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作品名:今日も杏とて。extra episode.2 作者:ジン 竜珠

第5回
 その時、俺の横で声がした。
「やっぱり、天宮くんだ」
 その方を見ると、そこにいたのは、同じクラスの片島志穂(かたしま しほ)だ。
「ああ、片島か。どうした、こんなところで?」
「うん、ちょっと。……一緒にいるのは天宮杏先輩ですね。先輩のことは、いろいろと伺ってます」
 と、片島が杏さんに一礼する。
 条件反射的に、俺も杏さんを見た、その時だった。
「……杏さん?」
 片島をみて、頭を軽く下げて礼をかえしたときの杏さん、なんか、妙だな?
 それまで神妙な表情だったのに、一瞬笑ったような……。そう、いつも浮かべてる、何か企んでるときの笑みが、口元に浮かんでたような……。
「おや? どうかしましたか、竜輝はん?」
「いえ。別に」
 確証がなかったんで、俺はそう答えておいた。

「どうか、しはりましたか? 何か、難し顔、してはるようやけど?」
 杏さんから声をかけられ、一瞬ためらったようだが、片島は言った。
「わたし、今、イベント会社でバイトしてるんですけど。今日、ニューソウマで午前と午後、ヒーローショーがあるんです」
 ニューソウマっていうのは、宝條にあるショッピングセンターの一つだ。
「それで、ちょっと問題が起きちゃって」
「問題? なんだ、それ?」
 と、今度は俺の方から聞いた。
「うん」
 と、片島は俺の座席と背中合わせになる椅子に座って……もともと、このボックス席についていたらしい。もう一人、年上っぽい女性が一緒にいる……、話し始めた。
「実はね、ヒーローショーに出る、ヒーロー役の役者さんが急な怪我で、来られなくなっちゃったの。バーターの人を用意してないし。代役の人は手配できたんだけど、その人、都合があって、午後の部しか出られなくて、急な話で午前中の人が見つからなくて。午前の部を中止にしようかってことになりそうなの。でも、ゴールデンウィークの目玉企画の一つだし、遠くから来る子どもたちもいるから、簡単に中止にするのはよくないし」
 そして、俺をまじまじと見る。
「天宮くん、そういえば、この三月の演劇部の定期公演に出てたわよね? それに、武道の腕前もプロ並みだって聞いたことあるし、スポーツも万能。何より、身長とか体格とかが、コスチュームに合ってるみたい。演技経験もあるし、もしよかったら……」
 なんか、イヤな流れになって来やがったな。とりあえず、断っておこう。
「すまんが、片島。俺、そういうのは向いてないし、出来ねえから」
 そう言うと、一瞬、残念そうな表情になった片島だが、不意に杏さんを、じっと見た。
 なるほど。「将を射んとせばまず馬を射よ」か。杏さんを説得して、そっちから、俺を口説き落とそうってか。
 ……まずい! こういう話、杏さんの好物じゃねえか!
 慌てて杏さんを見ると。
 ……あれ? 予想に反して、杏さん、困ったような顔をしてる。杏さんは俺を見て、そして、片島に向いて言った。
「すんまへん。かわいい後輩のお願いやさかい、聞いてあげたいんやけど。……申し訳ありまへん。今日は。……ウチだけの独り占めにさせてもらえまへんやろか?」
「杏さん……」
 俺は、胸が締め付けられるような思いになった。
 すると、杏さんは、妙に清々しそうな顔で俺を見た。
「せやけど、困ってるお人がいたなら、そして、その困りごとに対して、お手伝いできる『何か』を持ってるんやったら。なにをするべきか、お分かりですな?」
 俺は杏さんの心の中で、どんな葛藤が起きているか、察してみた。
 そして、おそらく杏さんなら選ぶであろう、そして喜ぶであろう答を、片島に向いて口にした。
「わかったよ、片島。俺に出来る範囲で、だけど、手伝いさせてもらうぜ」
「ほんと!?」
 片島が笑顔になった。
 杏さんを見ると。
 彼女も笑顔になって言った。
「それでこそ、竜輝はんやなあ」


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