小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:今日も杏とて。継 幕間之章 作者:ジン 竜珠

最終回 幕間之章
「有り難うございました」
 と、相談者の若い男性が頭を下げる。
 珠璃が視る限り、今回の相談は、単純な「思い込み」が生み出した、エネルギーの齟齬(そご)だった。
 たまに、だが、何らかの「思い込み」のせいで、エネルギーの流れに、ある種の齟齬を生じることがある。例えば、「ある人は自分のことを嫌っている」という「思い込み」があると、無意識にその人物に「わかって欲しい」という強い想いを発することがある。
 そのエネルギーが相手に伝わったとき、受け手側がそれを「受信」しても、これまた無意識のうちに「当たり前のことを、何を今さら」と思ってしまって、無視することがある。
 それが繰り返されると、いつの間にか「食い違い」のベクトルが形成されてしまい、そこに「想い」のエネルギー循環が起きてしまう。
 よく「口に出さねば、わからない」と言われるが、至言だと、珠璃は思う。
 相談者の言葉に、杏が笑顔になる。
「うんうん。ウチが、どうこうする、いうのんは、筋違いですさかい、あとは、あんさんの方で、考えておくれやす」
 相談者が、また、頭を下げ、帰って行った。
 それを視て、珠璃の頭に閃くものがあった。
 いや、この表現は正確ではない。
 これまで、珠璃なりに漠然と感じていることがあったが、それが明確になった、といった感じだ。
「杏さん」
 と、珠璃は言った。
「どうかしはりましたか、珠璃はん?」
 杏が首を傾げる。杏の表情から見るに、どうやら、珠璃の表情には曇った「何か」があるようだ。
「え、と……」
 うまく言葉にならない。
 だから、
「何でもないです」
 とだけ言っておいた。
「おかしな珠璃はんやなあ」
 杏も、それ以上は追求してこない。そこまでする必要性を感じないからだろう。
 ふと、時計を見ると、午後六時。杏の予知では、本日は、もう相談者はない、ということだが、それでも、事務所は開けておこう、ということになった。
 デスクにつき、これまでの相談をファイルしたPCの画面を見る。
 そして、珠璃の中にある「漠然としたもの」が、徐々に形になっていった。
 杏は、これまでの相談者に対し、多くのケースについて、相手に選択肢だけを与え、考えさせてきた。
 つまり、「ああしろ、こうしろ」と、強制してこなかったのだ。
 それについて、杏が何を考えているのか、おおよそのところはわかる。
「答え」を導き出すのが相談者本人でなければ、それが本当の意味で、相談者の「軸」になっていかない。もちろん、場合によっては、ある種の「結論」を提示することもある。だが、これまでは、大体において、杏がしてきたことは「考え方の提示」だけなのだ。
 もしかすると、杏は、もっと多くのこと、深いところまで考えているのかも知れないのだが、珠璃には、杏の思惑まではわからない。
 そういえば、天宮流神仙道の修行の過程で、「身心(みこころ)縛り」というものがある。珠璃も、高一の冬に修めた。
 高級神霊や、守護神仙の加護により、修行者は、「行動」や「心の動き」が制限、つまり「縛られる」。これにより、「他者あっての自分」ということを自覚させられる。もっとも、ここから「自分あっての他者」という、おかしな方向に行ってしまい、破門される者もいるが、杏はそんな方向へは行っていない。
 いや、それどころか、もっと先の境地へと行っているのがわかる。
 だからこそ、杏は、相手を尊重し、決して何かを強制することがないのではないか、と、珠璃は感じている。
 相手を「一人の人間」としてとらえ、その行くべき道は、あくまでその人間が掴み取るべき、という方向へ行ってしまっているように思う。
 それはそれでいいのかも知れない。

 だが、ここへ来る人は皆、何らかの「救い」を求めているはず。
 杏がやっていることは、悪く言えば、責任の放棄ではないのか?
 救っているつもりで、実は相手を追い詰めているのではないのか?

 もしかすると。

 遠からず、杏自身が道に迷う、そんな日が、来るのではないのか?
 その時、珠璃は杏に対して何かアドバイスができるのだろうか?
 杏を視ながら珠璃はそんなことを感じ……、いや、観じていた。


(今日も杏とて。継 幕間之章・了)


あとがき:あらすじにも書かせていただきましたが、今シリーズのラスト、及び「緒之章(六月下旬。この「幕間之章」では、まだ五月半ばです)」へと至るまでの伏線その一です。ここから、徐々に、本筋エピソードでは、杏の心に迷いが生まれていくことになる……んじゃないかなあ?

 ということですので、構成を組み直すことに致しました。その関係で、しばらくお時間をいただきます。次回がいつになるのか、ちょっと見当がつかないんですが、次回から、少し陰鬱なトーンが出てくることをご了承ください。

 あと、ちっちゃな、こだわり。本章のラスト部分(「だが、ここへ」から、「観じていた」の部分)、右向きの矢印をイメージして、「その先の、杏の心の迷いへと向かう」というのを、字面的に(パッと見た印象で)描いているつもりです。


■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 39