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作品名:パピヨンは、ご機嫌ななめ 作者:ジン 竜珠

第45回 six−4
 気がつくと、ベッドの上だった。
「気がついたかい、愛しのパピヨン」
 声の主は、見なくてもわかる。
「コルボー。……ここはどこ?」
 上半身を起こす。
 ブラウスは着ていなかったが、ブラジャーは着けてあった。
「ここは、我(われ)が『勝手に』借りているセーフハウスの一つだ。所有者がいなくなって、久しいようで、随分と手を入れた。それでも最低限の居住性しかない。それは許してくれたまえ。本来なら、君をフカフカのベッドに横たえたいのだ。そう! 天蓋(てんがい)をしつらえた、花の籠(かご)の如き、香気に満ちたベッドにね!」
 ベッド傍に置いた椅子に腰掛け、大げさな身振りで、コルボーは言う。いつか見た、赤い上着に、赤いタイトスカート、という出で立ちだ。眼鏡は、この間のものとはデザインが違う。だが、だて眼鏡ではない、この女は、本当に視力が低い。
 いつものことだが、この女の考えることが今イチ理解できない。いや、コルボーに限らない。シャットもルーも、その行動原理が、ちょっとおかしい。ルーは、ヴォラールらしからぬ動機で、今回、関わってきたし、シャットに至っては、ヴォラールというより、もはや、ただの殺人鬼だ。
 もっとも、シャットに関しては、パピヨンの命を狙ってくる理由がわからないでもない。また、彼女たちヴォラールが、トレゾーを手に入れるために、誰かの命を奪うことも、なくはない。パピヨンはいまだにそんなことをしたことはないが、間接的に……そう、トレゾーを盗んで自分のものにした結果、誰かが死んでしまったという経験ならある。
「でも、奴は明らかに殺しすぎ」
 小さくそう呟いて、じっとコルボーを見る。 コルボーがパピヨンに対して、愛玩以上の感情を持っていることは、以前、聞かされた。その時は冗談だと思ったが、あるとき、ふとした油断から「心」を盗まれて、数日後に、本当に「その行為」に及びそうになったことがある。その時は、どうにか意識を集中し、「心」を「取り戻した」ので、それ以上には、ならなかったのだが。
 とにかく。
 どういう事情があるにせよ、シャットも、ルーも、コルボーも、パピヨンの障害である。
 ただ、やはり、コルボーがパピヨンに対して抱く感情は、理解できないと思うが。
 訝しい目で見ていたからだろう、コルボーが大げさに首を振って言った。
「勘違いしないで欲しいな。我はもう、無理矢理に君を奪うようなことはしない。君がまだ、トレゾーになっていない以上、我は君の意思を尊重する! 君には、何もしていない!」
 そういうことじゃないんだけど、と小声で言ってから、パピヨンは聞いた。
「今、何時?」
 コルボーは、壁に掛けた時計を見た。
「午前八時。月曜日だ」
 どうやら、一晩明けたようだ。それにしては、体が、まだ、だるい。
「養生した方がいい。外傷はほとんどない。だが、体の中……骨や、筋繊維(きんせんい)あたりがイッてしまっているようだ。それに何があったのか、我にはわからぬが、体内、特に胸の辺りに、本来、人間の体の中には、存在しない化学物質のエッサンスが見受けられた。その残滓(ざんし)は、我が抜き取っておいたが、おそらく一日程度は安静にした方がいいだろう」
 自分にはダメージが来ないようにしたつもりだったが、それでも、抑えきれなかったようだ。
 だとすると、シャットには、かなりのダメージを与えられているはず。いくらアルミュールにダメージを盗み取る能力があっても、爆発のエネルギーは、相殺しきれるものではないだろう。
「いやはや、実に困ったことになった」
 コルボーがいきなり、そんなことを言った。
「困ったこと?」
 こちらにやって来たコルボーが「困る」という事態は、もしかすると、パピヨンにとっても、「困る」という事態かも知れない。
 もちろん、それぞれで状況は異なるから、必ずしも、パピヨンにも同質の「困った事態」が起きるとは限らないが、聞いておいた方がいいだろう。場合によっては、それに対する手を打っておけるかも知れない。
「なに、困ったことって?」
 溜息のような小さな息を漏らし、弱ったような表情で、コルボーはパピヨンを見た。
「こちらに来て、ある人物のエッサンスを盗んだ。我と、同じような『匂い』を感じたから、盗みやすい、と思ってのことだったのだが」
 そして、両腕を、天を仰ぐように広げて、天井を仰ぐ。
「ああ! よもや、我と同じ人種であったとは! 社会的体面だけでなく、もっと『深い領域』まで、確認しておくべきであった!」
 再び、パピヨンを見る。
「今、その人物の周辺を、こちらの警察権力が嗅ぎ回っている。我にもマークがついている。昨日(さくじつ)のことだが、我について、詳細に聞き込みが行われたようだ。彼ら全員の認識を狂わせるのは、現実的ではない。今日にでも、このエッサンスを返し、新たに違うものを盗まねばならぬ! パピヨン、君も気をつけたまえ」
 警察などの組織を相手にするのは、厄介だ。その認識を全て盗むのは、事実上、不可能。文書化されていることも考えられるし、場合によっては音声データという形で、いろいろと残っていることも考えられる。もし、すべての認識を盗むことが可能だったとしても、一体いくつの「空間」を制御しなければならないのか、見当もつかない。
 結局、エッサンスを返し、別の「縁」を盗むことになる。原理的なものは一切わからないが、「縁」とするエッサンス、その年齢的なものに限っては、ヴォラールの実年齢と近いものでなければならないらしい。その他、もろもろの条件を加味してエッサンスを探すのは、正直、面倒くさいところもあるのだ。


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