小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:青春ネバーモア 作者:にゃんくるないさー

最終回 3


   (3)また逢う時まで

「「鬼ごっこ?」」
 片や。聞いたことのない単語に。
 片や。予想にない提案に対して。
 リドルもアキも、異口同音にくりかえした。
 状況が状況だけに、選んだ内容に激怒する者がいてもおかしくない場面だが、この会話にそういうタイプの人物は参加していなかったようだ。
「古くから日本にある遊びだ。捕まえようとする鬼と、鬼から逃げる奴の二つの役から成りたつ、すっげぇシンプルなルールの」
 事細かく説明をしながら、登志郎はなんだか、妙な感覚になる。
 原因はおそらく、鬼ごっこという遊びに慣れすぎているせいだ。
 ポピュラーすぎて、誰かに鬼ごっこを説いたことなど、自分には一度もない。
 将来。子供のひとりでも生まれようものなら、こうした機会も、順当に巡ってきたのだろうけれど、人生初の稀な経験をこんなところですることになるとは、アキと再会した時には、露ほどにも思っていなかった。
「だいたい理解した。オレに鬼をやれというんだな?」
「そう。でもな、今回のヤツはもうちょっとルールを改変したいんだ。そこで、俺たちに二分。話し合いの時間をくれよ」
 こちらからの頼み事に、リドルは手にしているスナークへと、右目を向ける。
 承諾するかどうか。わざわざ武器を相手に伺いをたてようとしているらしい。
 そこまでやるとなると、もう性格がまっすぐだとかそういう問題では……
 グァカッ! ガヵカッ!!
「う!?」
 視線を受けとるスナーク。その肉食恐竜の頭骨のような部分が、上顎と下顎をかち鳴らして、耳障りな異音を会場に響かせはじめる。
 刀身を削りかねない激しさに、登志郎はたじろぎ、やや上体をのけぞらせた。
 こちらはまるで想定していなかった動作であるが、使い手にはスナークのこのような様子などは見知ったものであるらしく、一言も発さずに首肯するのみだ。
 念のため、アキへも確認をこころみるも、彼女もおどろいた顔はしていない。
 アキはおちつきなく、瞳を何度も、こちらとリドルの中間で移ろわせている。
 いささかばかり疎外感をひきずりつつ、この会場の空気に染まりきれていない自分のうとさに、意外と常識的な人間なんだなと安心感をおぼえもした。
 また。それと同時に、もっと気を張らねばと、戒めの気持ちがわいた。
 映画やドラマみたいな現実みのないことと受けとっていたら、これからリドル相手に目的を果たすことが、きわめてむずかしくなるだろう。
 実直さと虚心をかねそなえているリドルに、武術の心得が一切ないこちらは、一瞬たりとも油断することが許されない。
 アキを救うという結果を得るためには、感覚をいっそう研ぎ澄ませるべきだ。
「オレもスナークも異存はない。二分間、待ってやろう」
「ありがとさん。一、二秒遅れても言いっこなしだぜ?」
 魂をやどして生きている。そう納得するしかなさそうなスナークとの意思疎通を終えたリドルの声を耳に、登志郎はアキの左肩へ手の甲をかるく打ちつける。
「ちょっと距離とるぞ。作戦会議だ」
 息をつめていた彼女は、びくっと、からだを震わせた。
 打たれた左肩に視線を向けてから、不安げな面もちで、こちらを見つめる。
 そうした姿を眼におさめることで、いちだんと、守りたい思いが高まった。
 なんとしても、薩摩アキの存在をここで終わらせるわけにはいかない。
 自分のなかで特別な位置にある者を、目の前で奪われるなんていやだ。
 それも、明確に自己主張をした、高潔な勇敢さ。
 あんなものを胸裏にきざまれては、なおさらに。
「とっ。トウシロウ。どこまで行く気?」
「会場をできるだけ把握したいんだ。使える物があるかもしれないしな」
「使える物? 鬼ごっこをするつもりなんでしょ?」
 アキの声音は混乱がふくまれて聞こえた。
 動かしていた両足を止めて、彼女へと向きなおる。
 表情にうかんでいる不安がより色濃くなっていた。
 おりまぜられた感情の複雑さは、推して知るべし≠ニいうものだ。
 登志郎などより、アキのほうがよほど、心のアンテナの立ちがいい。
 心中の混濁ぐあいが、とほうもないことになっているのは予想できる。
 であるからこそ、作戦会議は必要不可欠。
 今はちんけなプライドにこだわっている場合ではない。
 生きるか死ぬかという時、個の面子なんかは度外視だ。
 危機察知の能力があるためなのか。取捨選択は早くまとまった。
「アキ。俺たち以外の連中が硬直したのは、あの時計のせいなんだよな?」
「えっ。ええ。リドルの懐中時計の力。私は、以前にもあれを見てるから」
「そして、なぜかおまえは、あの時計の効果を受けない」
「そう。私が、ほかのみんなとは違うから……」
 アキは胸もとに両手をやり、視線をさがらせる。
 ここで言う『違う』とは、霊能力の有無だろう。
 おそらく、アキが狙われていることも、そこに関連していると推察する。
「…………あっ! さっきのも、時計の効果をなくすためで、別にだから――」
「わかってるっつぅの。かえって妙な感じになんだろ。そんなにたじろぐなよ」
 ついさきほどの抱きつきへの弁解を伝えきらなくてはと、彼女は焦りだす。
 平静をよそおい、言葉をかえしながら、登志郎はかすかに心が苦くなった。
 意識の上で、あらためて、やわらかな感触と異性特有の匂いがよみがえる。
 それほど長いことじゃなかったのに、鮮明な体感記憶が瞬時に集められた。
 ある意味において、これは優秀な点だと言えるかもしれない。
 だが、こんなときに思考領域を割くようなことではないはずだ。
 プライドをはずせたかと思えば、今度は異性の肢体に酔い惑う。
 褒められた理由ではなく、己自身を男だと知ることは頭が痛い。
 もっとも――、
「アレもふくめて、俺のモチベーションになってんだ。おまえを消させたりは、なにがあろうがさせない」
「モチベーション……?」
「俺のなかでのな。特に火を点けられたのは、アキがリドルに声をあげた時だ」
 アキに再会してから、これまでのやりとりのすべて。
 そのなかでも、ひときわ衝撃を受けた、あの勇敢さ。
『逃げてなんかいない』と、揺るぎなく告げきった彼女に、胸が気炎をおびた。
 どうしようもなく自己中心的な尺度だけれど、だからこそ背負った縛り≠迂回することはできない。
(アキがあれほどの気概を放ったんだ。俺も尻込みしてられるかよ)
 そもそもにおいて、不明瞭な思いではある。
 されども、いち社会人となるまで、絶えず内側にかかえ続けてきたものだ。
 もはや、アキに頼りにされたいという気持ちは、かえがたい登志郎の一部。
「あんな小生意気なところがあるとは知らなかったが、おかげで、うまく理由を上書きすることができた」
「小生意気って……私はふつうに言いたいことを言っただけで――トウシロウ、いまいち話が見えてこないんだけど?」
「早い話が、俺はもう、アキのああだこうだに付き合っちゃいねぇってことだ」
 言い聞かせられたことに、アキは一時、顔色をくもらせた。
 しかし、そこは理性的な彼女のこと。すぐ頭をはたらかせ、
「それは、あなたのなかでリドルとぶつかる理由が上書きされたから?」
 と、うまく思考を読みとってくれた。
 登志郎はうなずきかえし、意図的に目もとをやわらげようとする。
 あの写真を例にとると、どこまで人あたりがよくなっているか、自信はない。
 それでも最悪のケースを予想した場合。彼女にすこしでも、いい人間だったと想われていたくて、ぎこちなく笑みをかざった。
「俺はおまえに負けんのはごめんなんだよ。だから俺も、リドルと真っ向からの勝負をする」
 口にしてみた言葉は、自分でもおどろくほどに幼稚だった。
 利己的であり打算的。本心と重なり合っているが、逆視からの異見。
 これくらいが自分らしいと、みずからのアイロニーに唇がほころぶ。
「……私はトウシロウのこういう面を、憧れからヒーローって呼んでるんだよ」
 不安と危機にさいなまれていたアキの表情が、やにわに、すぅっとほぐれた。
 どうして彼女の精神面がなだらかになったのか。語られた理由は意外なもの。
「あなたは、私を変に女性あつかいすることなく、対等に接してくれるでしょ? いつも同じ態度で、無条件に信じてくれて」
「んだよ、そりゃ。それが資格なら世の中はヒーローであふれかえってるだろ」
「ほら、また。ちっとも通じていないんだから」
「わかってねぇのはアキのほうだろ、たぁくっ」
 アキにそんな気がないのは知っていても、からかわれたような気分になって、武器に使えそうな物の検索を出店屋台のなかから急がせる。
 近くのお好み焼き店より、無造作に掴み取れた物は、調理に用いる金属ヘラ。
 攻守どちらにも役だち、さほど重量がなく、左右の手でふりまわしやすい形。
「悪くないか。使えそうだ――アキ、時間がない、作戦概要をざっと話すぜ?」
 短刀みたく右に順手。左に逆手。世にもおかしな護身の備えをととのえる。
 そして。おそらくは弛緩した空気によるものだろう。
 登志郎に応じるアキの笑顔は、本日一番のまばゆさをたたえていた。
「うん! ――じゃなくて、ええ!」

 ひっそりと日が沈み。夕暮れが深まりだした、夏祭りの会場。
 建てられた櫓(やぐら)の上部につながれた提灯の明光に、動く人影はない。
 通常だったなら最高潮にもりあがっている時刻だが、あたりにこだましているのは、奇怪なグァカッ! という異音だけだ。
 電柱に正面から身をあずけるリドル。その手に握られたスナークの頭骨部が、カウントダウンを進めるたび、歯牙を刀身へとリズミカルにかち合わせている。
(あんなまねをしても無事ってことは、防戦一方になればキツイな)
 視野にとらえられる程度、敵から離れつつ、手にする武器の強度を確認する。
 勢いよく、それぞれの切っ先を打ちつければ、かたわらのアキが声をあげた。
 なぜなのかと目線を合流させると、金属ヘラに描かれたキャラ絵に気がつく。
 コック帽とフライパンを持った、どこかでみかけたようなアヒルのキャラ絵。しかも、絵の付近には、あきらかにもじりだとしか思えない、ドナルド・クックという名前が筆記体で記載されている。
 登志郎は、これに苦笑いをうかべた。
 再度アキへと目をくばってみたら、彼女はこちらの渋い顔に、口をおさえる。
 すっかり覚悟が固められているようで、アキの切り替えには感心をおぼえた。
 ただし、気が大きくなりすぎるのも考えもの。
「アキ。セッティングは?」
「だいじょうぶ。みんな、助けてくれるみたい」
 右手に構えているレノーアを覗きこみ、アキは声をつらならせる。
 凹みが生じてフィット感の増したカメラが映し出したのは、三人の幽霊たち。
 数こそは少ないが、ユニット名義をあたえるとしたら、名づけて匿名義勇軍。
 急遽ながら彼女が結成した、心強き盾である。
 ――薩摩アキがリドルの追跡から逃れられたのはどうしてか?
 言うまでもないことだが、それは旅の仲間たちがいたからだ。
 この仲間たちは自由度が高く、活動の範囲にしても幅が広い。
 団体だろうと人目につかず、情報収集がうまく、制限をうける所属すらない。
 また、移動手段に事欠かないばかりか、ありとあらゆる痕跡さえ残しえない。
 さすがのリドルとて、いくら誠実に行方を探ったところで、手をやくわけだ。
 むしろ。国と地域を特定し此処までやってきたことは、リドルの非凡さの証明であり、恐るべき有能さの裏づけになっている。
「私たちより、危険が大きいのはトウシロウだけど……やる気なんだよね?」
「やる気もやる気。大やる気ってな。的は定まってんだ、狙いもハマんだろ」
 これから始まる鬼ごっこ。
 三人それぞれの役まわりは、こうだ。
 第一に、鬼となって大剣スナークと追跡を続行するリドル。
 第二に、夏祭りの会場から脱出して逃げきろうとするアキ。
 第三に、アキがのがれられるようリドルを妨害する登志郎。
 実際に開始するまでスナークは百までかぞえ、こちら側にとことん準備時間をもうけてくれている。
 ずっと鳴りつづけている、グァカッ! という音は、これによるものなのだ。
 眺めていたところ、これをリドルに進言したのはスナークからだったらしい。
 こちらのことを思いやったのか。もしくは嘗めきっているのか。
 相手側からの思惑がどうであれ、ありがたいものはありがたい。
「あの時計を壊して、祭りの参加者を元にもどす。それで騒ぎにケリをつける」
「騒ぎって表現すると、おかしな感じ。日本語の妙ね」
「そういうのいいぜ、今は。頭のなかがこんがらがる」
 ふたりの勝利条件は、リドルが黒コートにしまった、例の懐中時計の破壊。
 リドルが名乗った〈法復者〉という職種は、特務機関に相当する組織体系にて成り立っているようで、公にできない立場にあるらしい。
 だから特殊な道具で、任務内容の漏洩を防ごうとした。
 多くの人に目撃されることになれば、彼は身動きがとれなくなる=B
 ちょうど、参加者とたがいちがいな逆転現象が起こる、といったすんぽうだ。
(対決≠フ予行演習にゃ、おあつらえ向きか。挑む心意気をつかんでやる)
 アキから悟られまいと注意しつつ、登志郎はもうひとつの問題へ気をくばる。
 中学時代より現在にいたるまで、親交が根深くつながれる関香奈枝のことだ。
 香奈枝を中心にふくらんでいる、ひとかたまりの難問に対決≠キる精神体力をやしなうことも、リドルと勝負するモチベーションの一翼であった。
(アキのように立ち向かうんだ。状況なんぞに流されてたまるかよっ!)

 グァカッ! グヵヵカァッ!
 こだまする異音が、だんだんと、キレの抑えられたものに変わっていく。
 かぞえられた数字は、すでに九十の大台にのっていた。
 攻防をまえに、あえて調子をゆるめ、心身を制御していると見た。
 リドルもスナークも、沈静なる気勢を基本形としているのだろう。
「!」
 よどみない風情を定着させかけた彼らに、上方から影がかぶせられた。
 これを感知するやいなや、地面を向いていた剣先が湖上を跳ねる魚類のごとく振り上げられ、鋭利なる閃きを放つ。
 じゅうぶんすぎる手応えとともに、強襲をかけた登志郎の肉体が空を飛んだ。
 したたかに背中から道路に落下した衝撃のふかさは、成人男性であろうと音をあげたくなるほどのものだった。
 痛みと痺れをおぼえながらも、すぐ体勢を立てなおし、ヘラを相手に向ける。
「推量を誤ったか。平野登志郎、おまえは卑怯な手は使わないと読んでいたが」
「なりふりをかまってる場合じゃないんでな。あんた、隠し球ありそうだしよ」
 牽制に金属ヘラの切っ先を向けていると、リドルはスナークをかかげたまま、
「それは無駄な警戒だ。此処に到着するまで、オレもかなり消耗している」
 と、空いている左手を見つめ、淡泊に内情をこぼした。
「この消耗には、少なからず薩摩アキの影響がある。薩摩アキが持つ破核のな」
「あん? ハカク……?」
 問いかけをなげつつ、ゆっくりとした足はこびで、登志郎は間合いをつめる。
 リドルも、再度スナークの剣先を地面に向け、鏡写しのように近づいてくる。
「任務対象が体得している霊能力は、個人の努力による開花ではなく、先天的なものだということだ。薩摩アキはあるべき現世(うつしよ)の法から零れ落ちた存在にあたる」
 語られはじめた説明に、登志郎は眉をひそめて立ち止まった。
 なお、リドルはかまわず、じりじりと足を進め、前に出てくる。
「例えるのであれば、製造過程で破損が生じた機器のエラー。薩摩アキの能力の不安定さは、それ自体がエラーであることに起因している」
 霊障(れいしょう)と言えばわかるか? と、彼は舌をまわしつづけた。
「安定性を欠く霊能は、それだけで他者への不利益であり損害だ。霊能によって引き起こされる障害は、放置すれば被害を拡大させ、世界規模に影響を及ぼす」
 右手全体と上腕部をつかってスナークを構え、先端にてこちらを指すリドル。
 彼の眼光をあび、なにを大仰なと口をはさむことは、登志郎には不能だった。
 不心得な霊能者のために、悪意をもった霊に干渉され、ケガや病気なんかに悩まされている人々の話は、まことしやかにささやかれている。
 リドルはそうした原因を調べ、手ずから破棄しているということなのだろう。
 現世の法なんて聞かされると、あまりのスケールの広がりにとり残されそうになるが、どうにか自分のうちで発言内容を咀嚼する。
「それを消すのが〈法復者〉。あんたの仕事ってわけか……でも――でもよっ!」
 左右の金属ヘラを握った手により力を込めて、登志郎は勢いまかせに走った。
 急停止からすべり込む両足を無視し、右腕と左腕で同時進行に突きを見まう。
 リドルは横向きにかかげていた刃を縦方向に構えなおし、胸部に引かせるようにして防御した。
 次いで、大剣の背面にあたる峰に左手を添え当て、突きをはじき返す。
「があっ!」
 無防備になった登志郎へと、リドルは右脚を軸に、時計回りに身をひねった。
 動きにともなわれるかたちで、刀身が横なぎの軌道にて、胴体を狙ってくる。
 リンボーダンスさながら肉体を反らし、難を逃れた登志郎は、左腕をのばす。
「そちら側の失敗に、なんでアキが割をくう必要があるってんだ!」
 逆手のヘラが。からだを起こすことに並行してのびる左腕から、一途に迫る。
 たまらず瞠目したリドルは、うしろに跳躍することで、のどぶえを死守した。
 それは初めて相手に焦燥を視ただけにとどまらず、勝利に近づく眺望だった。
 退いた相手が着用する黒コート。その黒コートが跳躍の動作にあおられた今。こちらから見て左裾のみ、たなびく揺れがちいさかった。
 裾の揺れかたに差がでたのは、左にだけ余分な重量がかかっているからだ。
「うらぁっ!」
 離れていくリドルの肩に向け、力いっぱい順手のヘラを振りきった。
 聞きとるのにじゅうぶんな音をたて、先端がコートを裂き、手傷をもたらす。
 両足が地を踏みつけることに遅れ、彼は負傷をかばうように手指をあてがう。
 傷から瞳を動かし、そのまま、にごりのない疑問の相をうかべる。
「予想よりは、ずっと手ごわいな。戦闘意欲も上昇している」
 そのことが奇怪でしかたない。そういう心情をにじませ、リドルは空いている手でこちらを指差した。
「平野登志郎。おまえの力の源はなんだ?」
「なんだよ、藪から棒に。面接すんのか?」
「ちがう。だが、おまえにも関心がわいた。おまえが薩摩アキを守る理由にだ」
 興味本位だけで尋ねているわけではなさそうだった。
 リドルは本当に何かを量るみたく、真剣に質問する。
「おまえたちは将来を誓った仲でもないのだろう。庇い立つ義理がどこにある」
「――おっしゃるとおりだ。アキとはただの知人。言うように思われてる相手は別に居て、お袋からは、結婚話までにおわされてる始末だよ」
 今しがたの一撃でくずれた構えを正し、登志郎は言葉を放ちつづける。
「情けないことだけどな。笑えるほど、俺とアキはなんにもねぇ。いいや……、なんもねぇのは俺だけだ。俺の心に、ちゃんとアキを思いやれる隙があったら」
 あの頃。距離をおいたアキを追わなかったのは、気遣いのつもりだった。
 アキの胸を痛めないために、心を苦しめないために、やった行為だった。
 だが、それは純粋にアキのことを助けたかったからだと。当人を眼前にして、臆面なく口にできる真意だろうか。
 じつのところは、自分自身と彼女とのあいだに出来上がった溝に、真っ向から直面するだけの勇気がなかっただけではないか。
「俺はあの時、あいつを助けられる立場だった。これはその分のツケだ。清算をせまられたら、完済への努力をするもんだろ」
「それだけの理由で、オレと戦うことを決めた。平野登志郎、おまえは……」
 リドルは聞きおえた事柄を受け、言をかえそうとしたが、しりすぼみとなる。
 そうしたあとで、これまでのなかでも、ひときわおおきく、かぶりを振った。
 助言か憐憫。どちらとも判別つけられない声音がほどかれ、リドルがおこなうしぐさは、まとっていた黒コートを脱ぎすてることだった。
 大剣スナークを地に突き立て。左裾の懐中時計を掴み。黒コートを歌舞伎役者であるかのように振りみだす。
「――ツケだと言うならば、本人がいる場所で返すべきだ。そうじゃないか?」
 弧を描かせた黒コートを、彼は自身の前方にて、相手がいるみたいに下げる。
「……!?」
 続けざま、黒コートの内部に紫電がまたたき、中からアキの姿が飛び出した。
 祭り会場の出口に走っているはずのアキが、事もなく呼び戻されたかたちだ。
 彼女も状況を理解したのだろう。当惑の色が顔じゅうをそめている。
 黒コートを取り払うリドルは、ふたりのとまどいを無視したうえ、すべらかに大剣スナークの持ち手に指を絡みつかせる。
 されど、リドルが瞳に映しているのはアキではない。
 これは挑発だ。ほかの誰でもない。平野登志郎ひとりのための。
「アキっ! 身をかがめろっ!」
 思考を超えた指示を、無我夢中で彼女へ叫ぶ。
 そばまで駆けよって、両者に割ってはいっている猶予なんてない。
 直感的にこれを悟った全身が、自然となじみある投球フォームをとっていた。
 左脚を腹部の近くまであげて、わずかに身をしぼり、右腕を高く振りかぶる。
 空間を裂くほどのイメージをのせ、金属ヘラを標的にめがけて投擲せしめる。
 狙いはひとつ。リドルが持つ懐中時計。
「――……」
 グァッカァッ! グァカカァアッ!!
 異音をこだまさせるのは、もう聞き慣れたスナークの頭骨部。
 対照的なことに、大剣を握る〈法復者〉は静寂なる風情にある。
 いまだ登志郎を見つめる瞳が、ゆっくり、方向をそらしていく。
 ぽたり。ぽたりと。異音の合間をぬって、したたり落ちる水音。
「ゲーム・セット――と、いったところだな」
 懐中時計を貫き、手のひらにくい込んだ金属ヘラ。
 出血をうながしているヘラを引き抜かず、リドルは、懐中時計を握り砕いた。
 はじまりにほとばしった閃光がまた疾走し、いっとき会場をまばゆくさせる。
 閃光が駆けぬけきるあいだ。三人とスナークは無言となった。
 ひろがる光がはじけ飛ぶと、会場のみんなが活動を再開する。
 人々のにぎわいにつられるように、アキはそそくさと駆け足になる。
 登志郎のほうも、アキの心身をいたわろうと、足を交わした。
 彼女を素人目で診断するかたわら、頭のなかがぼうっとなる。
(この唐突に感じる勝敗の着きかた。胸にある違和感は、おそらく……)
 リドルを見ると、相手はどことなく忍者じみた軽装となった状態の左手。
 切り傷のある手を隠すべく、黒コートを腕部を中心に折りたたんでいた。
 気づけば、あれだけうるさかったスナークも、いつの間にかいない。
「オレの負けに決した。無駄口は利かず、退散しよう」
 見つめるこちらへ、いやに素直に敗北を承服する。
 登志郎はリドルの様子に言葉もなかった。話しかけ、確認したいことがあったけれど、彼の帯びる気配にやどされたものが、尋ねるだけ無粋だと告げていた。
 なにより夜風に後押しされて去る背が、満たされていると報せてくれている。
「彼はもう、現れない気がする……気がしない?」
「おなじく俺もそう思う。騙すような奴じゃねぇだろうし。つぅ・こと・は、」
 どっと緊張が解ける。力んでいた身体が、へなへなと地にすい寄せられた。
「とっ。トウシロウっ。しっかり。立てる?」
「小休止ってヤツだ。対決≠ェあるからな」
 いったん休まなきゃやってられない。と、アキに笑みをつくる。
 胸裏の気炎はなお赤々と燃えている。彼女のおかげで陰りなく。
「ありがとな。おまえの――アキの助けがあって、俺は前に進める」
「私があなたを……助けた?」
 意味をはかれなかったのだろう。不思議そうな顔をして彼女は言う。
 眼に映りこむ彼女の全容が、最上級に、精神面をなごませてくれた。
「ヒーローが此処にいるとしたら、それは俺じゃなくてアキだってことさ」
 女性なのでヒーローではなく正確にはヒロインか。
 登志郎は内心、そんなふうにこぼしつつ、立ち上がって両腕を空へ伸ばした。
 騒ぎは終息したのだと。決着から数十秒をしのび、充足感がふきだしてくる。
 ぬすまれた時間を埋めるかのごとく、夏祭りが慌ただしく息を吹きかえす。
「トウシロウのことは、私は一生かけてもわからないかも」
「ぬかせよ。おまえも、そうとうミステリアスだっつぅの」
 ふたりは憎まれ口を贈りあい、どちらが先というわけではなく、ほほえんだ。
 今度の笑顔にぎこちのなさはかけらもない。それだけは、強い確信があった。


← 前の回  ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 368