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作品名:魔術師は笛を吹く 作者:千彰

第1回 「夜の訪れ」
 【ノースガラリア】北端の田園都市【アエル】は、
周辺の街々や隣国から別名“万葉花の都”と呼ばれていた。
風光明媚な風景もさることながら、
季節によって可憐な花々や木々が街の至る所で咲き乱れ、
甘い香りを漂わせる美しい土地なのである。
普段はゆっくりとした時間が流れる街で、
落ち着いた雰囲気と牧歌的な風景が残っている事もあり、
都会から癒しを求める観光客に好評だった。
観光名所と言えば、街の中央広場に隣接する形で建立されている
【セント・アエル大聖堂】だろうか。
歴史建造物であり宗教的な意味でも、【アエル】を象徴する古い建物の一つだ。
また、最近の観光と言えば中央広場で
ほぼ毎日のように開催されているフリーマーケットだろうか。
人の流れも多く街一番の賑わいを見せる場所となっていた。

 そんな中央広場から少し西へ向かうと中流層の住宅街が広がっている。
巨大なビル群が連なる大都市とは異なるが、
大小様々なマンションやアパルトメントが軒を連ね、
ジャングルのように生い茂っているようにも感じられるだろう。
広場から数えて五番ストリートに面するアパルトメントの一室、
さらにその部屋のキッチンで食器を洗いながら
ラジオ感覚でニュースを聞いている少女がいる。
鼻歌交じりに軽快に食器を洗っていく、どうやらご機嫌は上々のようだ。

 その少女は肩よりも長いストレートの金髪に、
空色に近い碧眼を持ち、少しだけ周りより低い鼻を気にした、
顔にあどけなさを残す少女だった。
身に付けているエプロンは、コットンを素材に作られたもののようで、
長年使い古された色合いをしていた。
裾に申し訳程度のレースが縫い込まれ可愛らしさを残している。

“――ではニュースをお伝えします。
 アエル市の学術機関より長年研究が続けられていた、
 【幻の至宝】と呼ばれる今から三百年以上昔の宝飾品展が、
 本日よりアエル市立美術館で公開されました。
 歴史的見知から一般公開は難しいと
 有識者からネガティブな意見が上がっていただけに、
 今回ほぼ独断により一般公開に踏み切った
 研究チームの代表”ジェームズ・D・フォックス”氏は
 有識者から強く批判されています。
 では、現地にリポーターが行っていますので、
 呼んでみましょう。ミーシャさん?

“――はい、こちら現地のミーシャ・トレーダーです。
 うわぁ、凄い人だかりですよ。
 あ、私は今、市立美術館の前に来ています。
 見てください、この人の数、まるで何かのお祭りのような騒ぎです。
 街のメインストリートから外れている美術館だけに
 アクセスが大変なのにも関わらず、
 今日は朝から大勢の観客で賑わっています。
 やはりその豪華絢爛な宝飾品に注目が集まっているようです。

”――ミーシャさん、ありがとう御座います。
 カメラ越しからも現場の賑わいが見てとれますねぇ、
 これから美術館へ向かわれる方はこの人混みを覚悟したほうが良いようです。
 さて、代表であるフォックス氏ですが、
 此度の批判に関しては一切のノーコメントを貫いており
 今後の氏の動向が注目されています。

「うわ〜人酔いしそう。」
「あそこだけ謝肉祭並の人出だね。」
「あれがそうなのかな、キレイー。
 ね、兄さんあれって一体いくらくらいするのかな?
 エメラルド? サファイア? 詳しくは分からないけど。」
「歴史的価値と素材的価値の両面から考えても、
 最低100万Chにはなるんじゃないかな?」
「へー、100万Chかぁ……想像がつかないよ。
 ……あ、そういや今日兄さん達も美術館に行くんだっけ?」
「ああ、マルティンさんと一緒にね。
 警備の応援要請があってね、あの人手だ、無理もないさ。」

 エプロンをつけた金髪碧眼の少女が屈託のない笑顔で、
ソファーに座り日課であるゴシップ記事ばかりの
タブロイド紙を読んでいる兄に話しかける。
金髪碧眼の少女こと彼女の名前は【アリシア】、
今年兄が務める【アエル市立特別調査室】に配属された新人調査員だ。
若年ながらも入局試験において優秀な成績を収め、
兄共々将来を期待されている。

 兄、彼は少女同様のストレートのベリーショートの金髪に、
少女より少しだけ色が濃い碧眼を持ち、
同年代よりも少しだけ年上に見える容貌と、
柔らかい雰囲気で穏やかな表情を浮かべていた。
ぱっと見は華奢に見えるが、職務上鍛えているようで
見た目通りの”貧弱さ”はなかった。

 兄はタブロイド紙を丁寧に折りたたんでソファーの上に置き、
出勤用にいつも着ているジャケットをひらりと身に纏う。
兄の名前は【セリオ】、アリシアよりも五つ程年上である。
【アエル市立特別調査室】の中でも腕利き調査員であり仲間からの信頼も厚い。
アリシアにとっても自慢の兄であり憧れでもある。
兄のように強く、兄のように誰からも尊敬され、
兄のように聡明な人間になりたいと心から思っていた。

「美術館の警備って私達の仕事じゃないよね、普通警察とかさ。」
「警察も今日は人手が足りないみたいでね。
 昨日、室長のところへ市警のローレンスさんが頭下げに来ていたよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「ローレンスさんと言えばうちの室長と相性最悪みたいでね……。
 現場で鉢合わせた時なんて大変だよ、
 にらみ合いで火花が出る勢いさ。」

 【アエル市立特別調査室】こと略式の【調査室】は、
警察とは別の枠組みに位置する捜査機関である。
業務は警察とソレと大差はないが、
いくつか規制されている点や特別に許可されている点がある。
代表的なところでは一般人に対する逮捕権はない、
武器の携帯は可能だが火器については装備制限はある、
捜査令状さえあればどこへでも立ち入る事が出来る、
などでここだけ見れば警察の下部組織のような扱いである。
大きな特徴としては”警察”を逮捕出来る事だろう。
位置づけとしては対警察組織、
安全保障の第三機関、といったところである。

「よくそんな関係なのに頭を下げにきたもんだ。」
「そうだね。
 普段いがみ合っていても、
 いざとなったら助勢を頼む事が出来る関係は凄いと思うよ。
 いろんな意味でね。」

 セリオは懐から愛銃を取り出し簡単な点検をはじめる。
無骨な黒色で統一されたハンドガンで、
セミオートのダブルアクション方式、
装弾数は16発前後と思われ予備のマガジンもあった。
セリオは何度かスライドを動かし、安全装置の具合や弾の装填を確認する。
袖で見ているアリシアは他人事のように毎朝よくやるよね、と思っていた。
彼にしてみれば出発前の”おまじない”みたいなものなのだろうか。

「さてと、僕はそろそろ出るよ。」
「うん、いってらっしゃい。
 私は遅番だからもうちょっとゆっくりしてるね。」
「――そうか。」

 セリオはそういやそうだった、といった顔をして部屋を出て行く。

「アリシア、クドいようだけど、
 支給されている銃はちゃんと手入れをしておくんだよ。
 僕たちの仕事は時と場合によっては、生命の危機に直面する可能性がある。
 自分の身は自分で守れるよう、
 手持ちの銃くらいちゃんと面倒見てやってくれ。」
「はいはい、分かってますって。
 この間、射撃訓練した時に街のガンスミスに見てもらったし、
 大丈夫だってば。」
「そう言うことを言っているんじゃないんだけどなぁ……。
 遅刻するんじゃないぞ、アリシア。」

 事件は既に始まっていた、と後にアリシアは語っている。
普段と変わらない朝、いつものようにジャケットを身に纏い
バッグには調査員の証明書と財布、
それに護身用のハンドガンを詰め込んで。
事務所へ着いたら日課となっている一日の予定表を確認し、
室長への挨拶とコーヒーメイカーで作る苦い一杯を飲む。
だが、その日常の裏で起こっていた事はアリシアにとって、
目を覆いたくなる程に辛く悲しいものだったが、
決して忘れるわけにはいかない事でもあった。

********

 アエル市立美術館の裏口では、
警備関係者や学芸員達が長蛇の列を成す来館客を尻目に、
開館の準備で大忙しだった。
常識的に考えれば、数百年前の宝飾品展がこれほどの人を呼ぶとは思えない。
現場へ到着したセリオは美術館側の警備担当者を探しながらそう思っていた。

「……(異様な雰囲気だ、
 まるで何かに誘われているような気さえする。)」
「セリオ、こっちだ!」

 遠くでセリオを呼ぶ声がする。
その声はだんだんと近くなり、声の主がセリオの前に姿を現す。
彼の名はマルティン、
セリオの上司であり今日は共に現場へ来た人物である。
初老の男性で、灰色のスーツに遠目からでも分かるくらいに磨かれた
ツヤのある革靴が似合っている。
二人は手分けして警備担当者を探していたのだが、
彼の様子からどうやら見つかったようである。

「マルティンさん、警備担当者は見つかりましたか?」
「ああ、なんとかな……取り急ぎこっちで話はつけてきた。
 調査員(俺たち)は館内に入り、内部から警護してくれればいいんだとさ。
 しっかしなんだろうなこりゃあ、
 言ってしまえばたかが宝飾品の展示会だろう?」
「ええ、僕もそう思いますよ。
 まあ、価値があるというのは理解できますが。」
「わからんもんだな。
 さて、他の連中にも伝えてくる。
 セリオはどうする?」
「僕はしばらく警護対象の挨拶伺いにでも。
 今のうちに見ておかないと、
 あとでアリシアから宝飾品の感想を聞かれたときに
 答えられませんからね。」
「違いない。
 ……おいセリオ、こっちを見ている御仁、
 ありゃフォックス氏じゃないか?」

 マルティンに言われてセリオは振り向くと、
そこにはただならぬ気配を漂わせた一人の男性が立っていた。
二人からは少し離れた位置ではあるが、特徴的な風貌だった為、
一目で彼が”ジェームズ・D・フォックス”氏であることがわかった。
オールバックに固めた白髪交じりの頭髪、
絶対に外さないと言われているサングラス、
そして全身血の色のようなケバケバしい
ブランドものと思われる上質なスーツ。

「これはサー・フォックス、
 調査室より派遣されてきました”セリオ・ファレル”です。
 本日は宜しくお願い致します。」
「”マルティン・レングナー”です、
 私も彼と同じ調査室より派遣されてきました。
 お見知りおきを、サー・フォックス。」
「サーは不要ですよ、お二人とも。
 確かに昔は爵位を賜っていましたが、現在は返上しております。
 何より今はただの研究屋ですから、単にフォックスとお呼びください。」

 フォックスはそう口元を緩め柔らかい口調で二人を歓迎した。
セリオとマルティンは各々フォックスと握手をした後、
フォックスの招きを受けて今回の目玉と言うべき
宝飾品のところへ案内されたのだった。
警備を任せる人間が実物を知らないとあってはいけませんから、とのことだ。
そこは金庫のような分厚い金属の扉が備え付けられた部屋があった。
屈強な体躯の警備員4名にがっちりと護られた場所で、
その物々しさが展示されている物品の貴重さを際立たせる。
彼等の腰にはアーミーナイフと思われる鋭利な白兵武器に、
背中には装填弾数の多いアサルトライフルが見える。
フォックスは手で合図を送り警備員達を一旦下がらせ、
セリオとマルティンを誘導する。
部屋の中に入ると三つの展示台があった。
そしてそこにはそれぞれ拳大の大きさの宝石が見える。

「これは……グリーン・ダイヤモンドですな!
 ほう、なんと美しい色合いだ。
 それも40カラット以上とは。
 天然ですかな? これだけの大きさとなると……
 確かに警備の厳重さもさることながら、
 公開に待ったをかけた連中の気持ちもわからなくはないですな。」
「マルティンさん、中々お詳しいですな。
 人工着色でなく天然なのですよ、
 美しい緑色で当初はエメラルドと誤認されていたようですがね。」

 セリオがグリーン・ダイヤモンドに近づいた刹那、
セリオは自分の意識が遠退くのを感じていた。
実時間すれば一秒にも満たない僅かなものだったが、
強烈な悪寒と共に低く唸る獣のような声がセリオへ語りかける。

― 迷イ子ヲ見ツケタ ―

「!?」
「どうしましたか?」
「い、いえ、何か声がしたような……。」
「俺達に以外誰もおらんぞ?」
「気のせい……ですかね。」

― 解放セヨ、奥底ノ想イヲ ―

「……(幻聴にしてはハッキリと聞こえる、
 二人には聞こえていないのか)」

 マルティンとフォックスが話している様を聞いているうちに
気分は元に戻ったようで、
疲れからくる一時的なものだろうとセリオは自分に言い聞かせていた。
それにしても先程の声、本当に気のせいだったのだろうか。
唸る獣のような声だったが、
ハッキリとした口調だったとセリオは自問自答していた。
少し混乱した頭では仕事に支障が出ると思ったのか、
疲れ目を和らげるように両目を揉んだ後、
イミテーションが置かれていると思われる展示台へ向かった。

「共通通貨換算で200万ch以上、というところですか。」
「どうでしょうなぁ、鑑定のお願いはまだしていないので。
 ですが、その数字は魅力的ではありますね。」
「そして……こちらの二つはイミテーションですね。
 サー・フォックス、抜かりのないようで我々も騙されないようにしませんと。」
「ははは、そうですね。
 ところでセリオさん、敬称は不要ですよ?」

 二人が呼ぶようにフォックス家は以前国から爵位を賜っていた。
だが、どういうわけか突然彼の代になって爵位を返上した。
何か疚しい理由があっての返上だろう、
資金がなくなり恥ずかしくなっただろう等と、
当時のマスメディア達は面白半分で書きたてたようだが、
当の本人が一切語ろうとしない事も有り、真相は未だ闇の中である。
今は自身が立ち上げた国の遺跡や文献を研究する
学術機関の所長に収まっている。
今回の展示会は研究成果のお披露目会のような性格も持ち合わせていた。
有識者の間では、公開に踏み切るには
まだ時期尚早という声が多かったようだが、
代表であるフォックスの鶴の一声で一般公開に踏み切っていた。
反対派の意見として、分析や調査が不十分な品があり、
万が一盗難にでも遭っては大損失だということだった。

「物々しい警備の数ですな、
 流石はグリーン・ダイヤモンドというところですか。」
「目玉はグリーン・ダイヤモンドですが、
 それ以外にも価値のある宝飾品は多くあります。
 普通の展示会よりも多く人員を手配させて頂いておりますよ。
 不安がる者達も多くおりますし、彼等の意見を踏まえての配置です。
 入場制限も掛けますし、余程の事がない限りは、
 と心配はしていませんがね。」
「……油断は厳禁ですよフォックスさん。」
「ええ、存じておりますよ。」

********

 この日、セリオがこのアパルトメントに戻ってくることは無かった。
美術館へ仕事で行っていたのは間違いなく、
同行していた他の調査員も何人いたのだが、
気がつくとセリオの姿はどこにも無かったという。
不審に思った関係者達は全員で付近の捜索を行ったが、
手掛かりは一向に掴めなかったという。
調査員たちは総出で数日間捜索したのだが、一向に手がかりは見つけられずにいた。
唯一見つかったものと言えば、
セリオが携帯していた支給品のハンドガン一丁のみ。
マガジンに弾は全て残っており発砲した形跡はなかった。
このセリオの失踪は、今後数ヶ月に及ぶ集団失踪事件の予兆に過ぎ無かったのである。

「アリシア、お前の覚悟は分かったが……。」
「お願いします室長、兄の捜索に協力させてください!
 黙って指をくわえて見ているなんて私には出来ません!」

 調査室長でアリシアは上司である
”グレッグ・ヘルター”に対して声を荒らげている。
兄失踪の調査に協力したいと鬼気迫る勢いで乗り込み、
かれこれ1時間はこの調子である。
アリシアの隣には兄の上司であったマルティンの姿もあった。
彼女の言い分は充分に理解している、
だからこそ、迂闊に許可出来るわけがない、
室長であるグレッグはそう思いながら渋い表情を浮かべていた。
普段のアリシアを知るグレッグにとって、
アリシアの形相は今まで見たこともないほどだった。

「兄が失踪した理由を……私は知りたいんです。
 兄はあの日、いつもと変わらずソファーで新聞を読んで、
 朝行ってきますって笑顔で部屋を出て行ったんです……。
 もう私どうしたらいいか、
 このままだと私……おかしくなってしまいそうで……。」

 グレッグは大きく溜息を一つ入れ、
自分の机の引き出しから書類を一枚取り出しさらさらっと署名を入れる。
書類には“異動届”の文字があった。

「ふむ、新人に異動なんて普通はさせないが……
 今回はまあ、分からない話ではないからな。
 取り敢えずマルティンの下で、バックアップとして動け。」
「ありがとうございます!
 全力を尽くします!」
「マルテイン、忙しいとは思うがアリシアのフォローを頼みたい。
 引き受けてくれるな?」
「ああ、もちろん構わない。
 こちらもセリオがいない分、猫の手でも借りたいくらいに人材不足だったからな願ったり叶ったりだ。
 それに俺はセリオと同じ現場へいた人間だ、このままってわけにはいかんよ。」
「マルティンさん、ありがとうございます!」
「セリオのやつ、
 こんな可愛い妹にここまで心配させるなんて、何考えてんだ。
 アリシア、意地でもあの野郎を探し出して説教を食らわせてやるぞ。」
「はい! 勿論です!」

続く


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