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作品名:パピヨンは、ご機嫌ななめ 作者:ジン 竜珠

第17回 trois−2
 午前八時十五分、館端(かんたん)市立博物館の駐車場で車を降りると、部下の水島(みずしま)巡査が言った。
「鞠尾(まりお)警部補、やっぱり、県警主導の捜査になるんですかね?」
「そうね。ていうより、隣の県との合同捜査本部が立つと思う」
「ていうことは、やっぱり」
 その言葉に鞠尾(まりお)美砂子(みさこ)警部補は頷いた。
「今、館端署(うち)が追ってる盗犯、広域指定されてる例の窃盗犯の可能性が高いと思うわ」
 水島が溜息をついた。
「めんどくさいことになりましたねえ」
「何言ってるの。広域指定だろうが、地元の盗犯だろうが、『地取り』を丁寧にやるのは、当たり前でしょ?」
「でも、他の所轄(しょかつ)の資料と照合する関係で、関係なさそうなことまで調べるのは……」
 と、水島は不服そうだ。なので、美砂子は右手の指先で、水島の額をはたいた。
「ぺち」とかいう、情けない音しかしなかった。

 今日、博物館に来たのは、ある人物に事情を聞くためだ。
 数日前と昨晩、この博物館に何者かが忍び込んだ。どこから侵入したのか、まったくわからない上、防犯カメラの映像でも、なぜか「黒い影」としか映っていない。さらに、何かを盗んだ形跡もない。
 しいて言うなら、ある好事家(こうずか)が寄付したという、二百年前に書かれた「西洋の魔導書」とかいうものの、陳列ケースの前で立ち止まっていたのはわかるが、実際に盗んだわけではない。
 さらに言えば、昨晩に関しては、「赤い影」も映っていたのだが、こちらは、展示スペースにすら入っていなかった。
 だが、その「赤い影」と遭遇した人物がいる。
 巡回中だった、ここの警備員の唐隅(からすみ)直彦(なおひこ)という人物だ。
 その「黒い影」と「赤い影」が、広域窃盗犯と関係あるかどうかはわからないが、確認は、しなければならない。

 応対に出たのは、赤い上着に、赤いタイトスカートをはき、眼鏡をかけた、長い髪の若い女性。ここの学芸員で、唐隅(からすみ)紅花(べにか)というそうだ。今日は、いつもより、早く出勤してきたという。
「館端署(かんたんしょ)、刑事課盗犯係の、鞠尾です。こちらは、部下の水島。警備員の唐隅さんをお願いしたいのですが?」
 ロビーでそう言うと、紅花という女性が、穏やかな笑顔で言った。
「申し訳ありません。兄は、急な体調不良で、引き継ぎ時間の前に、帰宅してきました」
 見た目は清楚な美女、といった感じだが、どこか、不思議な感じがする。声も、どこか「芯」のようなものが通っていて、たとえて言うなら、いわゆる「男役」のような印象さえある。
「お兄さん、ということは、妹さん、ということでよろしいですか?」
 美紗子の言葉に、紅花が頷いた。
 軽い違和感があった。
 だが、それについて深く考えるより早く、紅花が言った。
「なので、申し訳ございませんが、日を改めて頂けますでしょうか?」
「わかりました。お兄さまの体調が回復なさいましたら、こちらまで、お電話、いただけますか?」
 美砂子は名刺を渡したが、このまま、直彦の自宅へと行くつもりでいる。もちろん、相手の体調は慮(おもんぱか)らねばならないが、時間が経過するごとに、記憶と、感情と、印象、嗅覚などの感覚といったものは薄れていくからだ。
 紅花に一礼し、美砂子たちはその場をあとにした。
 車に乗ったとき、思い出した。
「確か、唐隅直彦さんには、兄弟姉妹(けいていしまい)は、なかったはず。独身だったはずだし」
 数日前に「黒い影」が博物館に侵入したとき、関係者の身上調査は行っている。その時に、唐隅直彦の家族構成もチェックしている。
 市役所で、戸籍をもっと詳しく調べてみよう。
 美砂子は、水島に車を発進させるよう、指示を出した。


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アクセス: 2021