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作品名:パピヨンは、ご機嫌ななめ 作者:ジン 竜珠

第69回 neuf−7
 由梨の家を出たところで、パピヨンは念装した。この街には、残念ながら、カウンセリングの技能を持った人間はいない。だが、隣街になら、いたはずだ。存在だけなら感知したことがある。行動可能半径だとは思うが、確認した方がいい。
 とにかく、どんな手段でもいいから、由梨には和磨を受け入れてもらわないとならないのだ。
 場合によっては、催眠術的な方法でも使って、もう一度、由梨の心を封印するか、あるいは、和磨と「結ばれたい」という方向へと誘導するか。
 いい「手段」ではないが、強制的に、その方向へと持っていく必要もあるかも知れない。
 そう思って、移動しようとしたとき。
「川平、お前、そんな格好で、何やってるんだ、こんなところで?」
 鞠尾和磨の声がした。
「ああ、鞠尾くん。ちょっとね」
「ふうん。……あれ、お前、そのほっぺた、傷があるぞ? なんかあったのか?」
「え?」
 と、パピヨンは、左頬を触った。
 シャットとの一戦で負った傷だ。この程度の傷なら、あと十数分で、あとかたもなく消える。それに、オンブルで第三者には見えないようにしたから、「さっきまであった傷が、あっという間に消えている」と、奇異に思われる怖れもない。
 そして、吾妻由梨には、傷のことは気づかれていない。
 そう思ったとき、「ある可能性」に思い至り、パピヨンは言った。
「鞠尾くん、もしかして、この傷がハッキリと見えるの?」
「え? ああ、はっきり見えるけど? 変なこと聞くな、お前?」
「ねえ、鞠尾くん。ちょっと思い出してみてほしいんだけど」
「おう。なんだ?」
「あたしと初めて会った時、あたしのことは、どんな風に見えてた?」
 和磨が、ちょっと考えて言った。
「黒い影、かな? でも、蝶の仮面はわかったぞ」
「そのあと、あたしに心を盗まれたときは?」
「えっと」
 と、記憶の底をさらうようにしてから、和磨は言った。
「……そういえば、女だってのはわかったけど、顔なんかは、はっきりとは、わからなかった気がする」
「……今は?」
 和磨がじっとパピヨンの顔を見た。
「傷があるのが見えるけど?」
 ……どうやら、パピヨンの推測が当たっているかも知れない。

 和磨が自宅に入ったのを見届けて、パピヨンは「ある可能性」に思いをはせた。
 トレゾーの所有者や縁者は、程度の差はあるが、オンブルの影響を受けにくい。
 そう、「受けにくい」のであって、「まったく受けない」わけではないのだ。もし、影響がまったくないとしたら、考えられることは一つ。
 あの「トレゾー」の出現が近づいて、和磨が「完全なる『トレゾー』の所有者」になりつつある!
 だが、予定では、それは来月、鞠尾和磨の誕生日であるはずだ。
 もしかして、自分がこれからしようとしていること……カウンセリングによって、由梨の心をほぐし、認識を変えさせることをきっかけにして、由梨が思わぬ行動に出るというのか?
 それはまずい。
 和磨の誕生日に「トレゾー」が現れることを前提に、パピヨンは動いている。今、和磨はパピヨンの「管理物」になっているが、「トレゾー」が出現したときには、その管理を外そうと考えている。管理対象の所有物は、間接的に管理者の所有物にもなるので、盗めないのだ。
 彼女たちヴォラールは、盗むのでなければ、そのトレゾーを自分のものにできない。
 管理を外した、その隙を狙って、ほかのヴォラールも動くだろう。だから、空間を盗み、距離を盗み、手持ちの技能(スキル)やエッサンスを駆使して、出し抜こうと考えている。ヴォラールが盗んで、自分のものにしてもいいのは、トレゾーだけだ。ほかのものは盗んでも、返さねばならない。そのあたりのタイミングも考えて、出し抜くのに使えそうなエッサンスは、その時点で、パピヨンが保持していないとならない。
 つまり、すべては「鞠尾和磨が十七歳の誕生日に『トレゾー』を手に入れる」ことを前提にしているのだ。
 それが狂ってしまうと、「トレゾー」が横取りされてしまう怖れがある。
 どうしたものかと思っていると、時間と空間が盗まれた。
 シャットは、しばらく動けないはず。だとすると、他のヴォラールが、何かやっているのかも知れない。
 ふと、気配を感じてその方を見ると、四、五メートル先に、イブニングドレスにショールというアルミュールをまとった、ドラゴン・ヴィオレがいた。
 思わず身構えたが、ドラゴンには、戦う意志はないらしい。ただ、立っているだけだ。 ドラゴンが愁いを帯びた瞳で言った。
「すまぬ。空間を盗んで、汝(うぬ)と、あの娘の会話を聞かせてもらった」
 空間を盗んで盗聴する。パピヨンにも、できる芸当だ。
 二人の会話を聞いて、何か手を打とうと思っていたのか。
 ドラゴンが言った。
「汝は、カウンセラーを使って、吾妻由梨の心を動かし、『トレゾー』を手にしようとしているのであろ?」
「そうよ。それがどうかした?」
 隠すこともないので、パピヨンはあっさりと応えた。「トレゾー」が現れないと、ドラゴンも困るだろう。
 その言葉に、ドラゴンが、パピヨンの心を覗くような目をして言った。
「汝は、『女が、愛する男と結ばれる』ということが、どういうことであるのか、わかっておるのか?」
「……はあ?」
 いきなり、ドラゴンが、わけのわからないことを言い始めた。
「女が、愛している男と結ばれる。そして、その先で、いずれは子をなす。これがどのような意味であるのか。汝の身に置き換えて、よく考えるがいい」
 ドラゴンは、おそらく無意識なのだろう、己(おの)が下腹(したはら)をさすりながら言った。
 ガラスが割れるような音がして、ドラゴンの姿が消えた。
 しばらくして、音が戻ってきた。


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