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作品名:今日も杏とて。extra episode.1 作者:ジン 竜珠

第5回
 店内は、結構広い。ボックス席が七つある。ただ、なんていうか、ちょっと違和感がある。和風喫茶っていうコンセプトに合わせて、それっぽい内装ではあるけど、どこか、近代的な感じがする。手抜きっていうんじゃなくて、そこまで手を回せなかったって感じだな、これは。
 入り口のところにいたのは、五十代前半って感じの女性と、二十代半ばって感じの女性だ。なんとなくだけど、五十代前半の女性が責任者で、二十代半ばの人が従業員って感じだな。
 責任者の女性が俺たちに気づき、慌てて言った。
「い、いらっしゃいませ!」
 いかにも、取り繕ったっぽい。俺が何か言うより前に、杏さんが口を開いた。
「おや? お店、やめはるんですか?」
 いつの間に出したか、朱色の親骨の扇子を顎に当て、そんなことを言う。
 杏さんの言葉に、二人の女性は顔を見合わせていたけど。責任者の人が、つとめて明るく言った。
「そうですね。お客さんもほとんどお見えになりませんし、私も挑戦を続けるには、もう年ですし、このあたりが潮時、か、と」
 すると、杏さんが何かを考えるように首を傾げてから言った。
「確かになあ。『前』のところから移転して、こないに条件の悪いところに来てもうたら、その時点で勝負が決まったようなものやなあ。それに、今の時代、ネットを使うても客足が伸びひんかったら、お手上げや」
 うわ。そこまで言うかな?
「でもな」
 と、杏さんが口元に笑みを浮かべる。
「そのお人が、ご自分の技能で世の中で輝けるか、世のお人のお役に立てるかどうか、それを決めるんは、世間様や。自分やあらへん。確かに、早う見切りつけるんは大事やけども、あんさんの場合、お仲間やら、援助してくれはるお人やら、いてますやんか。そのお人は、あんさんの腕を見込んでるんやで? せやったら、ますます自分だけで決めるんは、そのお人に失礼ですえ?」
 この言葉に、責任者の女性が苦々しげな顔をして、何かを言いかけた。それを制して、杏さんが言った。
「確かに、すべてはケース・バイ・ケース。いつまでもしがみつくのも間違いや。自分だけで道を究めるのも、大事やし、必ずしも世の中に何かを訴えなならん、いうもんでもありまへん。でもな、一度でも『自分自身』だけやなく『誰かの夢をも背負う』ことをお決めになったんやったら、簡単に自分を見限ったらあきまへん。木曜日に、あの『お人』にお会いになる時に、『お店やめる』て言うのは、ちょっと待った方がええんと違いますか? それに新作のお菓子もありますのやろ?」
 二十代の女性が、責任者の女性に「『木曜日』って何のことですか?」って聞いてるけど、責任者の人は答えない。ていうか、多分、そのことは自分しか知らないことだったんだろう、責任者の人は唖然として、杏さんを見ている。その目には、ちょっと「恐怖」にも似た色が浮かんでいた。
 まったく。一体、いつ時点の、何の情報を予知したんだろうな、この人。もっとも、杏さんに予知できるのは、「変わるかも知れない未来」だから、この責任者の人が、絶対にその「お人」とやらいう人に会うかどうか、てのは、わからねえけどな。
 そう思った時、俺は「あるもの」に気づいた。
「杏さん、これって」
 俺が言うと、杏さんが頷き、扇子を開いた。
「ウチにも、今、ハッキリと確認できました」
 そして、扇子で自分を扇ぐ振りをしながら、周囲に漂っている邪気を消滅させた。
 珠璃が、さりげなく、指を弾いて邪気を誘導すると、麻雅祢が掌で、邪気の残りカスを外へと追いやった。これで、この邪気は、外の有象無象の「氣」と混ざって、無害なものになるだろう。
「そや!」
 と、いきなり杏さんが言った。


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