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作品名:今日も杏とて。継 特傳之壱 作者:ジン 竜珠

最終回 特傳之壱・伍
 と、いうことは。
 予定が、空いたな。
 ふと、視線を感じた。
 駒沢が俺を見上げてる。
「天宮くん、もしかして、スケジュールが空いちゃった?」
「ん? ああ、そうなるな」
「それじゃあ、さ。この辺で、少し、遊んでいかない?」
 また、おずおずって感じで、駒沢が言った。
 ……。
 そうだな。せっかくここまで来たんだし、このまま帰るのも、味気ないし。
「ああ、いいぜ。適当に遊んでこうか」
 駒沢が嬉しそうに頷いた。
 さっきから駒沢の表情に、かすかに、哀しそうな「色」が浮かんでるの、視えてるんだよなあ。
 何があったか、聞かない方がいいかも知れねえ。
 でも、遊んでたら、気も紛れるだろうしな。
 俺にできるのは、そのぐらいだ。

 映画を見て、ファミレスで昼食をとり、カラオケやゲームセンターで騒いでいたら、あっという間に六時間が過ぎた。用事もあるので、天宮竜輝と別れ、駒沢花月は自宅方面へのバス停に向かった。天宮竜輝は、別れ際、誰かから電話を受け、相手に対し「『どうにもならんから、お気張りや』って、どういうことですか!?」とか、「今から宝條ですか?」などと言っていたから、何か……言葉の雰囲気から考えて、おそらく天宮杏あたりとの用事があるのだろう。
 停留所でバスを待っていたら、電話がかかってきた。
 とると、天宮杏からだった。
「天宮先輩。今日は、どうも有り難うございました。いい想い出になりました」
『そうですか。それは、よかった』
 穏やかな声だ。その声に、充実感が胸に満ちる。
「これで、気持ちに区切りが付きました」
『うんうん。転校先でも、気張ってや』
「はい」
 杏の言葉に応えた瞬間、涙がにじんできた。泣かないつもりだったのに、涙が抑えられない。
『駒沢はん』
「……はい」
 声が震えてくるのも、抑えられない。
『こういうこと言うたかて、慰めにもならんのは、ウチにも、ようわかってます。せやけど、言わせてな? 世の中、悪いことばかりやない。きっと、ええこともあります。せやから、絶望だけは、したら、あかんよ?』
「……はい」
 涙が頬を伝っていく。
『ウチは立場上、こういうことしか申せまへんのやけど。あんさんが神(かみ)さんにしがみついとったら、決して神さんは、あんさんから、離れまへん。神さんはな、親様(おやさま)や。あんさんのことを、決して見放したりしまへん』
「……はい」
 なぜ、転校しなければならなくなったか、なぜ、絵の夢を諦めなければならなくなったか。
 泣いても泣ききれない。親を恨んでも恨みきれるものではない。
 天宮竜輝のことも好きだった。だが、彼は自分の手が届かない存在。
 それでも、せめて、転校する前に楽しい想い出が欲しかった。そんな想いを抱いて、先日、暮満の和風喫茶「梅花庵(めいかあん)」でお茶を飲んでいたら、新輝学園の卒業生、天宮杏が入ってきた。そして、世間話をするうちに、自分の想いや境遇を話していたら、「あんさんの境遇をどうこうすることはできまへんけど、想い出作りなら、お手伝いさせていただきます」と言われ、その夜のうちに、電話で今日の「手順」を説明されたのだ。
 正直なところ、「訳がわからない」に尽きるのだが、実際、想い出作りができた。ただ、「天宮竜輝は事情を知らないから、『オーロラ』へ行くまでは、何も知らない風を装え」と言われたのが、気には、なったのだが。
 そういえば、今日、天宮竜輝や花月に電話がかかってきたタイミングも、まるでどこかから見ているかのようだし、そもそも、梅花庵で出会ったのも、偶然にしては、できすぎの感もある。
「あの。天宮先輩。どうして、私が一人でいる『今』、お電話をかけることができたんですか?」
 周囲に杏の姿がないことを確認して、花月は言った。考えてみれば、近くに天宮竜輝がいる可能性もある。そうしたら、杏の「計らい」も、すべて水泡に帰す可能性だってある。
 なので、率直に疑問を口にしたら。
『え!? ええと、ええとな!?』
 まるで「予期していなかった質問をされた」ような、うろたえ方だ。
 だが、以前、クラスメイトから聞いた話では、杏はスピリチュアルの事務所でバイトをしているという。そこに相談に訪れた人は皆、程度の差こそあれ、何らかの「救い」や「癒やし」を得ているらしい。つまり、そこの所長は「本物」ということなのだろう。
 自分も、もっと早くその事務所に行っていれば、今のようなことにならなかったかも知れない。「遅かった」というほかない。
 いずれにせよ、それほどの実力者がいる事務所でバイトしているのだから、もしかしたら、そこの所長に何か言われたのかも知れない。
 杏が、花月の質問に対し「女の勘」とかなんとか、どう考えても苦しい言い訳をしたあと、こう言った。
『あんさんが「中山はん」になっても、「花月はん」であることに、変わりありまへんえ?』
 その言葉に、花月は自分の感情を抑えられなくなった。
 電話越しに、花月は自分の慟哭をあふれるまま伝えた。
 杏は、それを聞き、一緒に泣いてくれた。
 停留所にいる人が訝しげに花月を見ていることも、バスを二本、過ごしてしまったことも、気にならなかった。
 ただ。
 今の自分の心を共有してくれる、そんな人がいることが、嬉しかった。


(今日も杏とて。継 特傳之章・了)


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