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作品名:魔術師は笛を吹く 作者:千彰

第4回 「道化師の足音」
 アエルの街は久方ぶりに人々の明るい雰囲気に後押しされ活況に湧いていた。
直接的な要因は隣国から訪れているサーカス団“ダンス・イン・ザ・クラウン”の来訪によるものであるが、
それ以上に人々は踏ん切りをつけるタイミングを探っていたのだろう。
地元のラジオ放送局はサーカス団のキャスト達をゲストに招き、
毎日のように特別編成を組み広告も兼ねた放送を行っていた。
街の至るところにサーカス団のポスターが張られ、
夕方ともなればサーカス団のクラウン達が子供たちを引き連れてメインストリートを練り歩いていた。

 アリシアは周りの浮かれた雰囲気を尻目にメインストリートを歩きながら、街の雰囲気が変わっている事を実感していた。
街が暗く沈んだままで良いはずはない。
事件の関係者であるアリシアにしてみれば、失踪事件はまだ現在進行形のまま何一つ解決はしていない。
この思いを無関係の人達に押し付けるのはエゴでしかない事は理解しているが、決して無かった事にしないで欲しいと思っていた。

 メインストリートから中央広場へ向かって歩いていると、サーカス団の天幕の天辺が見える。
アパルトメントの5階か6階に相当する高さがあるので、中央広場の立地上高い建物は何も無いため異様に目立って見える。
アリシアは中央広場がへ向かいながら、昨日夜遅くまで読み漁っていた”ダンス・イン・ザ・クラウン”に関する資料を思い返していた。

「――あのサーカス団、
   実は裏で人身売買の取引に一枚噛んでるって噂があるらしくて――」

 アリシアの脳裏には先ほどからエンリカの言葉がちらついていた。
サーカス団による人身売買の件については、確証もないただの噂である。
調べてみても公式資料としてそういった類の事件資料は無かったのだ。
あるとすれば彼等の活動実績を称える新聞記事や、慈善事業に対する多額の寄付金の報告などである。
エンリカが言っていた噂、その話を聞いてからサーカス団に対する嫌悪を払拭することは無かった。
その異様なほどの清廉潔白さが目についた。
そんな自分をアリシアは少し情けなく思っていた。

「ハナから疑ってかかっちゃってる、調査員として駄目じゃないの私。
 ……兄さんならどう考えるのかな。」

*******

 メインストリートを歩くこと約10分、アリシアはアエル中央広場に辿り着いた。
普段はここではフリーマーケットが開催されたり、市民オーケストラの演奏会場になったり、
市民に広く開放され多目的スペースになっていた。
現在は”ダンス・イン・ザ・クラウン”により貸し切り状態となっていた。
目を引く巨大天幕、周囲に点在する衣類やアクセサリーを扱う露天商やファストフードを取り扱う屋台が見える。
ふと、歩みを止めるアリシア。
空腹に耐えかねてぐぅーっとお腹から情けない音が鳴った。

「……(何か食べようっと。)」

 そう言えば朝食がまだだったことを思い出したアリシアは、
近くに何か食べるものは無いかと探すとベイクドポテトの文字が目に入った。
アリシアは駆け足で屋台に近づき、流れるような動きで財布から紙幣を取り出し支払の準備を整えた。
視線は屋台の主では無く、客の胃を刺激するように並べられたベイクドポテトに注がれている。
眼前のベイクドポテトに乗っている溶けかけのバターや酸味を思い起こさせるサワークリームが悪い。

「おじさん、これ一つください。」

 ステンレスのトレーに並べられた、湯気が立ち昇るベイクドポテトを指さすアリシア。
バターの芳ばしい香りに涎が勝手に溢れてくる。
この辺りではあまり見ないポテトを使った料理の一つである。

「はいよ、まだ熱いから気をつけて食べな、っと。
 ……えーとこいつは2chだね。」
「ありがとう。
 あ、そうだおじさん、一つ聞いていい?」

 アリシアは屋台が設置していた併設のイートスペースで買ったばかりのベイクドポテトを頬張りながら、
屋台の主である中年の男にサーカス団の話を聞くことにした。
ただの屋台ならばそんな話もしなかっただろうが、
中年の男の屋台は、“ダンス・イン・ザ・クラウン”の巨大天幕を中心に時間帯によって販売場所を移動している屋台だ。
もしかしたら普段見えない部分を見ているかもしれないと思ったからである。

「お客さんの数すごいね、謝肉祭の比じゃないみたい。」
「ああ、すごいねぇ。
 俺もここらへんで店開いてそこそこ経つがこんなに客入が良いのは初めてだよ。」
「おじさんはもう見たの?」

 ベイクドポテト屋は作業の手を休めずアリシアの問いに答える。

「ん? ”ダンス・イン・ザ・クラウン”かい?
 実はまだ見てないんだよねぇ。
 今が商売のかき入れ時って気がしてさ、見たいんだが足が向かないんだな、ははは。」
「商機を逃さずに動けるのって商売人としては重要な事だと思うよ。
 そういやサーカス団の人も買いに来たりするの?」
「ああ、来るねぇ。
 空中ブランコの人や動物使いの人とか。
 あ、そういや団長らしき立派な髭の御大尽も来たことがあるな。」
「へー、どんな人達だったの?」
「人当たりのいい人達ばかりだったねぇ、それに買いっぷりもいい!
 ……お嬢ちゃん、もしかして警察の人かい?」

 アリシアは違うと言いながら、手に持っていたベイクドポテトを一気に食べ尽くす。
警察という単語が飛び出したということはタイムオーバーということである。
これ以上無用な警戒をされたくなかったアリシアはイートスペースを後にすることにした。

「美味しかったよ、ありがとうおじさん。
 ごめんね仕事の邪魔しちゃって。」
「いいって、お嬢ちゃんみたいな可愛い娘さんなら大歓迎。
 うちの屋台の前で居てくれるだけでいい宣伝になるってもんだぜ。」
「私はまんまと踊らされていたわけか。」

 そう言うとベイクドポテト屋は慣れないウインクを飛ばして上機嫌に言い放った。
アリシアは苦笑しながら肩をすくめて軽く会釈しその場を後にした。
目指すは“ダンス・イン・ザ・クラウン”の巨大天幕の裏側。
事前の打ち合わせによれば、情報屋ディックと自称弟子のエンリカも今日この場に来ているはずである。
アリシアは周囲に彼等の存在を意識しながら眼前に在る巨大天幕を見つめていた。
灰色の天幕、空の青の下ではやたらと映えて見える。

「――大きい、大聖堂よりもあるんじゃないかな……。」
「うわっ!」

 巨大天幕を見上げていたアリシアに、どんと軽い衝撃と共に何かがぶつかり悲鳴があがった。
反射的に声のする方を見やると、10歳くらいの男の子が尻餅をついていた。
ブロンドの癖っ毛に子どもらしいあどけなさのある双眸、空色のポロシャツに茶系の短パンを履いている。
悪戯小僧の雰囲気を持ったその少年は、じっとアリシアに視線を向け何か言いたげだ。
アリシアは急ぎ腰を降ろし、少年に視線を合わせ手を差し伸べる。

「大丈夫?
 ごめんね、お姉ちゃんぼーっとしてた。」
「ううん、ヘーキだよ。
 これくらい痛くもなんともない。」

 そう言って少年はアリシアの手を借りて立ち上がり、ぱんぱんと膝とズボンの砂を叩く。
ほんの少し他人のそら似程度だが、アリシアははっとセリオの面影を見ていた。
少年がセリオに似ているわけではないが、その風貌や自身の幼き記憶がそう思わせた。

********

――アリシア、こっちだよ。
――お兄ちゃん、どこ?

 夕暮れ時、紅に染まった街角。
よく近所の子達と遊び回っていた記憶。
遊びも自分達でルールを作って発想を飛躍させて飛び回っていた。
よく遊んだのは隠れんぼ、街中は隠れる場所が多くて楽しかった。

――ここならきっと最後まで見つからないぞ、アリシアはここから動くなよ。
  僕は今から……
――いやだよ、お兄ちゃんも一緒にいて! 一人は怖いよ。

 兄に手を引かれ走り回ったあの日々。

――怖がりだな〜アリシアは。
  そんなんじゃいつになっても一人で夜寝られないぞ?
――だってぇ……怖いんだもん。
――父さんと母さんに約束したんだろう?
  一人で夜寝られるようになるって。
  僕はアリシアを信じてるよ、なんたって僕の自慢の妹だからね。
――うん、私頑張る、でも今は一人はやだー!

********

「……やっぱり、一人は慣れないよ。」
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「へ? あ、ああ……ご、ごめんね。」

 ほんの一瞬、ぼつりと呟いたアリシアの声を聞いて、少年は心配そうに彼女を見上げていた。
白昼夢、時間にしてみればほんの数秒だろう、アリシアは人前で惚けてしまっていたらしい。
アリシアは大丈夫だから、気にしないでと言って少年と別れた。
少年に視線を向けると遠くに少年の母親と思われる女性が、少年を見つめ優しく微笑んでいるのが見える。
どうやらアリシアは母親へ向かう少年の邪魔をしていたようである。

 刹那、モスキート音にも似た周波数の高い音が鳴り、黒い影のようなものがアリシアの視界を横切る。
あまりに一瞬だった為、普段ならば気にも留めないようなほんの僅かな時。
だが、少年の側に立っていた彼の母親がアリシアの視界から消失するのには充分な時間だった。

「!?」

 一体何が起こったのか、少年はぱちくりとその大きな目で瞬きするばかり。
少年の母親が消えてしまった事態にアリシアと少年以外の誰も気がついていなかった。
戸惑いの表情を浮かべながら少年は母親を呼んだ。

「お、お母さん?
 あ、あれ? どこいったの?」

 言い知れぬ恐怖と、瞬時に理解した奇怪な状況にアリシアは全身の毛が逆立つような悪寒に囚われる。
はっきりと脈打つ鼓動が異様に大きな音に感じられ周囲を歩く人の声がやけに耳に障った。
思わず座り込みガタガタと震えが止まらない。

「おかあさーん! どこー!?」
「(落ち着け私! 今起こった事をゆっくり整理して!)」

 黒い影、高周波の音、消えた少年の母親。
眼前で起こった現象を理解するだけの余裕は今のアリシアには無かった。
アリシアはヨロヨロと蹌踉めきながら広場の噴水の近くまで歩き、備え付けられた椅子に腰を降ろす。
そして深く瞳を閉じ大きく深呼吸をする。
どの程度の時間が経過したのだろう、少しだけ落ち着いたアリシアは声を出してみた。

「……アレは一体なに?」
「アリシアさんお顔が真っ青ですよ?」

 ふいに声を掛けられ挙動不審になるアリシア、恐怖に駆られ狼狽した目で声の主を捜す。
声の主はいつの間にかアリシアの隣に座っていた。
赤毛のボブカットが印象的な自称ディックの弟子ことエンリカだった。
手には水と思われる液体の入ったペットボトルが握られている。
どうやらアリシアの様子を見てどこかで調達してきてくれたようである。
エンリカはアリシアがようやく自分の存在に気づいてくれた事を察知すると、手に持っていたペットボトルを差し出した。

「まずはこれでも飲んで。
 あーお金の事はお気になさらず、ディックにツケていますので。」
「あ、有り難う御座います。」
「身体の調子悪いんだったら無理しちゃあだめですよ。
 人間身体が資本、職業のアレコレに限らずにまずは体力確保です。」
「いえ、そんなんじゃないです……ちょっと動揺しただけですから。」

 エンリカは舐めるようにアリシアを見て、少し間を置いた後言葉を返した。

「――ならいいですけど。」

 アリシアは周囲を見渡して一人いない事に気づく。
 情報屋ディックの姿が見えない。
 約束では彼もこの場に居合わせているはずなのだが。

「そういやディックさんと一緒じゃないんですか?」
「そのディックですが、街のどこかで調べ物をしているようなんですよ。
 約束やぶりは後で鉄拳制裁ものですが、いないものは仕方ありません。
 女性二人を放置するなど紳士の風上におけぬ所業ですので、あとで色々奢らせましょう。」
「は、はぁ……そうなんですか。」

 ディック本人がいないのを良いことに言いたい放題のエンリカだった。

「で、そのディックから伝言を預かっています。
 “取り敢えず被害者達の関連性をもう一度、俺の方でも洗い直してみる。
 本当にランダムなのか、それとも隠された法則性や関連性があるのか。
 俺の勘もそこが怪しいと囁いてるしな。
 そっちはそっちで頑張れ、俺の代わりにエンリカをこき使うといい”
 だそうです。」
「は、はは……。」
「朝からウキウキしてましたから、ああなると誰も止められないんですよ。」

 エンリカはぶすっとした顔でアタシは弟子であって使いっ走りじゃないのにと言った様子だった。
アリシアはほっとしていた。
心の底から安堵していた。
もしあのタイミングでエンリカが声を掛けてくれなかったら、涙が止まらず震えも止まらなかったことだろう。
さっき起きた出来事をエンリカに話すべきか、アリシアは一瞬迷った。
もし今この話をして信じてもらえそうな人物はエンリカ以外にいるのかと。
答えは一つである。
アリシアは水を飲み、こくっと小さく喉を鳴らし覚悟を決める。

「エンリカさん、お話があります。」
「目がマジですね……本当ならディックと一緒にと言うところですが。
 ……いいでしょう、急を要するようですね。
 お話とやらを聞かせてください。」
「――助かります。」

 エンリカも手に持っていたもう一本のペットボトルを空け、ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干した。
そしてうーんと唸った後、ちらっとアリシアを横目で見ながら言った。

「――これは言うつもりではなかったんですが。」

 エンリカはそう言うとさらに声のトーンを下げて言葉を続ける。

「さっきまでの貴女、尋常じゃない程に憔悴していました。
 まだ顔を合わせて二度目のアタシが心配する程度にね。」
「あ、はは、そんなにでしたか。
「貴女がそうなっていた理由も、そのお話とやらで分かるということですね?」
「はい、エンリカさんならきっと。」

 アリシアは先程自分の目の前で起きた出来事を事細かに、そして冷静になるだけ分かりやすい表現で説明した。
黒い影が現れ、罪もない少年の母親が突然姿を消してしまった事を。
アリシアは敢えて”消えた”と表現した。
もしかしたら既に息絶えているのかもしれない、もしかしたらどこかで生きているのかもしれない。
知る術がない故に、消えたと表現したのである。

「高周波の音、黒い影、そして一瞬で消え失せた人……ですか。」
「ええ。」
「情報屋的に言えば、
 街を騒がせている失踪事件初の目撃に聞こえますが。」
「……断言は出来ません、あくまでもまだ個人的見解ですし。
 可能性はもちろんありますが。」

 そうなのである。
アリシアの見た光景は失踪事件の一端のように見えるが、
確証があるわけではなくアリシアがそうなんじゃないのか、と思っただけなのである。
これだけ失踪事件について日々考えているのだから当たり前といえば当たり前の発想だ。
事件に深く入れ込んでいるアリシアがそう感じたのだから、
失踪事件関連でないと否定する方が難しいような話ではあるが。

「アタシ達もなかなか運がいいですね。」
「と言いますと?」
「“ダンス・イン・ザ・クラウン”の真偽を確かめに来たら、失踪事件に関係するような事象を目にしたわけです。」
「運が良いと思いたくないですよエンリカさん、被害者が出てしまったんですから。」
「失言でした。」
「ところで……エンリカさん、貴女は私の話を失踪事件関連の出来事として考えているんですか?」
「はい、当然です。」

 事も無げにあっさりとした口調で返答するエンリカ。
むしろどうしてそんな質問を投げかけるのか、という風にアリシアには聞こえていた。

「アタシ達が貴女を疑って何になると言うんです。
 つまりは行動あるのみ。
 アタシ達が求める真実ってーのは、どうやら待っていても一向に現れてくれる気はないようなので。」
「……そうですね、エンリカさん有り難う。
 落ち着きました、私はもう大丈夫です。」

 二人は一息入れた後、サーカス団の天幕の裏側へ向かった。
正面から突撃したところで期待する成果を上げられる確率はほぼゼロだろう、二人の意見は一致していた。
お約束とばかりに天幕の裏側へ気配を殺しながら接近したのだった。


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