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作品名:今日も杏とて。継 陸之章 作者:ジン 竜珠

第2回 陸之章・弐
「この扇子な? ウチの力がこめてあります。なんか変なんが来たのを感じたら、それで扇いだら、大概のモンは、追っ払えますさかい。ええな?」
 そう言って、杏はいつも自分が使っている扇子を、小学校五年生だという、その少年に渡した。
 この扇子は、ある業者に作ってもらった特注品だ。親骨や骨には、何種類かの神代文字(じんだいもじ)を組み合わせたものを、彫り込んである。この二月、十分に絞って力を使ったが、それでも新輝学園の施設に損害を出してしまった。そこで、ある種の緩衝能力を持ったアイテムを使う事にして、この扇子を作ってもらったのだ。
 使い続けるうち、杏は、この扇子自体に力をこめることにした。そうすれば、なにかの折りには、道士ではない一般の第三者にも扱えるのではないか、と思ったからだった。
 幸い、この扇子には、神代文字だけでなく、簡単な呪符も刻んであるし、要(かなめ)には小さいが咒力をこめた金具が使ってある。杏の知識と実力なら、この金具の情報を上書きして、呪符を利用し、複数の用途使用に改造することは造作もないことだった。
 今は、この少年を護る事が先決だ。本来なら、この少年を連れて外へ逃げるべきだ。だが、妙な「因縁」や「怨念」が絡んでいて、もし少年を連れ出せば、それに引きずられる形で、妖魔も外へ出てしまう。そうなると、どんな事態になるか、予測できない。それについて予知できないという事は、妖魔が外へ逃げ出す、という事態にならないのかも知れないが、もしかしたら。
 杏が予知できる未来は「変わる可能性を持った未来」。言い換えると、「変わらない未来」は、予知できない。……最悪の事態は防ぎたい。
 因縁を断ち切る業(わざ)も心得ているが、今の自分では、「儀式」を行わねばならない。
 その力を使うかどうかは別として、八握剣を使いこなせる竜輝なら、それこそ剣の一降りでその因縁を断ち切るだろう。だが今、彼は、ある妖魔討伐で、千京市を離れている。杏には、遠隔地にいる人間を、空間を歪めて引き寄せるほどの力があるが、それを使うと、竜輝の方の妖魔討伐の邪魔をすることになる。
 だから、なんとか、自分にできる力を使って、あの男を救わねばならないのだ。

 そして、杏たちは、一階奥にある、客間として使われていた部屋に入った。
 愕然となった。
 そこにいるのは、黒い巨体。腕は何本も生え、頭部には、黄色い眼球がいくつも飛び出して、蠢いていた。その眼球は、頭部だけでなく、胴体にもあるようだ。
 脚と思しきものは、まるで巨木の根のように、床に這っている。
 もはや、人間ではない。
 一体、どのような妄執、怨念があれば、人間とは、ここまで異様な姿になれるのだろうか?
 否、果たして人間が、ここまでの異形に墜ち、魔怪と成り果てることができるというのか?
 そう思ったとき、腕の一本が伸び、杏の後ろについていた珠璃を殴り飛ばした。
 それを確認して、杏は妖魔を見上げた。もう、こうなっては、相手を滅ぼすことしかないのかも知れない。
 いや、まだ、何かあるはず。この妖魔にも、全ての人間が持っている「奥底の光」があるはず。それに訴え、人として生きようとする力、善に立ち返る意志が輝けば、きっと救えるはず!
 妖魔が腕を四本伸ばし、杏を掴んで天井近くまで持ち上げた。そして、そのまま、床にたたきつけた。
 自分の苦鳴と、珠璃が「杏さん!」と叫んだ声は同時だったように思う。
 体の痛みはない。だが、心が痛かった。
 この男が妖魔化する前に、手は打てなかったのだろうか? 自分は一体、何をしてきたのか?
「杏さん!」
 また、珠璃の、悲鳴にも近い声が聞こえた。
 その声に応えるように、立ち上がり、妖魔を見上げる。
 だが、何も思い浮かばない。
 ただただ、道士としての経験が、「滅ぼすしかない」と告げている。
 救いたい、救わねばならない、だが倒さねばならない、倒すことこそが救うことではないのか?
 そんな思いが、杏の中で、ぐるぐると駆け巡る中、珠璃の声が心の奥底に届いた。
「ダメだ杏さん、そいつは、もう救えない!!」
 その時、妖魔が腕を伸ばし、天井板を破壊した。
 天井が崩れ、杏の体を埋(うず)めた。


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