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作品名:アヤシの杜のアヤカシ同盟 BLOCK T 作者:ジン 竜珠

第22回 弐・六
 蒼河 保(そうかわ たもつ)は、深酒をする方ではない。だが、この日は違っていた。
 一週間に一度、通う飲み屋「権兵衛長屋(ごんべえながや)」。ここの主人とは、二十七の時に、この街の大病院に就職してからのつきあいだから、もう八年になる。
 その店の大将で、自分の父親といってもいいほどの年齢差のある権沢(ごんざわ)が、「たいがいに、しときなよ」と心配するほど、この日は荒れていた。
 詳しいことは言わなかった。というより、口止めされていたから、言えなかった。
 だから、ふらついた足で、自宅アパートへと向かう途中、つい、口に出してしまったのは、通行人に聞きとがめられて、少しでも自分の事情を知ってもらって、あわよくば、その中の誰かが、新聞や週刊誌にでもタレ込んでくれないか、と思ってのことであったかも知れない。
「ちきしょう。大体、ペニシリンアレルギーを把握してなかったのは、高井戸先生じゃないか。俺は、カルテに従って、引き継いだだけなのに。地方から来た勤務医だと思って、バカにしやがって!」
 だが、聞きとがめる者はいないようだった。
 この件で患者は、一命は取りとめたものの、一時はショック症状を起こしていた。そして、蒼河は責任を負い、三ヶ月間の医業停止処分を受けた。だが、それが解けるはずだった今日、通達があり、その処分が「無期限停止」に変えられた。
 どのような力学が働いたのかは、わからないが、おおよその見当はつく。はっきりと確認したわけではないが、同僚の話では、その患者は、ショック症状から回復したものの、なんらかの後遺症状が残ったらしい。一時的だが、心停止になったそうだから、最悪の場合、低酸素脳症を起こしていた可能性がある。実際、ミオクロニーを起こすようになったらしい。
 そして、患者家族の知り合いに有力な弁護士がおり、その件について問題視されるような動きがあったらしい。
「このまま、蒼河先生に、全責任をかぶってもらおう」
 そんなことを、医局長と高井戸医師が話しているのを、聞いたそうだ。
「ちきしょう!」
 もう一度、毒づいて、アパート付近の月極駐車場の出入り口近くにある、ゴミ集積ボックスを蹴る。
 大体、このアパートも、三ヶ月前に転居してきた。要は、病院が用意した宿舎を追い出されたのだ。
 時刻はもう午後十一時を四十分ほど過ぎていたが、このまま帰る気になれず、またどこかへ、と思ったときだった。
「荒れてますねえ、お兄さん」
 妙に人を喰ったような口調で、そんなことを言う、背の高い男が、目の前に現れた。
 酔っていても、どんな人間がいるかぐらいはわかる。
「なんだよ、酔ってちゃいけないのか? ……ハッ、どうせ酔いが残ろうが抜けようが、仕事には、一切、関係ないからなあ! ていうか、仕事、ねーし!」
 そう言って、笑ってやる。最初は、なんとなく笑っただけだったはずだったが、そのうち自虐に変わり、やがて、憐憫に変わった。
 口からもれるのは、笑い声ではなく、嗚咽。
 あれほど苦労し頑張って医者になれたはずなのに、なぜ、こんなところで自分は、酔うがままに身を任せているのだろう?
 男が近づいてきた。
「よろしければ、お話、伺いますよ」
「ああ? なんだ、あんた?」
 蒼河は男を見る。
 自分より、七、八歳、若いだろうか? 防犯灯の明かりだから、正確な色はわからないが、グレーっぽいスーツに、青いシャツ、赤いネクタイを着けている。
 きちんとセットした髪は、えり足を少しだけ伸ばしていた。
 男が、微笑みを浮かべる。
「こう見えても、占い師をしてまして」
「占い師ィ?」
 うさんくさいこと、この上ない。どんなことをふっかけられるか。そう、例えば、「開運のために」と変なグッズを売りつけられるのではないか?
 だが、もしそんなものに頼る程度のことで、現状を打破できるなら、安いものだ。むしろ、そんなことぐらいでいいのなら、すがりたい。
 そう思った時、男が言った。
「この近くに、私、行きつけのバーがあります。そちらで、お話を」
 背を向け、気がついたように、男が振り返って言った。
「私、地鳴 忠士(つちなり ただし)と申します。あなたは?」


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