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作品名:今日も杏とて。継 肆之章 作者:ジン 竜珠

第4回 4
 そして、いつの間に開いていたのか、扇子を口元に当てた。
「誰かを正しい方へと導く。なら、その『正しい方』って、なんや? 人の数だけ正義はあります。もちろん、護らなならんもんも、あります。そこを自分は押さえてられるんやろか? そこを、常に見んと、独りよがりの正義へと、ミスリードしてまう。もしかしたら、内木はんの中で、そのへんの『軸』がブレてるんや、ありまへんか?」
 その言葉が、僕の頭に静かに染みてきた。
「それにな? 相手のことがわからんのは、当たり前のことや。そこをわかろうとするんが大事なんやないかなあ? そのお人が、何を大事に考えてるのか、それを理解すんのも、必要やと、ウチは思います」
 そうだった。担当教官から、何度も「生徒と同じ目線になれ」って言われたっけ。それって、同じものを見て、その子が何を感じているのか、同じ感性を共有することだって、教わったはずじゃないのか?
 理論と実地じゃあ、大違いだ。
「失礼な言い方になりますけど、相手を自分の方へと引き寄せるには、内木はんは、まだまだ、経験不足やと、ウチには感じられます。せやったら、今は、自分の方から生徒さんに近づいて行くのが、ええんやないかなあ? もちろん、それぐらい、おわかりやと思いますし、今も、そうお考えやと思います。でも、日々の忙しさで、いつの間にか、それが『惰性』になってまへんか? センセかて、人間や。理性が吹っ飛んで『こいつ、叱り飛ばしたろ』て思うこともありますやろ。でも、それに対して、フォローせんと、お互い、苦いもんだけが残ります」
 僕の頬が、熱くなるのが感じられた。……恥ずかしさで。もしかして、赤くなってないだろうか? それを、杏さんに気づかれてないだろうか? そう思ったら、ますます頬が熱くなった。
「教育(きょういく)ってな、『教え育てる』と同時に『共に育つ』っていう意味がありますのや。自分から、相手を理解しよ、ほんで、一緒に何かを考えよ、思わなんだら、それはただの学問指導マシンです。内木はんがおなりになりたいんは、教師ですか? それとも、マシンですか?」
 彼女の真意が見えてきた。
 彼女は、僕の中にある「教職への情熱」という、根幹を見るように言ってるんだ。
「失礼を承知で、言わせていただきます。自分の『芯』が、いつもグラグラ揺れとるような人間の言葉なんか、信頼するに足るものやない。相手にするだけ時間の無駄というもの。……そうや、あらしまへんか? せやから、生徒さんも、無意識のうちに、内木はんのことを、信用してないんと違いますか? 生徒さんによっては、一日のうちで、ご家族よりも長い時間を一緒に過ごすんや。信用ならん人間と過ごすんは、気持ち的に、どうなんやろうなあ」
 その言葉に、僕は縮こまるしかなかった。僕は何を考えて、教師を目指したんだろう。こんな簡単に揺らぐほど、僕の情熱は、弱いものだったんだろうか?
「内木はん。何をしたらええのか、ウチには言えまへんし、そもそも言うべきやありまへん。せやから、一言だけ」
 杏さんはそう言って、優しい笑みを浮かべた。
「お気張りやす」


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