小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:今日も杏とて。extra episode.2 作者:ジン 竜珠

第4回
「あのな、ある夏のことなんやけど」
 ぽつりぽつり、って感じで、杏さんが話し始めた。
「ある女の子がな、ある男の子に出逢うたんです。でな、その女の子、その男の子のこと、好きになってしもたんです」
 なんだ? いきなり、何の話を始めたんだ、この人?
「でも、その男の子、別の女の子と、おつきあいすることが、その女の子にはわかってしもたんです。……ただ、な? 同時に、その女の子は、こう思たんやて。『覆(くつがえ)せん未来なんか、そもそもわかれへん』て」
 覆せない未来は、そもそもわからない……か。なんか、ピンポイントすぎる表現だな。
「それで、その女の子、希望を捨てへんかったのどすが、あるとき、わかってしもたんです。ああ、この男の子、その別の女の子と、添い遂げてまうんやなあ、って。ていうのも、ある時を境にして、その男の子と別の女の子のこと、二人の先が、まったくわからんようになってしもたんです。先がわからん。つまり、もう決して覆ることのない未来が決まってる、いうことです」
 ……。なるほど。なんとなくわかってきた。その「女の子」ってのは、杏さんだな。彼女にも、そういう風に、誰かに恋心を抱く頃があったのかと思うと、ちょっとした驚きと同時に、感動さえ覚えるな。
 でも、なんでそんな話を俺にするんだ? それこそ、連れてくるなって言われたけど珠璃とか、あと姉貴とか紗弥さんに相談した方が、いいんじゃねえかな?
 あ、そうか。彼女なりに、相談しづらいっていうのがあるのかもな。
 そう思っていたら、杏さんがうつむき、上目遣いになって、俺を見て、そしてまた下を見て、小さな声で言った。
「その男の子、今、その『別の女の子』と、おつきあいしてはります」
 へえ。それはキツいな。
「そんで、どの程度かは、わかりまへんけど、その『別の女の子』、少なくとも、男の子のお母様からは、お嫁さんとして認められてます」
 ……ええ、と?
「その男の子、かなりのニブチンで、その女の子の気持ちに、まったく気付いてへん」
 …………ちょっと待って?
「ホンマ、憎らしゅうなるわ。ハッキリ言わな、ならんのかな? 女の子にそこまで言わすんは、男として、情けない、思わんのかな? もしその男の子が目の前におったら、ウチ、ブン殴っとるのにな」
 と、ちょっとだけ、杏さんの声に「棘(とげ)」のようなものが、混ざる。
 もしかして、杏さんが言ってるのって……。
「でもな」
 と、杏さんが顔を上げ、微笑む。
「もうええねん。その女の子、自分の気持ち、心の宝箱の中に収めることに決めました。ほんで、せめて、これまで通り、お友達づきあいをしよ、て」
 そう言って、俺を見て、寂しそうに微笑む。
 そこには、「心域の砦」で相談者の手助けをする杏さんでも、俺たちを振り回す小悪魔のような杏さんでもなく、ただ一人の、「天宮杏」という、小さな女の子がいるだけだった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 128