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作品名:今日も杏とて。episode.8 作者:ジン 竜珠

最終回 3
 そして、しばらく何かを考えていたようだけど、不意に笑顔になって言った。
「野本はん、陰陽道の知識をお持ちですなあ?」
 ……。
 いや、今さら驚く事じゃないか。
 俺は頷いた。
 すると杏さんは言った。
「木火土金水(もくかどごんすい)。基本中の基本です。せやったら、五行相生(ごぎょうそうしょう)、五行相克(ごぎょうそうこく)も知ってはりますなあ?」
「ええ」
 と、俺は言った。
「木から火が生まれ、火から土が生まれ、ていうのが、五行相生、木は土を克(こく)し、水(すい)は火を克す、っていうのが五行相克っていう、あれですよね?」
 頷くと、杏さんが言った。
「つまりな。火は木から生まれ、火は金属を溶かす、いうことや」
 何が言いたいのか、さっぱりわからない。確かに、そうだけど、それが一体、何の意味が?
 穏やかな笑顔で……それこそ、俺を安心させるような笑みを浮かべて俺に言った。
「これな、すべては循環してる、いうことです。木生火(もくしょうか)、火生土(かしょうど)、土生金(どしょうごん)、金生水(ごんしょうすい)、水生木(すいしょうもく)。これが相生。木克土(もくこくど)、土克水(どこくすい)、水克火(すいこくか)、火克金(かこくごん)、金克木(ごんこくもく)。これが相克。ご存知ですやろ?」
 俺は黙って頷く。
「……これな? 木は土から養分を奪うけど、その木は、土がはぐくんだ金属によって伐り倒されるいうこと。同じように、火は金属を溶かすけど、その火は金属の表面に生まれた水によって消される、いうことなんや。土は水の流れをせき止めるけど、その土は、水によって育てられた木がやっつけてくれるんや」
 彼女の言いたいことが、なんとなく見えてきた。
 俺の表情から何を読み取ったか、彼女が嬉しそうになる。
「世の中な、必ず循環してますのや。あんさんを困らしてる出来事も、あんさんの知り人の中に、解決できるお人がいてる、いうことです。このマチゴマな? 今すぐに動くんは、ようないけど、時を待っとったら、何か出来るお人が、必ず、現れる、いうてます」
 えっと。その「何かできる人」が、呪術師で、それが君たちだと思ったから、俺、ここに来たんだけど?
 そう言おうと思って、口を開きかけたら、珠璃ちゃんが、どこか余裕を感じさせる笑みを浮かべて言った。
「多分、その現象、霊現象じゃないと思いますよ?」
「……え?」
「例えば、ですけど。共振現象、とか、単純に配管の関係とか、あと、滅多にないんですけど、高周波や電磁波による、家電の誤作動とか」
 言ってる意味がわからない。
「そういうお人が早く現れるように、祈願さしてもらいます。あとな?」
 と、杏さんが、まるで……。そう、まるで慈母のような笑みを浮かべてこう言った。
「世の中、循環してます。絶対に、『行き詰まる』、いうことはありまへん。せやから、どんなことがあっても、希望を捨てたら、あかんよ?」
 何かを、見透かされたような気がした。今のところ、俺は希望を捨ててはいないし、捨てるような希望も持ってないけど。
 もしかしたら、将来、そういう出来事が俺に降りかかるのかも知れない。

 それから一週間ほどして、俺の話を聞いた友人が誰かに相談したらしくて、その人を経由して、俺の住んでるアパートを、専門家がチェックすることになって、その結果……。

 今度、あの事務所に、限定スイーツでも差し入れに行こうか。
 俺はそう思いながら、カレンダーを見た。

 いつの日か。
 そう、いつの日にか、もう一度、あの事務所に行こう。
 俺は、サインペンを手に、カレンダーを眺めた。


(今日も杏とて。episode.8・了)


参考:エピソードリスト(全文)

1.変なスピリチュアルに凝っている依頼人。そのせいで家霊が家の中に入れない。遠くから来ているが、もしかしたら、遠くにある「何か」に縛られていて、ここまで来られないかも知れない、と誤解。その「何か」が無くなる前に手を打ちたいと、杏の元へ。

2.陰陽師志願の青年。単なる科学的現象を霊現象と思い込む。五行のたとえで、青年の身近に、その事件を解明し、解決できる人がいることを示す。

3.杏にまとわりつく霊。杏に恋い焦がれて病死した後輩が、妖魔化したもの。倒すより、成仏させる。

4.自殺志願の女の子。ビルの屋上に上がったところで、杏が待っている。本人が思うより、世の中は複雑に絡みあっていること、自分が思う以上に、自分という存在がいろいろな事物に関係していること。もしかしたら、自分が誰かの希望になるかも知れないこと。「自分」という「可能性」が一つなくなるだけで、どれだけの「可能性」が世界からなくなってしまうかを、「医者になったら」「薬剤研究者になったら」というたとえ話で、思いとどまらせる。

5.杏の事務所に道場破り。霊力も武術の腕も、杏の足もとには、遙か遠く及ばない。杏に「修羅の炎」を抱えていて、いずれ、その炎が身を滅ぼすと予言される。思い当たるところがあった術士、一転、弟子入り志願。めんどくさいので、「その炎を鎮める法具が日本各地にある」とデッチ上げて、追い返す。しかしその青年、それを真に受けて、旅に出る。

6.サラリーマンの父親を毛嫌いし、社会の歯車を否定する少年。親子喧嘩し、家を飛び出す。夜、街を歩いているところで、杏と遭遇。「歯車が噛み合うことで、正確に時を刻む時計」の喩えで、少年の心を解きほぐす。少年、杏に連れられ、家へ帰る。振り返ると、そこには杏の姿はなかった。

7.人生には夏も冬もある。不当な部署異動で、失意にあるOLを、冬には冬の過ごし方があると、勇気づける。

8.進路に悩む後輩。仕事は「私事」「使事」「仕事」「志事」の「四事」であると示し、考えさせる。結論は自分で考えるように言うが、さりげなく「自分の好きなこと」「自分のしたいこと」「自分にできること」の違いを考えさせ、暫定的な結論を導くように仕向ける。


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