小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:今日も杏とて。継 緒之章 作者:ジン 竜珠

第2回 2
 もうじき水無月も終わる。
 杏は、今、ふるさとに帰ってきていた。
 帰郷した折に、必ず訪れるのが、神の鎮まり坐(ましま)す、いくつもの社(やしろ)。今、彼女は青空の下、朱色の鳥居のトンネルをくぐりながら、己の心に去来する思いを見つめていた。
 この鳥居の数は、名称だけでみるなら「千」だという。実数は、それより少ないらしい。だが、ここの神域にある鳥居の数は、「千」に収まるものではない。
 今、自分の心にあるのは、それと同じではないか?
 たとえ「十」のことと見えても、その奥には、そして底には、百のことが横たわっているのではないか?
 そう思って、彼女は帰ってきたのだ。この三月にも、事務所の開設準備もあって、帰郷したばかりだというのに、三ヶ月もしないうちにまた帰ってくるのは、正直、情けなくもある。ある意味、「負け」であるとも感じる。
 だが、ここでその問題を見過ごしておいたら、取り返しのつかないことになるのではないか、と彼女は判断した。
 師匠のあの女性なら、自分の悩みをなんとかしてくれるのではないだろうか?
 もしかしたら、それは杏の「甘え」であるかも知れない。この一月に、「真洞篭(しんとうこもり)」という行を修めた。その行で、彼女は心身ともに過酷な試練を受け、その進境には著しいものがあった。このように表現するのは「驕り」であると自覚しているが、今の彼女の境地は、おそらく同門の中でも、高弟に匹敵するだろう。
 そう、宗師の孫である天宮竜輝(あまみやりゅうき)でさえ、彼女の足もとには及ばない。
 それほどの境涯にありながらも、……否、そのような境涯に到達したが故に、彼女は己の至らなさを自覚し、不甲斐ないと思っているのだ。
「なにしとんのや、ウチ」
 鳥居を抜け、空を見上げて、杏は呟いた。

「おひいさま、お帰りやす」
 天宮の分家で、このエリアでは師範として、そして杏の後見人を請け負っている烏丸水穂(からすまみずほ)は、笑顔で杏を迎えた。
「ただいま、先生」
 笑顔で杏は言ったが、その笑顔には、どこか曇りがある。やはり、何か悩みを抱えていることは間違いないようだ。
 天宮流神仙道では、免許皆伝に至る過程で、いくつもの関門をくぐる。それをクリアしてこそ、道士として、そして神仙として成道(じょうどう)できるのだ。それはつまり、必ずしも万人が、関門を通り抜けることができるわけではないことを意味する。
 一つ目の関門は「身心縛(みこころしばり)」という。早い者は、少年期にこの行を課せられる。宗家の嫡男・天宮竜輝は小学校に上がるかどうかという段階で、この行を超えた。だが、彼も、まだ「真洞篭」を許されていない。現宗師・天宮瑞海でさえ、この行を授けられたのは二十代前半のことだったという。
 それを杏はまだ十代で授けられ、成し遂げたのだ。これは異例中の異例であった。天宮流の、もはや神話的存在ともいえる竜弦(りゅうげん)宗師以来だ。幕末から明治初期の宗師・天宮純凱(じゅんがい)の実父である竜弦宗師は、在世期間は短かったが、数多くの咒術を編み出した。その中には、失伝したのか、あるいは「秘伝」として隔離されているのかどうか、定かではないが、現在では名のみ知られているものもある。
 もしかすると、杏はそれだけの器になれる存在かも知れない。そう思うと、それだけの逸材を育てることができるのは、まさに喜びであった。
 だが、今、杏の瞳には迷いが見て取れる。
 そうだろう。いかに過酷な行を修めたものとはいえ、まだまだ若輩の身、完全に迷いを絶つことなど、不可能事だ。
「まずは、お茶をお上がりやす」
 そう言うと、
「へえ。よばれます」
 と、杏は笑顔で頷いた。
 やはり、その笑顔には、どこか曇りがあった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 24