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作品名:今日も杏とて。episode.4、episode.5 作者:ジン 竜珠

第3回
 女が仕事を持って、バリバリやっていくのはたいへんだというのは、聞いていたけど。
 確かにその通りだ。
 朝早い時刻。時計も携帯も持っていないので、具体的に「何時」とかいうのはわからない。ついでに言うと、いつの間にここに来ていたのか、私にはその記憶がない。
 場所は、海浜公園だ。そこにある柵にもたれて、海を眺めている。隣の市……千京市ほどの規模じゃないけど、この市にも、それなりに大きい海水浴場があるのだ。この海浜公園はちょっと小高いところにあって、駐車場なんかが整備された本格的なものだ。ここから降りていくと、海水浴場がある。
 ここまで、どうやって、そして、いつの間に来たのか。その記憶がないのが不思議ではあるけど、そして、それに対して、恐怖を覚えていないのが不思議ではあったけど。それは私が今、大きな失望を抱えているがゆえのものだろう。
 この四月の異動で、私は、部署を変わることになった。それまでいたのは、総務部企画第一課だ。だが、今の部署は経理部経理課。要するに、私には企画立案の才が無いと宣告されたのだ。やっと念願だったプランナーになれたのに、たった二年で、別の部署へ回された、この無念がお分かり頂けるだろうか。
 失望の余り、友達相手に泣いてわめいた日もあったし、二日酔いに悩まされた日もあった。巻き返しを考えて随分動いたけど、結果が出ない。
 とにかく、今の私は、抜け殻なのだ。
 これからまたプランナーに返り咲くのは、不可能に等しい。とにかく暗澹(あんたん)たる思いなのだ。
「今日も、お天道(てんとう)さんが、拝めましたなあ」
 突然、声がした。そっちを見ると、私の二メートルぐらい隣の柵に、一人の少女がもたれている。着ているのは、ボルドーのスウェットに、ブラウンのサロペットスカート。髪は腰までまっすぐ伸ばしていて、東洋的な面差しの美少女だ。
 女の子は私を見て、穏やかな笑みを浮かべている。
 ごめんなさい、私、今、見ず知らずの人とお喋りできるほどの余裕が、心の中にないの。だから、私は、ただ、頷いて、また海を見た。そんな私に構わず、女の子は言った。
「常夏の島、いうの、ええですなあ。ウチも、いっぺん、行ってみたいわあ」
 いきなり、何を言い出したの、この子?
 思わず、女の子を見ると、彼女、目を細め、笑顔になって言った。
「海水浴に、かき氷。冷たいジュースに、熱い日射し。想像するだけで、心が浮き立つ思いや」
 本当に、何が言いたいの、この子?
「でもな。年がら年中、夏いうのんは、おもろないで?」
 ……え?
 思わず、私は応えてしまった。声にこそ出さなかったけど、彼女に体ごと向いてしまった時点で、彼女の言葉に応じてしまったのは明らかだ。
「秋が来んかったら、お芋さんも、栗も食べられへん。春が来んかったら、桜のお花見も出来んしなあ。……おんなじや。冬には、冬の楽しみがありますえ?」
 この女の子が何を言いたいのか、さっぱりわからない。だから、私は、ついこの子を凝視してしまった。
「冬はな、『おこた』に入って、ヌクヌクしとったらええのや。ご本、読んでもええし、ミカン食べてもええし。肩までお布団かぶって、お昼寝もええなあ」
 ゆるんだ笑顔の女の子を見て、私は思った。
 この子は、少し、頭のネジがおかしいのかも知れない。美人だし、理知的な印象もあるのに、実際にお喋りしたら、こんな「電波」なんて。本当にもったいない。
 まあいいか。私には関係ないことだ。
 そう思っていたら、不意に女の子が真面目な表情になった。


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