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作品名:黒いチューリップ 作者:castlehill

第2回 11 - 14

   11

 放課後、職員室にいる加納久美子のところへ生徒が代わる代わる顔を見せる。部室の鍵を取りに来る水泳部の部員、担任するクラスの掃除が終了したと報告に来る生徒、大学入試レベルの英語で分からないところを訊きに来る優秀な生徒などだ。顧問を務める水泳部のクラブ活動が終了するまでの時間は、明日の授業で使うテキストを整理したりと準備を行う。 
 職員室のドアがノックされた。「失礼します」という声の後に生徒が入って来る。佐野隼人だった。サッカー部のキャプテンをしているだけに、痩せてはいてもアスリートらしい身体つきで、身のこなしには素早さが感じられる。学級日誌を届けに来たのだ。いい機会だ。手遅れになる前に成績のことで話がしたい。
 「何か変わった事ある?」いつも同じ質問をする。
「いえ、別に」いつも同じ答えが返ってきた。
「あ、そう」視線を合わそうとしない。避けている。成績が良かった頃の彼とは大違いだ。
「失礼します」
 「ちょっと、待って」加納久美子は生徒を引き止めた。
「……」
「勉強のことで話がしたいの。一体、どうしたのよ? すごく成績が落ちているじゃない」
「……」生徒が下を向く。
「何があったの?」
「いえ、別に」
「いえ、別に、じゃないでしょう」この言葉ほど嫌いな言葉はなかった。しかし生徒から最も聞かされるのが、この言葉なのだ。「心配しているのよ。どうしたの? 聞かせて」
「……」生徒が顔を上げた。でも言葉はない。
「ちゃんと教会には行っているの」加納久美子は話題を変えようと考えた。佐野隼人はクリスチャンだった。
「はい」
「そう」少し安心した。もし信仰心も無くしたとなれば事態は深刻だった。「何かに悩んでいるの?」このぐらいの歳になれば悩むことが手にあまるほど増えてるはずだった。恋愛、容貌、勉強、進路、親との関係、学校生活など数え上げたらきりが無い。それらに、どう対処して生きていくかが問題なのだ。
「……」顔は上げたままだった。
「ねえ?」加納久美子は促す。
「……先生」
「なに」何か言おうとしている。突破口が開けるかもしれない。
「先生は」
「うん」
「霊感ってありますか?」
「……、はあ?」一体、何の話よ。調子抜けしてしまう。
「……」
「どういうこと?」それと勉強と何の関係があるの?
「そのう……、つまり……、先生には霊的な体験がありますかっていうことです」
「なんで?」
「いえ、……ただ、訊いただけです」
「……」からかっているのか、という思いが頭を過ぎる。いや、そうでもないらしい。生徒は真面目な表情のままだ。ここは相手に付き合うべきだと考え直す。「ないわ。と、いうか良く知らないの」
「じゃあ、先生は金縛りに遭ったことってありますか?」
「寝ていて体が動かなくなったりすることね?」
「そうです」
「いいえ、ないと思う」
「そうですか」がっかりした様子を露骨に見せる。
「あなたは、どうなの?」
「僕ですか? はい、あります。霊の存在を感じることがあるんです」
「そう」それしか言いようがない。それとも、凄いわ、とか言うべきだったのか。
「ええ」
「ねえ、成績のことなんだけど−−」話を戻さないといけない。
「先生」言っている途中で言葉を挟んだ。「転校生して来た黒川なんですが」
「え?」
「黒川拓磨のことです」
「どうかしたの、彼が?」
「あいつ、怪しいです」
 いきなり何を言い出すのか。「どういう事、……怪しいって?」
「何て言うか……」
「何かされたの?」
「いいえ」
「じゃあ、どうして、そんな事を言うの?」
「……」
「あなたらしくないわ。理由もなく人のことを悪く言うなんて」
 加納久美子の頭の中で、午前中に見たサッカーのゴール・シーンが蘇る。佐野隼人はシュート・チャンスを転校生の黒川拓磨に横取りされていた。それで腹を立てているのかしら、という考えが浮かぶが直ぐに否定した。そんな狭い了見の子じゃなかった。
「あいつは−−」 
 生徒の顔は真剣そのものだ。その迫力に圧されて次の言葉を待つ加納久美子だったが、別の声に名前を呼ばれてしまう。
 「加納先生、一番に電話です」学年主任の西山先生だった。
「……」生徒が口を閉ざす。
「……」どうしていいのか分からず、間ができた。
「加納先生、板垣順平の母親から電話です」返事がないので西山先生が繰り返した。
「はい」加納久美子は佐野隼人の顔を見たまま声を出す。「ごめんなさい。また後で話しを聞くわ」生徒に謝って、右手を躊躇いがちに電話に伸ばした。

   12

 オレらしくなかった。オレがするような事じゃない。キャプテンの佐野がすべき事だろう。
 板垣順平は行動を起こすのに時間が掛かった。他の生徒に頭を下げるような行為はしたことがない。サッカー部のエース・ストライカーで、身長は百八十センチを超える。学校での存在感は抜群で、いつも周囲の注目を集めていた。こっちが知らなくても多くの生徒が会釈する。とくに女生徒からされると嬉しい。可愛かったり、美人だったりしたら尚更だ。しかし笑顔は見せない。常にクールを装う。
 下校途中、前方に転校生の姿を認めた。ショルダー・バッグを重そうにして歩いていた。体育の授業で見せてくれた、あのヘッディング・シュートの興奮が蘇る。あれは本当に凄かった。よっぽどの運動神経がないと出来ないプレーだ。身長は百六十センチぐらいだろうか、身体つきも痩せて華奢だった。それでいてゴール前に走り込んだ俊敏な動きとジャンプ力。人は見かけによらないと言うが、その通りだと実感した。
 さっそく休み時間にサッカー部のキャプテンである佐野隼人に、あいつを入部させようと提案した。ところが返ってきた言葉は、『うん、そのうちな』という乗り気のないもので、がっかりした。
 劇的なゴールを決めた転校生が、今こうして目の前を一人で歩いている。自分が声を掛けて、サッカー部への入部を誘ってみようかという気になっていた。
 三週間後には富津中学との練習試合がある。前の試合では2-3で逆転負けていたので、次の試合では絶対に勝ちたかった。
 その自信はある。なぜなら前回の試合では彼らの技量に負けた訳ではないという気持ちがあるからだ。個々のテクニックとチームワークは君津南中の方が上だ。
 負けた原因は一つで、それは富津弁だ。試合が始まると直ぐに、恫喝するような汚い言葉が飛び交い始めた。相手チームが仲間割れでも起こしたのかと思った。彼らが彼らなりに普通に意思を伝達しているだけだと知るまで時間が掛かった。けんか腰に喋ってるとしか感じられないのだ。観客の富津弁での声援も独特のものだった。いつものプレーが出来ない。方言に翻弄されて敗れた試合だ。
 鶴岡政勝はビビッて動きに精彩を欠く。クリアミスして失点。あのバカは役に立たない。司令塔の器じゃなかった。
 自分は自転車での転倒事故から体が完全に回復していなかった。前の試合は欠場を余儀なくされて感覚も鈍っていた。
 次の試合は君津南中学で行われる。絶対に2点差以上のスコアをつけて相手をギャフンと言わせてやりたかった。もしチームに転校生が加わってくれたら、もう鬼に金棒だ。
 板垣順平は歩調を速めた。「おーい」
 声を掛けると転校生は振り向いて、怪訝そうな顔を見せながらも足を止めてくれた。追いつくと同時に相手を褒めた。「さっきのヘッディング・シュートは凄かったじゃないか」言いづらくて舌を噛みそうだった。褒められることには慣れているが、飼っている犬のルルを別にして誰かを褒めることはした記憶がない。
 「ありがとう。だけど君が精度の高いクロスを上げてくれたから出来たプレーさ。感謝するよ」
「あはは。そんなことねえよ」その謙虚さ、気に入った。なかなかいい奴らしいな。こりゃあ、幸先いいぜ。「家はどこだい?」
「大和田だよ」
「そりゃあ、ちょっと学校からは遠いな。自転車通学の許可が下りるんじゃないの? 加納先生に頼んでみたら」
「うん。ほかの奴からも同じことを言われた。考えてみるよ」
「そうしろ。オレの家も学校から近いとは言えないけどな。途中までは一緒だ。実は話があるんだ」
「何だい」
 板垣順平は転校生と並んで歩き出した。身長で二十センチも違うとかなりの体格差だ。こんなに小さい奴が、よくもあんなプレーが出来たもんだと再び感心する。が、バルセロナのメッシとかイニエイタにしても他のサッカー選手と比べると小柄な方だった。それに気づいて身体の大きさは関係ないと納得する。相手のショルダー・バッグのチャックが開いていて中身が見えていたが、無視して入部の誘いを開始した。「前の学校では、サッカー部だったのかよ」もしそうなら話は早い。
「いいや」
「……」残念。そう上手く話は運ばないらしい。最短で、周西小学校の前を通り過ぎるまでに話は決まるかもしれないと期待したのだったが。
「部活はしていなかった」
「おい、おい」意外な答えが返ってきた。ちょっと待て、あの運動神経を眠らせていたっていうことか? まさか。「でも、何か運動はしていたんだろう?」そうでもしなけりゃ、あんなヘッディング・シュートは出来るもんか。
「ううん、別に」
「マジ? それで、あのプレーかよ。ちょっと信じられないな。すごいの一言だよ、本当に。ところで、こっちの中学では何か運動部に入るつもりはあるの?」
「わからない」
「どういう事だよ、わからないって? その運動神経を、どこかの部活で生かすべきだろう」
「そうかな」
「そりゃ、そうさ。もったいないぜ」何なの、この欲のなさ。理解できねえ。サッカー部に入って、今日みたいなゴールを決めればオレみたいにヒーローになれるっていうのに。
「ところで、ちょっと訊きたいんだけど」
「なんだよ」何でも教えてやるぜ。君津南中じゃオレが一番顔が広いんだから、という気持ちだった。
「ここでは映画同好会っていうのがあるって聞いたんだけど」
「はあ?」予想もしていない質問だった。自信が崩れる。そのカテゴリーは守備範囲外だ。
「映画同好会だよ」
「止めとけ」
「どうして?」
「女しか入っていないぜ」
「それがどうした?」
「B組の五十嵐香月と佐久間渚、山田道子の三人が始めたクラブなんだ。じっとして、ただ映画を見ているだけだぞ」そんなのに興味を持つなんて、どうかしてるぜ。
「だから映画同好会っていうんじゃないのか?」
「ん……ま、そうだけどな。しかし退屈だろう、二時間近くも動かないで座って映画を見ているなんて」
「映画は嫌いなのか?」
「好きじゃない。『タイタニック』を見に行ったけど字幕が早くて読むのに疲れた」
 渡辺香月と二人で初めて出かけたのが、その映画鑑賞だ。三時間近くも彼女の肩に腕を回していられたのは感激だった。香月の艶のある長い髪から漂ってくる甘酸っぱい香りに酔いしれた。座席から身を起こしたのは一度だけで、ローズがジャックの前で服を脱いだ時だ。香月に振り向かれて照れ臭い思いをした。あの頃に再び戻れたらいいのにな、と思った。
「誰と行ったんだよ?」
「え?」その質問も意外だった。
「誰と『タイタニック』を観に行ったのか訊いているんだ。まさか一人じゃ行かないだろう、あんな映画。ましてや好きでもないのにさ」
「うん。友達とだよ」
「女とだろ、一緒に行ったのは?」
「……」
「デートだったんだろう」
「よく分かるな」こいつ、なかなか鋭い。
「そりゃそうさ。誰だ、相手は?」
「誰にも言うなよ」声を落とす。もう学校中に知れ渡っていたが、お前だけには教えてやろうという態度を装う。
「もちろんさ」
「五十嵐香月だ」
「へえ。なかなか美人だよな、彼女は」
「まあな」心の中では、すっげえ美人だと絶賛している板垣順平だった。
「まだ付き合っているのか?」
「いいや、もう別れた。オレが振ったんだ」ここは声のトーンが高くならないように慎重に言葉を口にした。悔しさが滲み出ては威厳に傷がつく。
「どうして? もったいないじゃないか、あんなに綺麗な女を」
「いやあ、しつこくて参ったよ。毎日、電話してくるんだ。勉強も手に付かなかったぜ。女って、みんなあんな風なのかな」まったくの嘘で、香月から電話がないと不安で何も手に付かなかったのが事実だった。
「ふうむ」
「まさか五十嵐香月に気があるんじゃないよな?」もし、そうだったらヤバイ。よりを戻したいと願っている自分にとってライバルが一人増えることになる。負けるとは思わないが競争相手は少なければ少ないほどいいに決まっている。
「いいや、興味ない。もっと魅力的な女がいる」
「えっ」聞き捨てならない言葉が耳に届く。「誰だい?」
「……」
「おい、教えろよ。オレだって秘密を打ち明けたんだぜ。その女ってB組にいるのか?」
「うん」
「誰だ? うちのクラスには不思議なくらい綺麗で可愛い女が揃っているのは事実だけどな。わかった、篠原麗子か?」
「違う」
「じゃあ、佐久間渚だ。でも彼女は佐野隼人と交換日記している仲だから−−」
「それも違うな」
「奥村真由美だろ?」
「ううん」 
「待てよ。まさか、手塚奈々かよ?」あの軽薄な女を選んだとしたら、こりゃ笑える。お前も手塚の長いセクシーな脚に心を奪われた男の一人になるわけだ。
「いいや」
「え、じゃあ誰だよ。目ぼしい女は全て言ったぜ」
「一人、残っている」
「はあ? わからねえな。五十嵐香月、篠原麗子、佐久間渚、奥村真由美、手塚奈々のほかにも誰か魅力的な女がいるって言うのか?」
「そうさ」
「B組だよな?」
「うん」
「さっぱり、わからない。教えろよ」
「いいよ。でも条件が一つある」
「なんだよ」
「その女とオレが仲良くなれるように祈って欲しいんだ」
「祈るって、どう?」
「難しいことじゃない。ただ心から願ってくれたらいいのさ」
「いいけど。そんなんで効果があるのか?」
「ある」
「……」すっげえ、自信あり気じゃねえか。理解できねえな、こいつ。ちょっと不気味な感じ。関わりを持たない方か無難かもしれない。でも、その女の名前は絶対に知りたい。「教えてくれ。願ってやるから」
「本気か?」
「ああ、もちろん」それは嘘。ただ本気で知りたいだけ。
「加納久美子」
「えっ?」
「驚いたのか?」
「あ、当たり前だろう。先生じゃないか。歳が違い過ぎるぜ。無理だよ、そんな……」こいつ、バカじゃないの。その言葉は、あの見事なヘッディング・シュートに免じて口には出さなかった。けど、サッカー部へ誘う気持ちは一瞬にして消えた。付き合っていられねえ、こんな奴とは。
「それがどうした」
「オレ達みたいな子供を加納先生が相手にするもんかよ」
「恋愛に歳は関係ないぜ」
「そうは言っても、それは大人の世界の話だ。無理だ、諦めろ。お前と加納先生では釣り合いが取れなさ過ぎるぜ」
「君がオレを信じて願ってくれたら何とかなるんだ」
「……」バカらしい。なんてこった。キャプテンの佐野隼人は正しかった。オレが間違っていた。こんな奴をサッカー部に入れたら大変なことになりそうだ。試合に勝つために練習しないで祈祷でもしかねないぜ。これ以上もう話すだけ時間の無駄に思えてきた。「あれ?」
 数百メートル先に同じ中学の生徒が何人か歩いているは知っていたが、それが全員B組のクラスメイトであることに気づく。
 「うちのクラスの連中だよな?」転校生も気づいたらしい。
「ああ、そうだ。でも……、変だな」
 B組で不良グループと思われている山岸涼太、相馬太郎と前田良文の三人に意外にも土屋恵子が一緒だった。不思議な組み合わせだった。学校では口を利いてる姿を見たことがない。しかも山岸と前田の家は逆方向のはずだ。こっちが後ろから歩いてくるのに気づいたらしい、連中は周西小学校の隣にある公園の中へと足早に入って行く。
「どうして?」転校生が訊いてくる。
「いや、なんでもない」こんな事、一々説明していられるか。連中のことなんかオレには関係ないし。「用事を思い出した。オレ、急ぐから」そっけない口調だった。もう構うもんか。こいつとは二度と話さないかもしれないし。
「じゃあ、また明日」
「うん」
 板垣順平が歩調を速めようとした時だ、転校生が抱えたショルダー・バッグの中にCDケースが入っているのが見えた。それだけなら何でもなかった。だけど、そこに『バイタル・ハザード 3』という文字が書かれていたのだ。『2』は知っているが、まだ『3』は発売されてないはずだった。見過ごせない。「それ、何だよ?」
「え?」
「そのCDケースだよ」
「ああ、これか。『バイタル・ハザード』の新しいやつだよ。試作の最終段階で、試しにプレーしてれって頼まれたんだ」
「……」ええっ、何だって? 耳に届いた言葉が衝撃的すぎて百八十センチの体が硬直。
「ゲームはやるのか?」転校生が訊く。
「え?」
「ゲームは好きなのか?」
「おい、……あのな」転校してきて間がないから仕方ないか。そんな質問をする奴は学校中に一人としていない。オレからゲームを取ったら何も残らない、そういう覚悟でコントローラーを操作する板垣順平だ。そんな質問はオレに対する侮辱でしかない。しかし、ここでは敢えて文句は言わずにおく。もっと重要な解決すべき問題が持ち上がったからだ。「誰に頼まれたんだ? 試しにプレーしてくれなんて」
「父親がゲーム関係の仕事をしているんだ。それで発売される前に不具合とかがないか調べる目的でプレーを頼まれるのさ」
「マジかよ。すっげえな」
「この『バイタル・ハザード』の新しいやつは前作よりも面白くなっているぜ」
「どう?」
「プレイする度にゾンビやアイテムの配置が違う。それに敵の攻撃を瞬時に避けられる『緊急回避』や、一瞬で後ろを向く『クイックターン』ていう操作が追加されているんだ」
「……」
「イージー・モードだと最初からアサルトライフルが用意されていたり、初めて『バイタル・ハザード』をプレーする奴にはやり易いはずだ」
「面白そうだな」
「ああ」
「でも、どうして学校になんか持ってきたんだ?」
「鶴岡に貸してやったのさ」
「えっ、鶴岡って、……あの政勝か?」思わず声が大きくなった。
「そうだよ」
「……」
「どうした?」
「信じられねえ」ほとんど独り言に近い。
「何が?」
「いや、何でもないけど……」これについても話が長くなるので説明できなかった。
 板垣順平は裏切られた思いで怒りを感じていた。ふっざけた野郎だ、あの鶴岡は。『バイタル・ハザード 3』の試作品を転校生から借りていながら自分には何ひとつ言わなかった。クラスは一緒だし、同じサッカー部員でもあった。一日に話す機会は何度もある。  
 富津中との試合で奴がミスして逆転負けするまでは、チームの左サイドバックとして信頼していた。部室でナムコの『鉄拳3』について話をしたのは昨日じゃなかったか? 確かそうだ。それなのに『バイタル・ハザード 3』のことは黙っていた。鶴岡政勝に対する考え方はいっぺんに変わった。「それを、オレにも貸してくれないかな?」気を取り直して転校生に訊いた。
「いいよ。本気で願ってくれるならな」
「え? 何を」
「忘れたのか? さっきの約束だよ」
「あっ、ああ。い、いや、忘れてなんかないよ」すっかり忘れていたぜ、そんなバカバカしいこと。
「祈ってくれるよな」
「もちろんさ」
「それならいい。貸してやるよ」
「いつ返せばいい?」
「いつでも構わない。飽きたら返してくれ」
「本当かよ?」それじゃあ、貰ったも同然じゃないか。
「ああ」
「ありがとう。悪いけど、用事を思い出したから急いで帰るよ」
「わかった」
「また明日な」
 板垣順平は走り出した。用事なんかなかった。ただ早く家に帰って、この『バイタル・ハザード 3』で遊びたいだけだ。
 理解できないところはあるが、父親がゲーム関係の仕事をしているなんて凄い。これからは新作のゲームを発売前にプレーさせてもらえるかもしれない。サッカー部に入らなくても、ずっと仲良くしていくべき奴だ。順平の友達ランキング・リストに転校生の黒川拓磨が赤丸初登場で一位に君臨する。それまで長く一位をキープしていた親友の佐野隼人は二位に転落した。

    13

 「板垣の奴に見られたかな?」不良グループの中で小柄な相馬太郎が、並んで歩くリーダー格の山岸涼太に小声で訊いた。
「別に見られたっていいだろ」山岸涼太も小声で答えたが口調は強く、お前は余計なことを喋るなという意味を示唆していた。
「……」
 へえ、怒ってら。という感じで相馬は後ろから付いてくる長身の前田良文の方を振り返ったが、聞こえてないようだった。
 三人は土屋恵子を誘って周西小学校の隣にある公園の中に入ったところだ。
 これから始める交渉のことに山岸涼太は考えを集中していた。余計なことを言って話し合いをぶち壊しにされたくない。相馬太郎は口が軽くて、何度か苦い思いをさせられてきていた。
 三人は土屋恵子から恐喝されていた。多額の金品を要求され続けて身も心も疲れ果てた。表向きこそ普通の中学二年生だが、実情は失業して多額の借金を抱えた中年男性と変わりなかった。未来が無く、惨めな日々が続いていた。
 毎日、学校へ行くのが辛い。土屋恵子から声を掛けられるのが怖い。顔を合わすのすら嫌だった。

 山岸涼太と関口貴久、それに相馬太郎と前田良文の四人は小学校からの仲良しだ。みんな勉強が大嫌い。いい成績を取って、いい高校へ進学したいなんて気持ちはなかった。放課後は日が暮れるまでサッカーや野球をしたりして遊んだ。中学生になると行動範囲が広がり、興味の対象も多くなって、どんどん金銭の必要性を強く感じるようになる。映画や音楽鑑賞の楽しみを知り、お洒落もしたくなった。新聞配達や様々なアルバイトをして小遣いを稼いだ。
 しかし働くのは苦痛で、長い時間こき使われても賃金は安く、逆に買いたい物のリストはどんどん長くなっていく。
 「金は欲しいけど、何とか楽して稼ぐ方法はないのか?」
 その思いは常に四人の頭の中を占領した。解決策としては悪事を働くこと以外には何も思い浮かばない。でも強い躊躇いがあって、なかなか行動には移せなかった。背中を押してくれたのが土屋恵子の兄貴で三年先輩の土屋高志だ。高校を中退すると地元の工務店に就職したが一ヶ月ぐらいで辞めて、その後はガソリン・スタンドや飲食店なんかでバイトしたりしていた。
 去年の初めに本屋のブックバーンで久しぶりに顔を合わせたのが事の始まりだ。四人は関口貴久が安室奈美恵の新しいCDを買うというので一緒に来ていた。土屋高志の方はレンタル・ビデオを返しに来たところだった。どんな映画を借りたのか興味を持ったので、ビニール・バッグの中を見せてもらうと、樹まり子主演『背徳の令嬢』というタイトルが目に飛び込んできた。うわっ、と相馬太郎が声を上げる。さすが土屋先輩だと、四人は羨望の眼差しを注ぐ。それまでは「土屋高志みたいになったら御仕舞いだぜ」、が仲間うちでは一つの合言葉みたいになっていたのだが。
 学校の更衣室で財布を盗んで高校を一ヶ月もしないで退学になった話はすぐに広まった。その後はバイトをしたり辞めたりの生活。女の子への悪戯とか下着泥棒を繰り返して警察には何度も捕まっていた。悪い噂は常に絶えない。「土屋高志みたいには絶対になりたくない」、というのが四人の共通した意識だった。年末から始めた焼き鳥屋のアルバイトも一週間前に辞めていて、毎日ぶらぶらしているらしかった。
 「オレに任せろ」 
 土屋高志は、関口がCDを持ってレジへ向かおうとするのを、横から取り上げて言った。四人が見ていると素早くウインド・ブレーカーの前を上げて、CDをズボンのベルトに挟んでしまった。そして何食わぬ表情で店内から出て行く。
 「CDとか漫画なんかは、しばらく買ったことがねえな」君津駅の方向へ歩いて本屋から十分に遠ざかると土屋高志は自慢した。「お前ら、まだ何か欲しいモノがあるか?」 
 その問い掛けに真っ先に反応したのが相馬太郎だ。「オレも安室奈美恵のCDが欲しい」すぐに前田良文が続く。「オレも」山岸涼太と関口貴久の二人は黙っていた。相馬も前田も音楽には興味がないはずだ。タダで手に入るなら何でも欲しいという二人だった。
 昼メシは浮いた金で、四人と土屋高志でルピタにあるマクドナルドへ行った。万引きが成功したことで仲間意識が生まれていた。ハンバーカーを食べながら、当然の成り行きで、これからどうするかという話になる。 
 「俺たち五人が手を組めば絶対に上手く行く。前田、お前は背が高いから見張り役にぴったりだ」と、土屋高志は力強い口調で説得を始めた。今まで見たことがない姿だった。山岸涼太は、こんな男にリーダーシップを握られたんじゃ不安だと感じたが、欲しい物がタダで手に入るならと黙っていた。
 「盗んだ商品を金に返られないかな?」という相馬太郎の問い掛けにも土屋高志は、「いい考えがある。お前らが学校の友達から注文を取って来るんだ。その商品をオレたちが盗んで、そいつに定価の半値で売ってやろうぜ。どうだ?」と、すでに用意していたみたいに間を置かずに答えを出してくる。
 マクドナルドの店を出た時には五人の窃盗グループが出来上がっていた。やる気満々だ。もう好きな時に欲しい物が何でも手に入る能力を身に付けたような気になっていた。
 万引きは面白いほど上手く行く。前田良文が見張り、山岸涼太と関口貴久が大きな声で喋りながら店員の注意を引く、実行するのは土屋高志と相馬太郎だ。ヤバいと感じたら五人は絶対に一緒に逃げない。その場でバラバラに散らばる。何を盗むか前もって計画を立てた。同じ店に何度も足を運ばない。山岸涼太と関口貴久が中心になってルールを作った。学校で注文を取るのも二人の仕事だ。
 国道127号線沿いに大きなカジュアル・ウエアーの店がオープンした時は最大の収穫を上げた。初日の特売に大勢の客が押しかけて店内はごった返し、万引きのやり放題だった。すぐに盗んだ商品で持ち込んだリュックはいっぱいになり、何度も家に戻らなければならなかった。この時だけはルールを無視して、五人が手当たり次第に商品をリュックに詰めた。
 万引きした商品を学校の友達に売る計画は、考えていたほどの値段では捌けなかっが貴重な現金収入をもたらした。
 少しでもヤバそうだと感じたら店を出る。危険は冒さない。常に用心を心がけた。しかし相馬太郎だけは上手く行けば行くほど行動が大胆になっていった。
 
 公園の隅まで来て立ち止まり、山岸涼太の三人と土屋恵子が対峙した。
 「話って何よ? こっちは急いでいるんだから。早くしてよ」いつものことだが、今日も土屋恵子は機嫌が良くないらしい。教室では無口な方だった。痩せてもいないし、太ってもいない。身長は百六十センチ足らずか。笑った顔を見せることは少なくて、いつも無表情。金を要求する姿は堂に入っていた。チンピラみたいな兄貴よりも悪事にには長けている感じだった。
「実はさ、あのう……、金のことなんだ」山岸は低姿勢で話す。
「だめ、だめ。今週分は待てないよ。もう使い道が決まっているんだから」
「だけど毎週一万円なんて、もう無理な話だ。そんなに簡単に上手く行く仕事じゃないんだから。もう関口はいないし」
「うそ言うんじゃないよ。あんた達が手塚奈々や古賀千秋に、ワコールの下着を売って稼いでいるって聞いたけど」
「でも安くしか買ってくれないんだ」
「幾らで売っているのよ?」
「もう定価の半値以下さ。稼いだ金は、ほとんど渡しているっていうのが実情なんだ」
「じゃあ、今週は幾ら出せるのよ」
「三千円が精一杯だ。頼むよ、それで勘弁してくれ」
「たった三千円?」
「そうなんだ」
「ふざけないで。それっぽちじゃあ、とてもディズニーランドへ行けない。オバアちゃんの誕生日だって近いのに」
「……」そんな事に俺たちが稼いだ金は使われるのかよ。バカらしい。山岸涼太は首を回して仲間の顔を窺った。連中の表情から同じ意見だと理解した。
 「あんた達のことを黙っていられなくなるかもよ」
 その脅し文句を待っていた。要求された金額を渡せないと毎度のように聞かされる言葉だった。山岸涼太は用意してきた切り札を口にする。「それも仕方ないと思っている。もう限界なんだ。でも、そしたら一円も持って来れなくなるぜ」
「……」土屋恵子が黙る。
 思ったとおり効果があったようだ。言葉を続けて一気に畳み掛ける。「学校があるから週末にしか仕事は出来ないし、いつも上手くいくとは限らない。もう疲れたよ。好きなようにしてくれても構わないと思っているんだ」
「じゃあ,幾らだったら持って来れるのよ?」
「わからない」
「そんなんじゃ、こっちの予定が立たないわ」
「そう言われたって、オレ達だって困るんだ。その時その時で稼ぎは違うんだ。約束なんて出来るもんか」
「じゃあ、どうしよう。いつまで兄貴を黙らせていられるか分からないわ」
 土屋高志のことは疑わしかった。警察に捕まったことは聞いていたが、その後どうなったのか誰も知らない。それに兄貴を黙らせておくのとディズニーランドやオバアちゃんの誕生日に、一体どんな関係があるというのだろう。山岸涼太は強気に出ることした。
 「オレ達から言えることは、稼いだ分の七割を差し出す。それぐらいしか出来ない」
「あんた達が幾ら稼いだか、どうやって確かめられるの?」
「オレ達が言うことを信じてもらうしかないな」
「そんな」
「だって、それしか方法がないだろう」
「……」
「納得がいかないなら、好きにしていい」
「考えさせて」
「そうしてくれ」
 その言葉を最後に土屋恵子は公園から出て行こうとしたが、何かを思い出したように振り返った。
 「相馬、お前は土曜日の朝に迎えに来な。オバアちゃんを足の治療で病院へ連れて行くんだから」
「無理だよ」同級生なのに目下扱いだ。でも何も言えなかった。
「どうして」
「もうセルシオは手放した」
「バカじゃないの、お前は。まだまだ手伝ってもらいたい事が沢山あるのに」
「盗んだ車なんだ、長く持っていられないよ」
「また盗めばいいじゃない。とにかく土曜日の朝には迎えに来てくれないと困るの」
「ダメだ、行けない。そんなに都合良く車なんて盗めるもんじゃないんだ」
「……」
「ナンバーが登録されているから、早く乗り捨てないと警察に捕まっちまう」
「まったく。お前たちって本当に使えない連中ばっかりだ」
 土屋恵子が不機嫌に立ち去って行く後ろ姿を、三人は黙って見守った。最初に口を開いたのは相馬太郎だ。
 「畜生っ。あの女、ぶっ殺してやりてえ」
「本当だ。ガソリンでも頭から浴びせて火を付けてやろうぜ」と前田良文が応えた。
「だけどな、お前が教室でセルシオを盗んだなんて自慢するからいけないんだ。あの女は地獄耳だって覚えておけ」
「わかった。で、これからどうなるだろう」
「オレ達の提案を呑むしかないと思う」
「土屋高志が警察に喋ったりしないかな」
「大丈夫じゃないかな。もうオレは信じていない。土屋のバカ兄貴は警察に捕まったけど、きっと釈放されているぜ」
「じゃあ、今どこにいるんだ?」
「わからない」
「それでもオレ達は金を土屋恵子に払い続けなくちゃならないのか」
「しばらくはな」
「畜生、あの女がいなくなってくれたら、どんなに嬉しいか」
「ところで関口から連絡はあったか?」前田良文が二人の会話に割って入った。
「いや、ない」と山岸涼太が答える。
「どうしてんだろう」と相馬太郎。
「もう二度と会えないかもな。なにしろ九州へ行っちまったんだから」
「ちぇっ、寂しいな」
「仕方ないぜ。火事だもんな」
「だけどさ、あいつ、その日の学校で、もう金の心配はしなくていいかもしれないって言ってたんだぜ」前田良文が言った。
「うん、そうだった」と、山岸涼太。
「そう言えばそうだ」相馬太郎が続く。「思い出した」
「どういう意味だったのか気にならないか?」前田良文は二人に向かって訊いた。
「そりゃ、気になるぜ。その理由が知りたい」相馬太郎が応えた。
「言われた時は冗談かと思って真剣に受け取らなかったが、今は凄く気になってる。なにしろ直後に家が火事で全焼だからな」山岸涼太が言う。
「関係があるのかな?」
「わからない」
「なんとか知る方法はないのか?」
「こっちからは連絡の取りようがない。関口から電話が掛かってくるのを待つしかないんだ」
「……」山岸涼太の返事に相馬太郎と前田良文の二人は黙った。僅かな希望も失われた思いだった。

 五人の窃盗グループの全盛は、土屋高志と連絡が取れなくなったことで終焉を迎えた。どうしたんだろう、と四人が不思議に思っていると、学校で女子が噂を口にしているのを耳にした。奴が何かを盗んでいるところを、パトロール中の警察官に見つかって逮捕されたらしいという内容だった。まさか。これはヤバイ。自分たちのことも白状するんじゃないかと、四人は震え上がった。毎日が気が気でない。いつ警察が逮捕に来るか分からない状況だ。兄貴がどうなっているのか土屋恵子に訊きたかった。しかしそうすればオレたちの悪事がバレてしまう。
 ああだ、こうだと四人で話し合っても情報が全くないのだから何の進展もない。ただ怯えて毎日を過ごすだけだった。
 「ちょっと話したいことがあるんだけど」ある日、山岸涼太が土屋恵子に声を掛けられた。昼休み、四人は体育館の裏で彼女の前に集まった。
 「あんた達が、うちの兄貴と組んで万引きをしていたのは知ってるよ」
「……」誰も返事はしない。
「今さ、うちの兄貴が警察に捕まっているんだけど、それは聞いているだろ?」
「……」
「しらばっくれんじゃないよ。あんた達の為にならないよ」
「どういう意味さ?」山岸涼太が訊いた。
「日曜日に、あたしが留置場まで面会に行ったんだ。兄貴は警察の取調べが厳しいって嘆いていたよ」
「それで」
「安心しな。あたしが兄貴に、あんた達のことは黙っているように頼んでおいたから」
「本当かい?」土屋恵子の言葉に跳び付くように相馬太郎が反応した。
「当たり前じゃないか。捕まるのは一人で十分さ」
「ありがとう。助かったよ」と、相馬太郎。
「ただし、……」
「え?」
「こっちが助けてやるんだから、あんた達にもそれなりに協力してもらわないと」
「……」そんなことだろう、と山岸涼太は思った。関口貴久の方を向くと、やはり頷いて見せた。
「協力って?」と、相馬太郎。
バカヤロー、そんなこと訊くまでもないだろう、と山岸涼太は怒鳴りたい気分だった。
「金だよ」子供を諭すみたいな感じで土屋恵子が答える。
「……」
「それなりのモノを留置場にいる兄貴に差し入れてやりたいんだ。あそこは冷暖房もないし、食事も粗末なもんさ」
「幾らだ」関口貴久が訊いた。
「週に三万円で、どうだろう? 留置場へ行くにもタクシー代が要るんだ」
「とても無理だ。そんな金を毎週なんて」
「じゃあ、二万円してやってもいい。その代わり−−」
「そんなに稼げない。もっと安くしてくれないと」
「じゃあ、幾らだったら持ってこれるのよ」
「……」
「バカみたいな金額だったら、きっと兄貴はすべてを白状すると思うよ」
「わかった。週に一万円でどうだろう」関口貴久が答えた。
「たった一万円かよ。もう少し、どうにかならないの?」
「もし稼ぎが良かったら、その週は増額する。それで勘弁してくれ」
「……」
「頼むよ、お願いだから」
「じゃあ、しばらくの間は一万円で許してやろう。でも稼げたら、もっと持ってくるんだよ。いいね」
「わかった。そうする」
 話は終わったと判断して土屋恵子がその場から去っていくと、残された四人は今後のことを考えなければならなかった。 
 「オレたち、週に一万円も稼げるかな?」前田良文が言った。
「まず難しいな」答えたのは関口貴久だ。
「じゃあ、週に一万円にしてくれなんて何で言ったんだ?」と相馬太郎。
「仕方がないだろ。それがあの女を納得させられる最低の金額だ。それ以下だったら話はまとまらなかった」山岸涼太が代わりに答えた。関口貴久がやった交渉を理解していた。
「これからどうするんだ、オレたち」と、前田良文。
「まず持ち金を集めて、そこから一万円づつを土屋恵子に支払っていく。仕事は続けるが得た金は関口が管理する。もう一円も自由にならない。それで時間を稼ぐんだ」
「時間を稼いでどうする?」
「こっちの考えをまとめて再び交渉しよう。事態が好転するかもしれないし」
「どういう意味だ?」
「土屋高志が釈放されたら事情は変わるだろう」
「釈放されるのか?」
「わからない。あのバカがどれほどヤバい事をしでかしたに係っている」
「釈放されなかったら、奴は刑務所へ行くんだろうか?」
「いや、それはないだろう。きっと少年院だと思う」
「げっ、少年院かよ」相馬太郎が大きな声を出して、山岸涼太と前田良文の会話に割って入る。「もしバラされたら、オレたちも行くことになるのか?」
「そうだ。怖くなったのか、相馬?」冷やかすように山岸涼太が訊く。
「オ、オレ、……少年院はイヤだ。絶対に」
「行きたい奴なんているかよ、バカだな」
「オレ、聞いたんだ。どんなに酷いところか、少年院が」
「誰から?」
「知り合いだ。あそこじゃ、看守に酷い虐めに遭うらしい」
「ぶん殴られたりするのか?」前田良文が口を挿む。
「違う、そんなんじゃない」
「じゃ、どんな?」
「看守のチンポコを銜えて精液を飲まされるんだってよ」
「げっ、……マジかよ?」
「……」山岸涼太と関口貴久は黙っていた。
「本当だ。ガキどもはニューヨークで、ハンバーガーの屋台を地下鉄の階段から滑り落としたイタズラで警察に逮捕されたんだ。それで少年院へ直行だ」
「えっ、ニューヨークだって?」驚いて前田良文が訊き返す。
「……」
「それって外国の話かよ?」関口貴久が続く。
「お前、今、確かニューヨークって言ったよな?」山岸涼太の言葉には、いい加減な事を口にした仲間を咎める咎める響きがあった。
「違う、間違えた。ち、千葉だよ」
「おい、千葉に地下鉄はないぞ」
「あ、東京だった。思い出した」
「お前の話はウソくさいなあ」
「映画かなんかの話じゃないのか?」
「違う。本当なんだ。信じてくれよ」 
「……」誰も返事をしない。
「オレ、知らない奴のチンポコなんかしゃぶりたくねえ」仲間の三人から疑わしい目で見られて、もはや相馬太郎の言葉は独り言に近かった。
「バカ、知ってる奴のでもヤダぜ、そんなの」関口貴久が言った。
 信憑性は疑わしかったが、相馬太郎の話は仲間を震え上がらせるのに十分だった。少年院へ行けばホモの看守に餌食にされるという恐怖が頭に焼き付く。翌日からは土屋恵子に対して、腫れ物にでも触れるような接し方になった。
 遅れることなく月曜日には一万円を支払う。目の前を通り過ぎる時は必ず頭を下げた。文句を言われないように注意を怠らない。
 相馬太郎が教室で、としまや弁当の駐車場でドライバーがロックをしないで車から離れた隙に、黒塗りのセルシオを盗んだと自慢すると、その話を聞きつけた土屋恵子はショッピングの送り迎えを要求してきた。もう言いなりだ。
 ところが、そんな従順な態度が逆に土屋恵子を付け上らせる結果を生んでしまう。三週間が過ぎた頃だ、新たな要求を突きつけられた。
 相馬太郎が仲間を集めて言った。「おい、来週は建国記念日らしいぜ」
「それがどうした?」
「あの女が御祝儀として五千円ぐらい持って来いって」
「マジかよ」新しい要求をするのに土屋恵子はビクビクしている相馬を選んだんだ、と仲間は合点がいった。
「五千円なんて出せるもんか。分かった、オレが話をつける」関口貴久の出番だった。
 リーダーは喧嘩の強い山岸涼太だが、誰かと交渉するとか何かを計画するのは関口貴久の役目だ。細かい事に気がつき、どんなことにも常に慎重だった。
 前回は丸め込まれたと考えたのか、土屋恵子は強気できた。五千円を二千円まで下げさせたが、すべての祝日に祝儀を差し出すことになった。
 「つまり一万円のほかに祝日には二千円を差し出せっていうことか?」
「そうなんだ」
「ちっ、なんて欲張りな女だ」
「がめつ過ぎるぜ」
「じゃ、次は春分の日かよ?」
「そうなるな」
「おい、待てよ」
「どうした」
「だったら五月の連休はどうなるんだ?」
「……」
「昭和の日、憲法記念日、みどりの日、こどもの日って続くんだぜ」
「マジかよ」
「……」全員が暗澹たる気持ちになった。
 その数日後だ、関口貴久が仲間に希望を持たせるようなことを言い出す。
 「もう金の心配はしなくていいかもしれないぜ」
「どういうことだ?」山岸涼太が訊く。
「まだ今は詳しいことは言えない。全額でなくても、オレたちの負担を減らせる可能性が出てきた」
「本当かよ」
「ああ」
 しかし現実には何も変わらなかった。その晩に関口貴久の家が全焼して九州へ引っ越してしまったからだ。金の負担は同じで逆に仲間が三人に減ってしまった。一体何の話だったのかも分からず仕舞いだ。
 関口貴久の抜けた穴は大きい。仕事が以前のようには上手くいかない。チームプレーが機能しなかった。理由を説明して土屋恵子には支払いを少なくして、残りは借りという形にしてもらう。利息としてワコールの下着や洋服を盗んでくるように要求された。
 交渉は成立したが安心は一時的で、どんどん借金は増え続けていく。支払う気力を失わせるほどの大きな金額になるのに時間は掛からない。厳しく催促はされるが、どうにもならなかった。
 仲間三人は疲労困憊して、お互いに口も利かない状態になっていると、土屋高志らしき人物を見たという情報が学校に流れた。真偽は確かめられなかったが、もし警察から釈放されたなら自分たちの悪事をバラされる恐れは去ったことになる。一気に土屋恵子への支払いがバカらしくなった。
 毎週月曜日には数千円づつでも金を渡し続けたが、がめつい女への憎しみはどんどん大きくなる。殺してやりたい。せめて学校からいなくなって欲しい。
 「もう万引きなんてやりたくない」相馬太郎は決まって仕事の前に、この言葉を吐くようになった。
「オレもだ。もう疲れた」前田良文が続く。
「……」山岸涼太は何も言わない。愚痴を口にしても事情は変わらないからだ。
 話し合ったわけではないが、いつか土屋恵子から解放されたら二度と万引きしない、という気持ちで三人は一致していた。

  14 

 君津南中学からの帰り道、市役所通りに出たところの交差点が五十嵐香月と佐久間渚、それに山田道子が立ち止まってお喋りをする場所になっていた。小学校の高学年から続く習慣だ。ここから三人は別々の道へと別れなければならない。背が高くて大人びた雰囲気を持つ五十嵐香月が中心的な存在だった。お洒落で、服のブランドとか流行に詳しかった所為だ。二人は服を買うときは香月に意見を求めた。 
 小学校の五年生だったと五十嵐香月は記憶している。忘れもしない。ここで山田道子が衝撃的な内容を口にした。それは「赤ちゃんの作り方なんだけど……」という言葉で始まった。
 それまで香月は性については無関心というか、全く考えたことがなかった。家でも二人の両親が性のことで何か言うのを聞いたことがない。そうだ。子供って、どうやって作るんだろう。と思ったのが最初の反応だ。さすがにコウノトリが運んでくるなんてことは、もう信じていなかった。ただし自分が知らない事を山田道子が知っているという事実は気に入らなかった。
 「あたし、男の人とセックスすると赤ちゃんが出来るって聞いたことがあるけど」と渚。
「そう。だけどセックスって一体何をするのか、渚は知ってる?」
「よくは知らない。男の人と裸で抱き合ってキスとかするんじゃないの?」
「それだけじゃないらしいのよ」
「何するの?」佐久間渚は興味津々という態度を隠そうともしなかった。
「それが、……あたし、びっくりしちゃって」
「何で?」と渚。
「昨日、たまたま森田先輩と杉浦書店で会っちゃって、それで教えてくれたんだけど……」
 え、森田山崎って、あの森田桃子のこと? いつもヤボったい服しか着ていなかった、あのブス? 上総高校に進学して夏休み直前で中退してから、あちこちバイトを転々としているって聞いたけど。そんな女が……。
「それで」渚が先を促す。
「それがさ、あたし達のOOOに男の人の……」山田道子は声を落として言った。
「え、……そ、それってどういうこと?」
「わからない? つまりね、家のコンセントに掃除機のプラグを差し込むみたいな感じよ」道子の口調には、こんなこと何度も言わせないでという響きがあった。しかし例えは分かりやすかった。
「うそっ。そ、……それって痛そう」渚が驚きの声を上げる。
 香月は顔から一気に血の気が引く。もう少しで、ギャーッ、死んじゃう、と大声で叫ぶところだった。しかし心のどこかで合点がいく。だから、あんなふうに形が違っていたんだ、きっと。ずっと不思議に思っていた。だ、だけど……。
 小学二年生になるまで香月にとって、男の人にはシッポがついているという認識でしかなかった。幼い時にカブトムシのオスとメスを飼っていて、男女の体に違いがあることは知っていた。男はシッポでオシッコするんだと思った。その間違い正してくれたのが、当時は仲良しだった手塚奈々だ。
 「そうよ。それに森田先輩の話だと、あれは大きく硬くなるらしいの」
「マジ? それって」
「そう、あたしも最初は信じられなかった。だけど森田先輩は中学一年で初体験してるんだって」
「え、初体験って、……つまり生まれて初めてセックスするっていうこと?」と渚。香月が知りたいことを代わりに訊いてくれるので助かる。
「うん」
「それって、ちょっと早すぎない?」
「と思う。でも、あの森田先輩のことだから……」
 そうだ、有り得る話だ。彼女なら万引きで警察に捕まろうが、放火で捕まろうが、親殺しで捕まろうが別に大して驚きもしない。そういう女だった。
 山田道子は佐久間渚に向って得意げに話し続けた。いつもは二人からファッションとか勉強について教えを請う立場だが、この日は違う。
 それでさ、男の人って何か変な白い液体を飛ばすらしいのよ、と道子が付け加えた。ふん、まっさか。昆虫じゃあるまいし。香月は信じなかった。それは嘘だろう。道子ったら調子に乗っていい加減なことを言い始めてる。
 「香月も知ってたの?」いきなり渚が振り向いて訊いてきた。
「え?」
「道子が言ったことよ。ねえ、香月も知ってたの?」
「う、うん。……そりゃね」こう言うしか選択肢はない。知らなかったとは、この二人に向って口が裂けても言えるものか。
「何で教えてくれなかったのよ」
「だって、もう知っていると思ってたから」
「知らなかったわよ。もう、びっくり」
「ごめん」そう言いながら香月の両脚はスカートの下でガグカクと震えていた。
 信じられない。そんな野蛮で変態な行為から子供が作られるなんて。む、……無理、絶対に無理よ。あんなモノが自分の大切なところに入ってくるなんて。そんなことしたら、あたしが裂けて死んじゃうもの。それに道子の話だと、もっと大きくて硬くなるらしい。だったら尚更ムリに決まっているじゃないの。もっと小さくなるんだったら、それは分かるけど……。
 家に帰っても、ずっとその事を考え続けた。夕飯は大好きなスパゲティ・ナポリタンだったけど、ゴムひもを食べている感じしかしなかった。フォークにパスタを絡めながら、このぐらいの太さだったら何とかなりそうだけどと考えた。
 無理、無理、無理、無理。あたしは母親になれない。セックスなんて絶対に怖くて出来ません。それが結論だった。
 以来、山田道子を見る五十嵐香月の目には、この女によって自分は家庭を持てない女だと分かったんだという思いがあった。それは中学二年になるまでの三年間ずっと続く。

 「道子、今日は黒川くんと仲良さそうに話してたじゃない」と佐久間渚。お喋りは昨日に続いて転校生の話から始まった。
「え、そんなことないよ。ただ宿題のことで向こうから訊いてきただけだもん」
「すっごく楽しそうだったわよ」
「もう、やだ。よしてよ、渚」
「あはっ。赤くなってる、道子ったら」
「からかうからでしょう」
 山田道子が転校生の黒川拓磨に好意を持っているのは三人の間では秘密ではなかった。しかし香月のような美しさ、渚のような可愛さを持たない道子は恋愛に対して積極的になれない。「だったら、渚はどうなのよ。佐野くんとは上手く行ってるの? 最近は交換日記やってないみたいだけど」と道子の反撃。
「……、変わりないよ」
「あれ、声が小さい」香月が鋭く突く。
「そうだよ。渚、どうかしたの?」
「大丈夫です。上手く行っています。心配しないで」今度は声が大き過ぎた。何か変、と二人が気づく。
「渚、話しなよ。何かあったんだろう?」
「何でもないったら。本当に大丈夫なんだから」
「もしかして、また下着泥棒?」
「ううん。最近はないよ」
 佐久間渚は中学二年の夏休みごろから、何度か干してあった下着を盗まれる被害に遭っていた。母親のサイズが大きい方はそのままで、渚の可愛い絵がプリントしてあるブラジャーとパンティだけがなくなった。お揃いで三人が買った赤いチューリップ柄の下着は難を逃れているが、香月と道子から絶対に盗られないようにと注意を受けていた。
「じゃあ、何よ」
「何でもないったら」
「本当?」
「うん」
「じゃあ、いいよ」話したくないらしい。今日は聞き出すのは無理みたい。
「ところで、まだ電話してくる?」渚が香月に話しを振った。
「あいつ?」
「うん」
「してくるよ。しつこいったらありゃしない」
「なんて?」
「富津中との試合を見に来ないか、だってさ」
「来月だっけ? やるらしいね。香月は何て答えたの?」
「決まってんでしょう。サッカーの試合なんか見に行くもんか。くっだらない」
「じゃあ、断ったの?」
「もちろんよ。もう電話してこないで、って言ってやったわ」
「よく言える、そんな酷いこと。香月らしいけど」
「どうして?」
「だって板垣くんにはルもりたルピタで散々、服とか買わせたじゃない」
「違う、違うよ。あれは板垣の奴が勝手に買ったの。あたしは貰ってやっただけ。でもセンスがなくて気に入らないのばっかりなんだから」
「あれ? この前だけどブルーの水玉模様のワンピースを着ていたじゃないの。すっごく似合っていたよ」
「ああ、あれ? ……うん、あれだけだね。あたしが着られるっていうのは。でもさ、もう板垣順平の名前は聞きたくないの。あいつの話しを持ち出さないでほしい、お願い。あの時はワールド・カップ熱に浮かれちゃって、ちょっと付き合っただけなのよ。ジャマイカ戦で日本代表が負けて目が覚めたわ」
「わかった。もうしない」と渚。「あ、さようなら。秋山くん」
 三人の前を同じクラスの男子、秋山聡史が通り過ぎていく。佐久間渚の言葉に軽く会釈を返す。が、五十嵐香月と山田道子の二人には目もくれない。男子にしては小柄で学生服とカバンが大き過ぎるという印象が強かった。
 「あんな奴に何で挨拶するのよ? 渚は」秋山聡史が十分に遠ざかってから、意外という感じ香月が訊く。
「いい子だよ、秋山くん」
「そうかしら? なんだか陰気で気持ち悪いけど」と道子。
「無口で大人しいから、そう見られちゃうかも」
「あたし、あの子が笑ったところ見たことない」香月が言う。
「あたしも」
「去年だけど、乗っていた自転車がパンクして困っていたのを助けてくれたことがあるんだ」と、渚。
「へえ」
「どうやって?」
「その場で秋山くんが修理してくれたの」
「え。あの子が近くにいたの?」
「そう。たまたま通り掛かったみたい」
「ラッキーだったじゃないの、渚」
「うん」
「そんな技術を持っているんだ、あの子」
「すぐに簡単そうに直してくれたよ」
「ちょっと驚き」
「じゃあ、挨拶するのは当然かもね」
「で、しょう」二人を納得させたことに気を良くした佐久間渚は、別の話題を持ち出した。「ところでさ、今日の体育の授業で転校生の黒川くんが凄いシュートを決めたらしいよ」
「ヘッディング・シュートでしょう? あたしも聞いた」と道子が即座に応える。
「またサッカーの話? もう聞きたくない」と五十嵐香月。
「大丈夫だよ。あいつの話はしないから」
「頼むよ」
「ちょっと、いい? あたし、香月に訊きたいんだけど」山田道子が真面目な口調で言う。
「何よ?」
「香月は黒川くんのこと、どう思っているの?」
「どういう意味?」
「どういう意味って、つまり好みのタイプかなって訊いているんじゃないの。とぼけないで」
「ふっ、よしてよ。全然タイプなんかじゃないわ」そう言うと山田道子の顔が嬉しそうに微笑んだ。
「本当?」
「うん」当然と言えば当然だが、山田道子が香月の気持ちを尊重するところは好ましい。
「よかったね」と、佐久間渚。五十嵐香月が仲良くなりたいと思う男子には近づけないという暗黙の了解が出来ていた。
「うん」山田道子が大きく頷く。
「ねえ、だったら黒川くんに手紙を出してみたら?」
「ええっ」驚く山田道子。「……そんなこと」
「そうだ。いい考えじゃない」と、香月が続く。
「無理だよ、絶対に」
「大丈夫だと思う、今日の雰囲気なら」と、佐久間渚。
「え、……いいよ」
「でも仲良くなりたいんでしょう?」
「そりゃあ、……まあ」
「だったら行動を起こさなきゃダメよ」香月が畳み掛ける。
「何て書けばいいのか分からないもん」
「友達になって下さい、でいいのよ」
「え、だって、もう友達みたいなもんだよ」
「バカねえ、道子。わざわざ手紙で出すことに意味があるんじゃないの。親しい仲になりたいっていう意思が伝わるのよ」香月のアドバイスが続く。
「……でも」
「でも、何よ?」
「あたしなんか相手にしてくれないと思う」
「行動を起こさなきゃ分からないじゃないの。そんな消極的な態度じゃダメよ。ダメで元々っていう感じで手紙を渡せばいいの」
「香月の言う通りだわ。道子、あたしが代わりに手紙を渡してあげてもいいよ」と渚。
「……」
「ついでに渚に返事も聞いてもらえばいいじゃない」
「……」
「どうする、道子」
「本当に?」
「うん。道子のためならやってあげる」
「ああ、ダメ。自信ない」
「仲良くなりたくないの?」
「なりたいけど……。もし拒否された耐えられそうもない」
「じゃあ、このままでいいの?」
「……わからない」
「あの黒川くんが酷い言葉で女の子を失望させるような事を言うとは思えないけど」と、渚。
「そうね。なかなか彼は優しそうだよ」香月が続ける。
「わかった。待って。家に帰って考えさせて、お願い」
「いいよ、そうしな。一人になって、試しに手紙を書いてみるといい。いい文が書けるかもしれないじゃない」
「ありがとう。そうする」
「ところで、……あたし、そろそろ帰らないと」渚が言う。
「え」と、道子。
「どうして?」渚が続く。二人とも驚きを隠さない。いつもより三十分ぐらい早かった。
「ごめん。親が家庭教師を雇ったのよ。今日が初日で、早く帰って色々と準備しないと」
「男の人? 大学生?」
「そうみたい」
「へえ。だったらイケメンだといいね」
「期待はしていないわ」
「わかった。じゃ、また明日ね」
「うん。バーイ」


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