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作品名:青春ネバーモア 作者:にゃんくるないさー

第2回 2


   (2)フレーム・イン

 言葉での埋め合わせができない場合。物品でその分を解消しようとするのは、ひとつのあるある、ありがちな一幕だ。
「お芋とは縁があるから、じゃがバターがいい」
 近くにある出店のいくつかに両目を移ろわせたあと、アキは品目を決めた。
 ジョガーパンツから財布を取り出して、うなずきながら登志郎は返答する。
「オーダー了解。買ってくるのも俺がやる。アキは写真を撮ったりしてろよ」
「いいの?」
「さっきので時間無駄にしただろ? 楽しいほうに割けって」
 口をはたらかせつつ、道通りの出店をざっと確認する。
 ヤンキーが好みそうな、派手さのあるフォントが使用された見出しが立ち並ぶなかで、ほかにもアキが好みそうなものを探すためだ。
 物量が増せば機嫌がなおる。なんて単純な話ではないだろうが、とりあえず、反省していることを目に見えるかたちで示したい。
「でも。もし、はぐれたりしたら?」
「そりゃ、さじ加減だろ。はぐれないようにアキが……ああ、そうか」
 しゃべることに並行して思考をおよばせ、登志郎は財布をもてあそんだ。
 別行動しているあいだに、『追手』がアキをかどわかすこともありうる。
 自分がアキを見失うことなどはないにしても、対処できるかは疑問だ。
 なにせ、注意するにも登志郎は『追手』の姿も身なりも知らないのだ。
「なにかあったら、大声だして呼んでくれ。そしたら駆けつける」
「そういうのは苦手だな」
「苦手でもやるんだよ。手本みしてやろうか?」
「そんなことしたら、先にトウシロウが不審者として捕まるでしょ」
 おちついた口調で、アキはごもっともな正論を声に出す。
 そして。右手に握るデジタルカメラを構え、フラッシュ。
「!?」
「危なそうになった時。こうして思いっきり眩しくする、っていうのはどう?」
「……やり方はまかせる。なんでもいいけど、俺が動けるように合図すんだぞ」
 急に両目を刺すような光に襲われたため、顔を相手からそむけさせた状態で、助けをよこすことに念を押す。
 かるく首を振ってから、アキのそばを離れて、息をついた。
 心の内がゆるやかになっていくのが、感覚的にわかる。
 カチコチになっていた全身の筋がほぐれたかのようだ。
(アキの前では、なるべく、おかしなことはしたくない)
 という、そんな自己的な縛り≠ェ、中学の頃から登志郎には根づいていた。
 できるかぎり、薩摩アキと接するときには頼りがいのある姿でありたい。
 わかりやすく言えば、カッコをつけて対応したいという気持ちがあった。
 表現法として、登志郎のなかではこれ以上の言い表しかたは存在せず、もっと具体的に述べよと詰めよられても、どうしようもないものだった。
 これは自分の内側にしかない、エモーショナルな部分に芽生えた意識。
 文章や口頭で説明をするには限界があり、不十分な内容となる精神論。
 逆に、より言葉を削ぐのなら「相手がアキだから」としか伝えられない。
(あいつが品のいい奴だから、俺もあいつに恥かかせらんないんだ)
 このような理由を付加して納得した時期もあったが、これは後からくっ付けたもので、本質に届いた考えでないのは気づいていた。
 アキのそばだと無理をすることになる。
 ふつうに受けとるなら、これは登志郎にとってはマイナスだ。
 言葉を選んで、心をくだき、背筋まで伸ばさなきゃいけない。
 ストレスの溜まることだ。
 厄介この上のない相手だ。
 なのに――なのにどういうわけか。
 放課後をむかえ、家に帰って日付をまたぐと、学校で薩摩アキにちょっかいをかけている自分がいた。
 相手は、目だつタイプではない。かかわらない日があってもおかしくない。
 相手は、不良なタイプではない。話題にあがるような機会はそうそうない。
 けれども、登志郎にはアキの姿が、なぜだか、よく目に留まった。
 注目しているわけではないのに。
 気にかけているわけではないのに。
 あたたかみのある輝きみたいなものを、アキの居る場所ではおぼえるために、自然とアキの存在を感じて声をかけてしまうのだ。
(あれは不可抗力だ。居るのわかってんのに、話しかけないのはどうかって話)
 話題は限定され、ほかの男子生徒とでも会話したほうが楽だ。
 できないようなバカな話も、あいつらとならガンガンできる。
 それでも……けっきょく、選択の自由があればアキと話すことをとっていた。
 自分自身は、アキといっしょにいることを、楽しいと思っているらしい。
 ふとした瞬間。これに思いをめぐらせ、冷静な気分になったことがある。
 思いいたったという重さも。気がついたという衝撃もなかった。
 そりゃそうだ。と、真面目くさった確認作業に胸がすっとなる。
 でなければ、こちらから声をかけて、毎回やりとりなどしない。
 ほかにはなかった着眼点。慎ましやかな反応。
 染み入るかのような全部が、楽しかったのだ。
 ほほ笑みをかざらせられたとき、高揚する気持ちや、喜んでもらえたうれしさを学んで、思いがけずに嘆息した。
 登志郎はアキから、なにかと感情を教わった気がした。
 これまでが無感情だったなんて言うつもりこそないが、気持ちが湧きあがる、込みあげるという表現の意味を、アキを通じて実感した。
 他人にはあざけられるかもわからないけれど、すくなくともアキがいなくば、平野登志郎は人間ではなかった=Bここまでゆたかな感情の色を数えることはできなかったにちがいない。
 ただシンプルに好意だけをもっていた。
 区切りは飛び越えられる大きさだった。

 買うものは、なるべく祭りっぽさを優先した。
 本人から注文された。じゃがバター。
 嫌がられはしないだろう。りんご飴。
 申し訳ていどに変装ができる。お面。
 頭と両手にフル装備で歩いていると、はたから見れば祭りを満喫しているのは登志郎のほうだ。
 じゃがバターと言いながら、本当のところはマーガリンと塩とで味つけされたおいしそうな匂いに誘惑されつつ、アキを捜しもとめる。
 これも慣れというのか。さほど時はいらなかった。
 学生の頃みたく、ほどなく相手の姿を見つけだす。
 ふわりと。ゆるやかに。
 相手は輝きをともなって立っている。
「まぶいな。アキの奴」
 つぶやいた声は、それよりも大きなかけ声のうずに、すんなりとのまれる。
 祭り神輿を引く老若男女が、活気よく人混みを散らし、ぐんぐん進行する。
 やってくる神輿の上方部で見得を切る人形を一瞥して、登志郎は足を交わす。
「アキ。待たせた」
 開放された道路の端で動画を撮影するアキ。
 その目もと口もとには、おっとりと微笑の色がうかべられている。
 アキの視界に映りこんでいるのは、人間だけではないはずだが、分け隔てなくすべてを受けいれている。
 いわゆる幽霊と呼ばれる存在からすると、はたしてそれは望ましいのか否か。
 おどろかせること。怖がられること。そういった反応のほうがうれしい幽霊もなかにはいそうなものだ。
 あくまでも個人差。それぞれの人格に依存するものだろうが、たとえば人間に憑りついて悪事をしたり、ラップ音とやらを鳴らしてみたりと、どうにも善良な光景を連想させない。
「友達が来たから、またね」
 カメラ越しに左手を振って、アキは誰か≠ノあいさつした。
 通りを行く祭りの参加者。特に同年代ほどの数名が、自分に向けてやっていると気をまわして、それに応じている。
(まあ……ああいう奴が普通なんだろうな)
 霊能力をもった人物がこんな場所にいるだなんて、直感するどく思いあたれ、というのが無理難題。いまどき、オカルトブームが激しく再燃する兆しもない。
 そこに美辞麗句をプラスして美人霊能者という肩書を付けたとして、ちかぢか年号が変更されるエンターテインメント隆盛の日本では、食いつきが悪いことは変わりないだろう。
「あっ。りんご飴……」
「好きかなと思ってさ。苦手か?」
 こちらの手にする、シロップでテカテカと光る定番甘味に、アキはつぶやく。
 好みでなければ処分に困るので尋ねると、おちつきはらって首を横に振った。
「だけど、デートには不向きな食べ物だと思うな」
「あん? そういうもんか?」
 経験の多くはない登志郎は、相手への言葉に感情がのらない。
 べつに、りんご飴くらいなら子供あつかいもされなさそうだ。
 音だってすごく大きなふうにはたたないし、異性が食べるなら可愛げがある。
「りんご飴は色がうつるのよ。舌が真っ赤になるの」
「…………だから?」
「だからって、わかんない?」
 困り調子で、アキに尋ねかえされる。
 察しが良くないな。という空気が、やんわりとかもしだされていた。
 申し訳ないが、目ざとく鋭敏になれるのは、あくまで危険対処のみだ。
「わかってたら無駄に訊くかよ。べつにいいじゃねぇか、舌が赤くたって」
「それは……ただお祭りをまわりたいだけなら、そうだろうけど」
「ほかに何するってんだ? 飲み食いして、花火でも見て、お開きだろ?」
「……――」
 続けて質問すると、相手はもの言いたげにしたのち、うつむいて唇をむすぶ。
 そうしてから十秒後。じつに頭が痛そうに、カメラをひたいへと押し当てた。
 知恵熱をおさえているらしいが、そこまでされると登志郎もやや引っかかる。
「アキがそんなになるとは、どうしようもなくハズレた態度らしいな」
「トウシロウは――こういうのが良いところでもあるし」
 言外に伝わってくる指摘。『でもある』の部分がミソだ。
「期待にそえないのはしかたない。ジェンダーバイアスは俺の苦手科目なんだ」
 あてこすりを披露しながら、貢ぎ物を献上しようと相手に両手を差しだした。
 カメラとりんご飴を交換するみたく持ち替え、じゃがバターも手渡しおえる。
「偏見がないってことだから。憧れてたりもするんだよ?」
「無理に褒めようとすんなっての」
 ひねりだされた褒め言葉へは、お面をかぶせて対応した。
 赤と銀との光の巨人は、アキが変身するには似合わない。
 記念にこの姿をカメラを用いて撮ろうと試みるものの、使いかたがわからず、もたついた隙にレンズを手指でおおわれてしまう。
「思い出を残すなら私にまかせて」
 ちょいっと、すこしひょうきんなしぐさで、アキがお面を顔から持ちあげる。
「せっかくだから、笑ってみてよ」
 じゃがバターの紙カップを街路樹下に安置し、こちらを隣にまねいたアキは、日ごろからしているのだろう手慣れた操作で、パシャリッと撮影を完了させる。
 確認された画像における登志郎の表情は、いかにとりつくろっても、ほがらかとは言いがたい。
 笑顔をつくろうとしたのが、かえってあだとなり、ぎこちなく崩壊していた。
 顔面崩壊というのは実際に起こるんだな。と、あたかも他人事みたいに思う。
「俺だけ切り取って、魔除けに利用できそうな映りだな」
「ううん、とっても素敵。これだけでも来たかいあった」
「……悪口とか、ほんっと言わないのな。おまえ」
 指先の爪をつかい、相手が持つカメラの表面を二度たたいてみる。
「いいご主人に使われて運があるな。あやかりたいぜ」
 気まぐれにふざけてみせれば、アキはうれしそうに、瞳を大きくさせた。
 相手のなかにいる大人が席を譲り、あどけなさのある乙女が主権を執る。
「実はね。この子には名前を付けてあるの」
 カメラを鼻と唇のあいだくらいまでかかげ、やむことなく声を発するアキ。
 心なしか、相手は興奮しているようだ。
「レノーアというのが名前なんだけど、この子はすごく賢いのよ」
「そ、そうかよ。賢いってのは、つまり機能的な意味でのことか」
「そうなの。レノーアは、ほかの子とはまるで使い心地がちがうんだからっ」
 自慢話がしたくておさえが効かない。という心情を、体外に気勢のかたちにて放出してみせる相手は、めずらしく愛嬌があった。
 上品さからこぼれでたる色気ではなく。
 おちつきに裏打ちされた清楚さでなく。
 満足するまでおしゃべりしたいだけな、そんなアキはかなり可愛い。
 子供を甘やかしたくなる男親の気持ち。それが今だったならわかる。
 学生の頃は目にしたことがない雰囲気のため、なんというか、破壊力が高い。
 ずいぶんとひさしい、ときめいた感覚が、胸の内側を駆ける。
「補正があるから画がしまるし、暗がりはオートで照らしてくれるし、保存容量だってメモリ数がたっぷりで心配がいらないの。あと、ほかにもアクセサリーの対応も並みの製品とはくらべものに――」
「待て待て待て待て。そこまでカメラのこと俺はわかんねぇよ。素人なんだぜ」
「トウシロウだけにね」
「いや。うまくないぞ」
 舌がまわるだけにとどまらず、相手は冗談さえも口にする。
 ここまで機嫌がいいことなど、めったにあるものじゃない。
 デジタルカメラの進歩や発展について、いつも誰かに話したいという願望を。
 いや。レノーアと名づけた愛機について、深く語りつくしたいという情熱を、日々アキは内側で肥え太らせていたのだろう。
「中学の時も、アキはカメラを持ち込んでたもんな」
「あれには理由があったでしょ。悪さしていたように言わないで」
「胸張っていいことしてたと言えるわけでもないだろ」
「――そうね。すべて私の自己満足なことは、認める」
 記憶をたどってか。両目にやどる対象がとおのいた。
『私は、そこまで霊能力がすぐれてるわけじゃないの』
 おどけ調子の声音で、アキがそう言ったのは、夕暮れの教室でのことだった。

 ロマンチストならば運命だと形容するであろう。ふたりの関係が変わった日。
 ふだんからしているように談笑をしていたとき、アキが登志郎へと向かって、
「放課後。手伝ってもらいたいことがあるんだけど」
 と、協力をもとめてきたのが事の始まり。
 アキがやってほしいと頼んでくるなら、おかしな要件ではないだろうとふみ、登志郎は約束どおり、下駄箱で相手と合流した。
 現れた相手の手にはデジタルカメラが握られている。
「お願い。おどろかないでね」
 操作するカメラをこちらに覗きこませ、相手はそのまま辺りをフレームイン。見慣れた校内を映していく。
 これにどういう意味があるのかといぶかしんでいれば、そいつは突如として、登志郎の注意を引きつけた。
 カメラの画面に映りこんだのは、小さな女の子だった。しかし、画面のなかにいる子には、年代に見合った精気がない。というか、この子はなぜ学校にいる?
「――……っ!」
 声をあげかけた登志郎は、アキの言葉を思い出し、こらえてのみこんだ。
 カメラから視線を動かせば、女の子の姿は自分では見ることができない。
 あくまでアキが触れているカメラ越しでしか、その姿は確認できないらしい。
 まるで眼鏡またはコンタクトレンズみたいだ。霊感のない登志郎は、自力では幽霊が視られないけれど、アキの助力があれば幽霊を眼におさめることが可能になる。輪郭のピントを合わせることができる。
 はっきりと目視してしまったら、とても存在を否定することはできなかった。
 この世の中に、幽霊はまちがいなく居るのだ。
 そして、薩摩アキには交信する力があるのだ。

「あの幽霊。できるだけたくさんの友達と遊びたかったんだよな」
「ええ、そう。私にはトウシロウしか誘えなかったけど、あの子はそれでも満足してくれた」
 成仏した。なんて言うと大げさだが。
 あの子がうれしそうに、光に融けたのを覚えている。
「そこで終われれば、不思議な体験で済むんだけどな――」
 登志郎が肩をすくめるに、意図を汲んだアキが眉をさげた。

 女の子が消失したことに遅れて、ふたりのところには思わぬ来客があった。
 風紀委員会に所属している先輩。関香奈枝(せき かなえ)である。
 正義感があり、他人から頼られることをよろこびとする香奈枝には、放課後の校内で何やら疲れた様子の後輩男女は見過ごせないターゲットだったのだろう。
 もちろん、登志郎とアキのあいだには不純なかかわりなどありはしないため、かるめのお小言ていどで済まされた。
 が、しかし。
 この縁から登志郎は気に入られ、香奈枝に絡まれることが増えた。
 香奈枝は、惜しみなく内情を見せるタイプだった。そういった機微には鈍感な登志郎であっても、好意の種類がわかるほどに。
 彼女はこちらに恋愛感情をもっているようだ。
 みずからの感覚を意識上にうかばせることは、これが二度めになる。
 けれど、一度めとはだいぶ心もちが異なって、胸がざわざわとした。
 あまり、これは好ましい気分ではなかった。
(アキに相談しようかとも考えたが、あの頃、あいつは……)
 正確な表現ではないかもしれない。
 当人からすれば誤りかもしれない。
 それでも登志郎にすれば、当時のアキはいきなり、よそよそしくなっていた。
 まるで避けているように、声をかけようとすると、そこから立ち去っていく。
(俺はアキを追うのをやめた。離れるなら、理由があってのことだろうからな)
 嫌われることをした記憶はない。とはいえ、自分では思ってもみない理由で、避けられているかもわからない。だったら、どうしようもないことだと思った。追いまわし、余計に嫌悪されるなんてのはつらい。
 ――そうこうしているうちに、登志郎とアキは、談笑することがなくなった。

「あのあとも、いろんな子たちに会ったよ。みんないい子で、寂しがりだった」
「そうか。よく知らねぇけど、未練がなくなるのは得したのと同じなんだろ?」
「ええ。私は、そう思いたい」とアキはやわらかな笑みでうなずいた。
 だが、次の瞬間。そのおだやかな表情はくずされ、恐怖心にそまる。
「――っ!」
 登志郎は緊迫に鼓動を速めながら、アキの視線をたどり、祭り神輿を見やる。
 数分まえに一瞥した人形のほかに、銀色の前髪をたらした人物がそこに居た。
 黒いコートを着用している銀髪のコイツ。今、眼前に出現したコイツこそが、アキの言う『追手』だと理解する。
「任務を果たしに来た。今生より対象――薩摩アキを破棄する」
 淡白な語り口で告げ終え、『追手』は身をひるがえして、祭り神輿から降りた。
 西洋人、と見えた。コートにからだを包んでいるせいもあって、シルエットは細く、華奢とさえ感じるほどだ。
 明確なイメージがあったわけではないが、銀髪の青年は『追手』という単語を張り付けるにはそぐわない印象を受けた。
 鉄拳で話しあうことになっても、自分が問題なく打ち勝ててしまえそうだと、登志郎はやや警戒をゆるめる。
 アキには恐ろしい相手でも、こちらにはそこまで……
「面倒はぬきに、手早く終わらせてもう」
「――! トウシロウ!!」
 するりとコートの内側を探った『追手』は、懐中時計を取り出して示した。
 それを目にするのとほぼ同時に、アキが手にしていた物すべてを放り捨てて、こちらに両腕をまわし抱きついてくる。
「うぉわっ!?」
 いきなりなんだ。なんて口にする間もなく、続けて周辺を駆けぬけた閃光に、能動的な叫びがこぼれた。
 勢いをつけられた分。アキのことを支えながら踏みこらえ、閃光が通り過ぎた会場一帯へと目をくばる。
(……おいおいおいおい…………っ)
 自分もすこしは成長していたということだろうか。
 あの中学時代のように、声をあげそうになったりはしなかった。
 たぶん、おどろきや怖れを表情にあらわにもしなかったはずだ。
 だが胸中は違和のうずにからめとられ、広がる光景に頭脳が追いつかない。
 登志郎とアキ。ついでに『追手』以外のすべての者が、挙動を止めていた。
 見わたす視界にいる人々。夏祭りに参加するみなが、直立不動となっている。
 個々にわりふられた命の時間が。すっぽりと抜き取られてしまったみたいに。異様にも楽しげな顔色を表面にぬりつけたまま、誰しもが眉ひとつ動かさない。
「薩摩アキ……おまえは、本当に厄介な奴だな」
 両目をつむり、ちいさくかぶりをふって、『追手』はこちらへと歩を進ませた。
「おまえ一人を対象に、オレがどれだけ労力と時間をかけていると思っている。往生際が悪いにも限度があるぞ」
 懐中時計をコート内にしまいながら、『追手』はアキに対して話しつづける。
 その濁りけのない瞳は、こちらの心もちのせいか、冷ややかに感じられた。
「オレは慈悲深くも、事前におまえに勧告した。覚えがあるはずだな?」
「ええ。あなたは私に話してくれた。だから、私は今日、此処に来たの」
 精神的な苦痛がともなわれた横顔で、アキはさえぎることなく、『追手』からの言葉に受け応える。
 会話からは、彼女と『追手』に、それなりの交流があったことが察せられた。
「わからないことを言うな。承知していて、なぜ逃げる?」
「ちがう……逃げてなんかいないっ!!」
 声量も口調もはっきりとした宣言に、隣にいる登志郎は思わず目を見はる。
 此処まで足をはこんだアキの真意など、もちろん自分もわかってはいない。
 だけれども、アキが生半可な気持ちで『追手』を相手どっているわけではないことだけは、これでじゅうぶんに伝えられた。
「なんかよ。ちょっと疎外感を感じてんだけど、これ、気のせいじゃないよな」
 登志郎はアキから離れ、一歩『追手』へと向かって踏み出した。
「おかしな手品ができるみたいだが、誰なんだよ。あんたは」
「……おまえもわからない奴だ。今、優先して質問するのがそれなのか」
 ちらりと視線を合わせた『追手』は、あきれた様子で口唇を動かす。
 超常現象をひきおこす能力があっても、感覚的には一般よりらしい。
「とはいえど。問われて名乗らないのも無粋だな」
 右腕をうらてにまわし、『追手』は何か金物を掴み取った。
 武器――と呼んでいいだろうそれは、類型のない珍妙なデザインをしている。
 形でいえば刀剣に見えるも、刀身を囲んだ肉食恐竜の骨を連想させる装飾が、インパクトをもって見る者の判断を悩ませる。
「こいつの名前はスナーク。そして、オレの名前はリドル」
 丁寧に武器といっしょに自己紹介を済ませるリドル。
 ひょっとしたら、生真面目な性格なのかもしれない。
 などと、登志郎がつけいる隙がないか探していると、それを証明するみたく、「いいや、いちばん新しい名前は〈法復者(ほうふくしゃ)〉か。もっとも、これについては、オレだけの名前じゃないが」
 と小気味よさそうに、リドルは訂正をつぶやいてみせた。
 武器を片手に面相にうかべるにしては、ほがらかすぎる笑み。
 そこから、一度息をついて、彼は冷静沈着に両目をしばたかせる。
「告げたところで、おまえたちは破棄される末路。今度は覚える暇≠ヘない」
 リドルは武器――スナークと呼んだほうがいいんだろうか?――をかかげて、刺突の構えをとった。


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