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作品名:今日も杏とて。継 外傳之壱 作者:ジン 竜珠

第3回 3
 お茶を一口、飲んで、笑顔で杏が言った。
「そうですか。二日後に、東京へ、電車でお下がりになるんやなあ」
 その言葉に、赤石が首を傾げた。
「下がるって……。東京へは、上りの電車に乗るんだけど?」
 杏がちょっと考え、苦笑いを浮かべた。
「すんまへん。ついこの間まで、ウチとこが、この国の都やったさかい、つい、な」
「ついこの間って。東京遷都って、随分前、ていうか、江戸時代から東京がこの国の中心……」
 杏が、不満げな表情になった。
「東京か。ウチ、賑やかなの苦手やけど、毎日がお祭りなんやろな。『ついで』に、いろいろキラキラしてるんやろなあ。でも、『花』が、ないなあ」
「え? 花、て?」
 どう見ても赤石は置き去りになっているが、それに構わず杏は言った。
「それに『艶(つや)』も『寂(さ)びたところ』もありまへん。どやろ、東京での用事が済んだら、足伸ばす、いうのんは……?」
 どこか、嬉しそうな表情になった杏に対し、困惑した表情で赤石が聞いた。
「足伸ばすって、どこへ……?」
「杏さん! 簡単な説明とか、ボクがやっておきますから、杏さんは、護符の準備とか、いろいろとお願いします!」
 珠璃が割り込むと、杏は「ええけど?」と、首を傾げて、別室へと向かった。
 その背を見送り、珠璃は小声で赤石に言った。
「すみません、あの人、なんていうか、浮き世離れしたところがあるから」
 その言葉に、赤石も苦笑いで言った。
「うん。なんとなく、感じてるから」

 制服に着替えると、珠璃もデスクに着いた。赤石が帰ってから二十分、もうしばらくしたら、違う相談者が来そうな気がする。何気なく外の風景を見ていたとき、ふと、こんなことを思って口に出してみた。
「原付の免許、とっておくべきですかね?」
「いきなり、どないしたんですか、珠璃はん?」
 杏が小首を傾げる。
「なんとなく思ったもんですから、深い意味は。そういえば、杏さんは、免許、持ってましたよね?」
「へえ。この二月に、とりました」
「車は、持ってないんですか?」
 杏は、意味ありげな笑顔を浮かべて言った。
「珠璃はん。お車いうのんはな、基本的に殿方が運転なさるもんや。そんでな、女はそれに乗っけてもろうて、行きたいとこへ連れて行ってもらうもんですえ?」
「そうなんですか?」
 いつもながら、杏は、世間一般とは違う考え方をするみたいだ。そう思いながら、珠璃は先を促した。
「つまり、車はいらない、と?」
「それは、それぞれの、お人の好みやら、ご都合やら、です。でも、人生も、同じや。女はな、殿方の運転する、お車に乗してもろうて、幸せまで連れて行ってもらうもんやで?」
 杏の人生観というものが、珠璃には今ひとつ理解できそうにない。確かに、自分も竜輝の人生に「合流」するつもりでいる。だが、それは決してハンドルを全面的に委ねるものではない。時には、運転を替わる必要もあるのではないか、と思っている。
 そう思っていると、杏がいつの間に出していたか、親骨が朱色の扇子を取り出し、いつものような笑みを浮かべている口元に当てた。
「でもな? その男を操縦するんは、女や。どこへ行きたいか、よう考えて、殿方を操縦して、そっちの方へお車を動かしてもらう。これが大切なことや。珠璃はんも覚えておいた方が、よろしゅおすえ?」
 やっぱり、杏は、浮き世離れしているようだ。


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