「何よ、小娘のくせに! 世の中ってね、甘いものじゃないのよ! 頭を使って体使って、罠を仕掛けて、誰かを引きずり降ろして、成功を勝ち取ることの、どこが悪いのよ!」 「せやなあ」 と、女の子は苦笑いを浮かべた。 「あんさんの仰ることも、もっともや。それが、あんさんの信念やったら、ウチはもう何も申しまへん。せいぜい、頑張って、他人様(ひとさま)のお心を踏みにじって、セレブでも何にでも、おなりになったら、ええ。自分の信じる道を歩きよし」 ……最後の言葉で、なんだか、見捨てられたような感じになった。 「ウチ、これから、木島はんにお会いせなならんさかい、これでお暇(いとま)します」 女の子がそう言った時、携帯が鳴った。 でも、体が動かなくて、すぐには、電話に出ることができなかった。どうにか、女の子から視線を外して電話に出ると、それは、三沢さんからだった。 今夜の、私の予定の確認だった。 空いているので、食事の約束をした。 でも。 どうしても言いたいことがあった。 「あのね、三沢さん。話したいことがあるの。……うん。大事なこと。……詳しいことは、今夜、会った時に。……うん。電話じゃ、ちょっと。あ、それから! ……谷さんのこと、あまり悪く思わないであげて? ……うん、確かに、私、そんなこと言ったけど。……うん、変なのはわかってる。だから、それも含めて、今夜……」 通話を切ったとき、そこはビルの中じゃなくて、表通りで、女の子の姿はなくなっていた。どうやら「レゾン・デートル」へ昼食をとりに向かう途中のようだ。 とても苦いものを胸に抱きながら、私は、社に戻った。 課長、今、時間はいいだろうか。木島さん、午後に、課長と話す時間がないだろうか。 三沢さんを通じて、木島さんに謝れないだろうか。 三沢さんに嫌われるかも知れない。 もしかしたら、私、この会社にいられなくなるかも知れない。 でも、ひょっとしたら。 私の見たことが本当にこの先に起きることだとしたら、私は、会社どころか人間社会にいることができないかも知れない。 今、見たことは、白昼夢かも知れない。あの女の子は、私の作った幻かも知れない。 たとえそうだったとしても、今、この胸にはとても苦いものがある。こんな思いで成功を手にしたとしても、きっと心の底から、それを楽しめないと思う。 私の今の決断が正しいのかどうか。せっかく私なりのサクセスへの道が見え始めたのに、ここで、それを諦めることが正しいのかどうか。 その答は、多分、今すぐには出ないと思うけど。 答えが出たとき、私、後悔するのかしら? それとも。 笑顔になっているのかしら。 「ウチは、あんさんの奥底にある、煌めきを信じてますえ?」 あの女の子の声が聞こえたような気がした。 何かを慈しむような、とても優しい声だった。
(今日も杏とて。継 参之章・了)
あとがき 着想の原点は、杏さんがいうところの「えげつないことをしてはる、お人」の奥底にも、煌めきがあるはず、それをどう磨き出そうか、でした。 本来なら「尾関千鶴」が、「これまで『何』を見てきたか」というところも描かないとならないんですが、今の腕では、冗長になりますしねえ。それに「今日も杏とて。」及び「同 継」のコンセプトは、「テレビドラマでは、あまり扱わないような、小さなドラマ」を描きたい、ってことだったので。 今回のお話、よくドラマで扱ってますよね(苦笑)。
あと。 「連載ペースが『スローペースになる』とか書いておきながら、長くても十日ぐらいしか空いてないのは、おかしくない?」とお感じの方もいらっしゃるかも知れませんが。これは、本当に偶然です。実は、「緒之章」を掲載させていただいた時点で「壱之章」、「壱之章」を上げさせていただいた時点で「外傳之壱」を書き上げています。 こういうスタイルをとっている関係上、時間がかかるだろうなあ、と思いましたので、あのような表現を使わせていただきました。
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