あたしは溜息をついた。まずいなあ、こんな幻覚とか幻聴とか。早く治さないと。 「あ。その目は、オイラのことを幻か何かだと思ってるね?」 「うん。ていうか、それ以外の何ものでもないわよね?」 仕方ないなあ、とか言いながら、ヌイグルミが浮かび上がった。 「見てて」 そう言うと、ヌイグルミが河原の上の道へ行って、ちょこん、って感じで座り込んだ。 何する気なんだろ? 自分の幻覚ながら、その行動が予測できない。 すると、すぐに、大学生のお姉さんぽい人が歩いてくるのが見えた。名前は知らないけど、学校へ行く途中で、何度か見かけたことのある人だ。その人、ヌイグルミに気づいて、それに手を伸ばした、その時! 「きゃあ!」 いきなりヌイグルミが飛び上がって、女の人が驚いた。そして、驚いている女の人の周囲を、ヌイグルミが浮遊する。女の人は、もう一度、悲鳴を上げて、駆けて行った。 ヌイグルミが飛んで、あたしのところへ戻ってきた。 「どう? 信じた?」 「うん。手が込んだ幻覚だなあって思った」 「困ったなあ」 と、ヌイグルミが、宙に浮いたまま腕を組む。そして、あたしに言った。 「しょうがない。ねえ、自分の胸を見てよ」 「胸?」 「うん。本当は、こんな『外』で確認させるのは、乙女に対して失礼だろうって思ったから、やめようと思ったんだけど」 「胸、ねえ」 あたしは、白のブラウスの襟元を、ちょっとだけ、引っ張って、胸を覗き込んだ。 「……なに、これ?」 あたしの目に、妙なモノがうつる。そして、一度、顔を上げて、ヌイグルミを見ると、ヌイグルミが、ひどく深刻な表情で頷いた。 念のため。 あたしは、周囲に人がいないことを確認して、リボンをほどき、ボタンを上から二つまで外して、鞄からコンパクトを出し、開いて、自分の胸元を鏡に映した。 「なに、この紫色のハートのオブジェは?」 大きさは五センチ角に収まるかな? 透き通った紫色の、ハート型をした立体物が、あたしの胸の、ほぼ中央にある。とろうとしたけど、とれない。 「無理だよ、エーテル体に直接、融合してるから」 「なに、その『エーテル』なんとか、って?」 「人間の体の一種さ。手で触れることはできないけど」 難しいことを言ってるヌイグルミに、あたしは、とりあえず、質問した。 「これ、何?」 「それはね、セレスティアル・ハート。星座の管理モジュールなんだ」 ますます、わからなくなっただけだった。
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