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作品名:今日も杏とて。episode.4、episode.5 作者:ジン 竜珠

最終回
「『冬』に、水着、着て、海に泳ぎに行く。あんさん、寒中水泳の趣味でもありますのか?」
 その言葉が、言外に意味を持っているような気がして、息をのんだ。なぜそう感じたのか、わからないけど。
「全部出し切ってもうたら、充電せんとなりまへん。それを『冬』やとお感じなんやったら、冬なりの過ごし方があるんと違いますやろか? それこそ、ご本読んで勉強さしてもらう時間をいただいた。そうお考えになったら、いかがですか? 年中『夏』やったら、疲れてまうで? 冬には冬の、楽しみ方があります」
 この女の子が何を言いたいのか、何となくわかってきた。
 ……あのね。あなた、まだ高校生か大学生だと思うけど、社会の厳しさ、現実のこと、よくわかってないわよ?
 そう言いそうになって、私は気がついた。
 なんで、この子、私の境遇を知ってるの!?
 この子と私は、お互いに、初対面のはず!?
 そんな私の戸惑いをよそに、女の子は言った。
「お天気でも同じです。晴天ばかりが『ええ天気』と違いますよ? カンカン照りが続いて水不足の時、大雨が続いたら、嬉しいですやろ? それとおんなじや。天気も季節も、巡るから、この国も自然も、素晴らしい。違いますか?」
 この子の言いたいことが何となくわかってきた。その時、彼女に一人の男の子が近づいてきた。その男の子は、女の子に言った。弱り切った表情で。
「お願いですから、ややこしいことに巻き込むの、やめてもらえませんか?」
 その男の子は、いわゆるイケメンだ。
「すんまへんなあ」
 と、女の子はイタズラっぽい笑顔を浮かべる。
 その時、男の子が私に気づいて、女の子に言った。
「えっと。とりあえず、俺は『黙ってみてる』んで、いいですよね?」
 なに? 何言ってんの、この男の子?
 頷いて、女の子が言った。
「あんさんなあ、今、魂が離れてる状態なんや。いわゆる『幽体離脱』やな」
 え? 幽体離脱? どういうこと?
「今な、あんさん、病院に寝てはんねん。詳しことまでは『視え』まへんけどな」
 ……本当に、この子、何言ってるの?
「このままやったら、性質(タチ)の良うないもんが、まとわりついてくるさかい、お戻りに……って、自覚ないから、難しなあ。……せや、ちょっと『痛い』けど、ここから『送り還』しますわ。よろしな?」
 そう言いながら、女の子は、スカートのポケットから扇子を出して、広げた。
 そして、何か口の中で呟き、私を仰ぐ仕草をした。
 女の子は、「痛い」って言ったけど、そんなことはなくて、とても爽やかな風に吹かれたような、そんな感じがした。その風に吹かれて私の体が浮かび上がった時、私は全てを理解した。
 例えば、ヤケ酒をしたこと。例えば、そのせいで足もとがおぼつかなくて、どこかから落下したこと。例えば、一時的に意識を取り戻した時、新しい部署の上司が心配そうに私を見ていたこと。
「冬には冬の楽しみがある」
 女の子の言葉が、妙に胸に焼き付いていた。


(今日も杏とて。episode.4、episode.5・了)


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