小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:今日も杏とて。episode.6、out of numbers.3 作者:ジン 竜珠

第4回 episode.6−4
 杏が頷く。
「ほんでな、一つ目はな、これや」
 そう言って「私事」と書く。
「一つ目の『しごと』は、自分のためだけにする、お仕事です。生きるためやら、狭い意味での、自分の生き甲斐やら、そういうもんです。これがなかったら、人間、生きてられまへん」
 次に杏は、「使事」と書く。
「二つ目の『しごと』は、これです。誰かのお役に立つこと、家族や雇い主や、どなたかに使っていただくお仕事、ですなあ。これがなかったら、人間関係、ギスギスしてまう。世の中、おもろないで?」
 次に杏が書いたのは「仕事」だ。
「三つ目はいわゆる『しごと』です。社会に奉仕するためのお仕事ですなあ。これがなかったら社会は回りまへん」
 ここまでのことを、充幸は理解しているらしい。まあ、ここまでは、容易に理解できる内容だろう。
「この三つの『しごと』は、それぞれ関連してます。『私事』が『使事』になることもありますし、『私事』を『仕事』にしてるお人も、ようさん、いてます」
 メモ用紙に書いた字を示しながら、杏が説明する。
「でもな? それとは別の次元で存在する『しごと』もありますのや。それが、これです」
 メモ用紙に大きく書かれたのは、「志事」。
「志(こころざし)を立てること。この『しごと』に、必ずしも出会えるとは限りまへん。それどころか、この『しごと』に出会ってしもうたために、毎日、ひもじい思いをせんならんことも、ままあります。世の中にはな、この『しごと』と、さっきまでの三つの『しごと』が組み合わさったお人もいてるし、全然、別個になってるお人もいてはります。ついでに言うと、この『志事』を、絶対に見つけなならん、いうもんでもありまへん」
 充幸の表情に、困惑の色が浮かぶ。それはそうだろう。杏は、決して、「何か」を強制したりはしない。それは、すべて「人それぞれ」であり、さらに「社会情勢」「周辺の事情」が絡む、など、自分一人の考えだけで行動できるほど、世の中は単純ではないからだ。それは、珠璃自身が深く感じていることでもある。
 神仙道的に解釈すれば、さらにそれに個々人の持つ「因縁(いんねん)」「機縁(きえん)」「業(ごう)」も絡んでくるから、事態はより一層、複雑になるのだが、その辺りは、充幸に説明することもないと、杏は判断しているだろう。
 このように、曖昧な助言をすることに、戸惑いを感じる相談者も多く、エゴサーチすると、「心域の砦」のことを酷評する向きも、少なくない。それでも杏の中には一本の「軸」が通っており、それがブレることはない。この辺り、竜輝と共通するところがあり、また、珠璃が杏を尊敬している由縁(ゆえん)でもある。
 もっとも、何らかの形で相談の「答え」を導き、トラブルの場合は、ちゃんと解決しているので、客足は、むしろ増えてきているのだが。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 157