闇の中である。

「そこは急患を救った街医者を褒めるべきところだろうが。」

――【学術機関で研究中の宝飾品が盗難】
アエルの学術機関で研究されていた中世の宝飾品の一部が、何者かの手によって盗まれている事が判明した。
警察は何者かが深夜、研究施設へ忍び込み犯行に及んだと推定。
犯人を特定できるようなものは何も残っていないと言う。
犯行当日、警備員達は不自然な眠気に襲われており、犯行推定時刻当時は無防備な状態になっていたという。
本件は計画的な犯行によるものと断定されており、警察・調査室も協力体制を組み捜査を進めている。

「これってもしかして迷宮入りしてねぇ?」

 15年前に流行病があり、猛威を奮い多くの犠牲者を出した。
街の人達はサーカス団によって死ぬはずだった人達が救われ感謝している。
ディックの脳内ではそのことが堂々巡りしていた。
さっきから何かが引っかかっているのだが、それが何なのか分からないでいた。
ちょっとした切っ掛けがあれば。

「駄目だ!駄目だ! 考えが全く、微塵も纏まらねぇ!」

 ワクチン、サーカス団、流行病、15年前、ディック達が追っている失踪事件と繋がりが全く見えなかった。
ディックは資料室のソファーに横たわり天井を見上げていた。

「……(さっきから全てに繋がるような糸が俺の前に垂れ下がっている気がすんだよなぁ、
 つってもどの情報がそうなのか見当ついてねぇけど。)」

 テーブルの上に散らかしていた資料を整理し、取り敢えず15年前の資料のみ残すことにした。
サーカス団にまつわる情報はこのタイミングのみ、その前後に街と関連する“ダンス・イン・ザ・クラウン”の文字は無かった。
ただサーカス団そのものについての記事は多く見られ、街としても彼等の活躍を常に察知し報じていたようだ。

「(報告もかねてアリシアちゃんに連絡しとくか。)」

 ディックはメモしていたアリシアの連絡先を確認する。
思えば今まで見返していなかったと反省しながら。
今頃はエンリカと一緒に“ダンス・イン・ザ・クラウン”の本陣に入り込んでいるだろう。
エンリカが一緒だと言う事は、何かしらトラブルを巻き起こしてはいないだろうなと不安にもなった。
ディックはぱらぱらとアドレス帳をめくる。

「お、あったあった。
 アリシア・ファレル調査員っと……ファレル?」

 少しずつだが絡まっていた糸がゆっくりと解けていく。
パズルのピースは既にディックの手の内にあったのだ。

「ファレルってあの記事で自殺したと書かれていた医者夫妻の名前だったな。
 ……偶然か? ファレルってファミリーネーム、この辺りじゃ別に珍しかねぇが。
 そういや彼女、両親はもういなくて兄と二人きりだって言っていたよな……。」

 ディックは手近にあった紙にペンで書き置きをし、急ぎ足で資料室を後にした。

――ディア、約束を破っちまってスマン。あと情報有り難う。
  急用が出来たから帰るわ――


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