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作品名:アヤシの杜のアヤカシ同盟 BLOCK V 作者:ジン 竜珠

第1回 第肆章 佗磨姫の昔の物語
「いやあ、この一杯が、辛抱たまらんねえ!」
 主人が、お猪口で熱い日本酒を、口に入れる。
 あのような熱いものを口にするなど、自分には考えられないことだ。
 お猪口をちゃぶ台に置くと、右手を拳に握り、それで肩や腰を軽く叩く仕草をする。主人の、クセだ。
「おい、千代(ちよ)、こっちに来い」
 主人が手招きをする。それに応じ、自分は、半ば、駆け寄るようにして主人の膝の上に飛び乗る。「千代」というのが自分を呼ぶときの言葉であることは、随分前に、自覚した。どうやら、この「千代」というのは、別の何かの「名前」だったらしい。主人とその奥さんが、何かに向かって、両手を合わせ、「千代、生きてりゃ、お前も、もう十五歳だなァ」と、毎日のように言っているのを、目にしている。また、同じように何かに向かって「戦地にいる、富一(とみいち)が、無事に帰って来ますように。千代、お前の兄さんを護ってやってくれ」と祈っているのを見ている。
「千代」は、ここにいるのに、何をしているのか、理解不能だ。
 富一というのは、主人の息子だ。どこかで働いていたらしいが、しばらく前、周りの人間から「バンザーイ!」と、何度も言われながら、どこかへ出かけて行ったきり、まだ帰ってこない。富一も、千代をかわいがってくれたから、好きだった。それが寂しい。
 そういえば、主人も奥さんも、富一も、時たま、千代のことを「お前は千代の生まれかわりだ」と意味不明なことを言っていた。
「それじゃ、あんた、近所の寄り合いに行ってくるよ」
 奥さんが主人に言うと、主人も「夜も遅ぇから、気ぃつけるんだぞ!」と、声をかける。
 奥さんが引き戸を開けたとき、誰かがやってきたらしい。主人が「めざし」を自分の口許に持ってきてくれながら、その方を見る。
「なんだ、石部(いしべ)さんか」
 石部、というのは、時々、家にやってくる男だ。「巡査」と呼ばれていることもある。主人が不機嫌になるのがわかる。
「善さん」
 と、石部が言うのが聞こえた。
「善さん、いい加減、来てくれないかな?」
「何遍言われても、あっしは……」
「善さん、兵隊さんじゃなくて、私がここに来てるのは、顔なじみだっていう、それだけじゃないんだ、温情なんだよ。本当なら、徴用されてるんだ」
 石部の声が、真剣なものであるのがわかる。
 主人が溜息をついて言った。
「悪いが、あっしは、お国のお役には立てねえよ。この腕じゃあな」
 と、主人が自分の左腕をさする。随分と前、主人の左腕に、「何か」がかかるのを見たことがある。その何かは、「水」や「湯」ではなかった。異様な臭いがしていた。主人は、その「何か」を、何かに流し込んだり、削ったりしている。それが主人の「仕事」らしかった。
「善さん、なにも、あんたに直接『何かしろ』って言ってるんじゃないんだよ」
「あっしにも、通すべき仁義があるんだよ」
「善さん!」
 と、石部が声を荒げた。
 驚いて、主人の膝から跳びのいた。その拍子に口からめざしが落ちた。
 振り返って、石部と主人を見る。
 石部は大きく息を吐きながら言った。
「善さん、あんただけじゃないんだよ。みんな、納得してないんだ! 誰も、好き好んで、自分の腕を『人殺し』や『戦争』のために使いたい、なんて思ってない!」
 そう言って、石部は、一度、周囲を見渡した。まるで、「誰もこの会話を聞いていない」ことを確認するかのように。
 どうやら、誰も聞きとがめる者がいないことを確認したのか、石部は話を続けた。
「でも、今は、お国の一大事なんだ! 国民一人一人が、力をあわせないとならないんだ! それに、今、我が国は確実に勝っている! もうすぐ、戦争も終わる」
「どうだか。この間だって、敵の戦艦を沈めた、なんてラヂヲで言ってやがったが、じゃあ、なんだって敵の飛行機が、バンバン、頭の上を飛び回ってやがるんだ?」
「善さん、口を慎んでくれよ。でないと、私、あんたを『非国民』として、しょっ引かないとならなくなるからさ」
 うろたえたような石部に「フン」と鼻を鳴らしてから、主人はお猪口ではなく、お銚子から直接、酒をあおる。


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