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作品名:パピヨンは、ご機嫌ななめ 作者:ジン 竜珠

第37回 cinq−2
「ホント、迷惑なヤツよねえ」
 シャワーを止め、バスルームを出る。
 湯で火照った体だが、それもすぐに冷めた。
 彼女を支配する時間スピードは、こちらの世界とは違う。だから、こちらでは一時間程度、温まっているであろう体も、一瞬で冷める。
 しかし、不思議なことに「食事」や「睡眠」などといった生理機能には、時間スピードの影響は現れていない。常に食事をとり続けなければ、空腹にさいなまれる、といったことになっていないのだ。身体(しんたい)維持(いじ)に関わることには、そのような影響が出ないのかも知れないが、パピヨンは別の可能性を考えている。
 実は、元の世界でも、パピヨンは、あまり食事を摂(と)る必要がなかった。彼女だけではなく、ほかのヴォラールも、どうやらそうであるらしい。はっきりと確認したわけではないが、以前、シレーヌ・ジョーヌというヴォラールと関わり、十日近く、洋上を漂流したことがあった。あるトレゾーが出現するのを待ち、シレーヌを出し抜くためにそのようなことになってしまったのだが、その時、自分も、シレーヌも、食事らしいものを摂っていなかった。
 もしかすると、ヴォラールというのは、生きるためのエネルギーを、周囲から盗んでいるのではないだろうか?
 そう、ヴォラールは、ただ生きているだけで、常に何かを、無意識に盗み続けているのだ。だからこそ、パピヨンの家族・縁者はパピヨンに命を盗まれて、世を去って行った。
 もっとも、ヴォラール全員が天涯孤独、というわけではないらしい。コルボーもシャットも、明確に話に出たわけではないが、おそらくルーも、確かにパピヨン同様、天涯孤独になっている。しかし、シレーヌには、妹がいるという。
 だが、その妹も病に倒れているらしい。
 もし、それが「シレーヌが、無意識に命の火を盗んでいる」が故(ゆえ)のものだとしたら?
 ヴォラールとは、まさに呪われた存在なのだ。
 そもそも、ヴォラールとは、あらゆる世界の中でも「ただ一人」「唯一無二」である人間の中から、非常に希(まれ)な確率で生まれてくる。分岐していく平行世界を見渡した場合、その世界の住人とは、例えば十の世界があるとして、その世界全てに存在する、あるいは十の世界全てにいなくても、最低でも二つの世界に共通して存在する、というのが、普通だ。そもそもそれが「分岐する」……可能性が分かれる、ということなのだから。
 だが、どの世界を視ても、ただ一つの世界にしか存在しない人間もいる。
 唯一無二、と言えば聞こえはいいが、「本来、存在し得ないモノ」という解釈もできる。
 やはり、ヴォラールとは、呪われた存在なのだ。

 そんなことを思いながら、パピヨンは制服に着替えた。今夜は、これから、あるエッサンスを返しに行かなければならない。
 本来、こちらの住人ではない彼女たちは、こちらの世界にいるための「縁(えにし)」を盗まなければならない。そして、それは複数のものでなければ、面倒なことになってしまう。例えば、パピヨンは、こちらに来て間もない頃に、あるビルに忍び込んで、そこの警備員から「遠方の県に住んでいる姪がいる」というエッサンスと、それに関わる要素を盗んだ。だから、彼女はそのプロフィールを使い、ここに居住できる。
 だが、一つだけだと、例えば、その「姪」を知る人物と出会ったときに、「同じ人間が二人いる」という印象を与えてしまう。そうなると、例えば、その「姪」が何かの犯罪に関わりでもして、こちらの世界の警察などに目をつけられるなどした場合、その収拾に手間暇をとられることになる。
 シャットはその点をクリアするために、正確にはわからないが、感覚的に「高校教師であり、剣道場の師範でもある」という、ミックスしたプロフィールを身につけたらしいのがわかる。何らかの職能者であれば、実に都合がいい。もっとも、身につける、というより、相手を殺して「なりすましている」と言った方がいいが。
「本当に、面倒よね、このあたり」
 パピヨンは念装した。こちらの世界では、制服姿で念装する回数が多かったせいか、ヴォラールとしての装備……アルミュールへの「変換」は、高校の制服の方がスムーズにいくようになっている。
 あの警備員には、「申し訳ない」という心理でも働いたのかどうか、自分でもわからないが、「パピヨン・ノワール」だと名乗ってしまった。そのせいで、今、この街には「パピヨン・ノワール」という怪盗が暗躍している、という、都市伝説めいた噂が広まっている。最初は「面倒なことになった」と思ったが、たいしたことでもないし、それを知る人々全員からその認識を盗んで別の認識を植えつけるのも面倒だから、そのままにしておいた。
 窓を開ける。自分がいるのは、地上五階の部屋だ。だが、空間を盗めば、ここから飛び降りても、一階の窓から飛び出したのと同じことになる。そして、その逆もまた、ある。ここから空間を盗んで、地上二十階建てのビルの屋上に着地することも可能なのだ。
 ただし、あまり頻繁にそういうことをすると、また揺り戻しが来て、どこかで、盗んだだけの空間を返す……空費することになるが。
「……まあ、和磨があたしの管理対象である限り、他の連中には手が出せないはずだし。『遠回り』をするのも、いろいろと収穫があるし」
 そう呟くと、パピヨンは窓外へと飛び出した。


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