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作品名:今日も杏とて。episode.4、episode.5 作者:ジン 竜珠

第1回
 スピリチュアル相談所「心域(しんいき)の砦(とりで)」は、名目上は、新輝学園理事長の私設秘書・石動紗弥(いするぎ さや)が代表者ということになっている。しかし、実質的には、天宮杏(あまみや きょう)が運営者だ。立場上、杏はバイトということになっているし、それは鬼城珠璃(きじょう じゅり)も同じだった。
 土曜日、午前十一時二十分。土曜日は、杏が通う大学での履修講義の関係上、事務所を閉めている日が多いが、開けている日は正午までだ。
 まだまだ早いが。
「杏さん、そろそろ、閉めましょうか?」
 特に急ぐ用事があるわけではないが、急ぎの依頼人は来そうにない。なので、閉めても、問題ないかも知れない。珠璃は、そう思っただけだ。
 珠璃がそう言うと、杏は少し考えるそぶりを見せてから言った。
「ちょっと待ってくれますか? あと、お一人、お見えになる、思いますさかい」
 どうやら、もう一人、依頼人があることを予知しているらしい。
 そう思って、入り口の引き戸を見た時、珠璃の頭にあることが閃いた。
 理由はわからないが、その依頼人と杏とを、会わせてはいけない気がする。珠璃の直観力は、天宮流神仙道宗家の嫡男・天宮竜輝(あまみや りゅうき)に言わせると「神の領域」なのだそうだ。そこまでかどうかはわからないが、珠璃自身も自分の直観が、桁外れであることは自覚している。だから、
「今日になるとは限りませんよ?」
 と言ったのだが。
「でもな」
 と、杏は、壁に掛けた日めくりを見る。
「日付とか曜日とか、この日になってんのが、視えたで?」
 杏の予知能力は、百パーセントの的中率ではない。そもそも彼女に視える未来は変わる可能性を持っているという。そしてそれを、「神さんのご配慮」と彼女は言い切る。
「でも、もしかしたら、どこかで『混線』してるかも」
 本当に理由はわからない。ただ漠然と、「この依頼人と杏を会わせてはならない」としか感じられないのだ。
 そして、「とりあえず、閉めましょう?」と、立ち上がり、正面の引き戸を施錠しようとした時、通りを歩いていた女性が、「ここ」に気づき、入ってきた。

「私、橘麻雅祢(たちばな まがね)ちゃんと同じクラスで、小沢理美(おざわ さとみ)っていいます。橘さんから、天宮先輩がこのスピリチュアル関係の事務所でバイトしているっていうのを聞いて、相談に来たんです。予約不要って聞いたんですけど、いいですか?」
 おずおずといった感じで、女子が言うと、杏は笑顔になる。
「へえ。構いまへんで」
 どうやら、彼女が視たのは、この女子らしい。
 女子は、相談者用のソファに座ると、口を開き始めた。
「え、と。恋愛の、その、パワースポットを教えて欲しくって」
「……は?」
 杏が眉根をひそめて、首を傾げた。
 まずい、と、珠璃は思った。これは、杏が嫌いなタイプの相談だ。というか、思い切り顔をしかめているところから、明らかに気分を害しているのが見て取れる。
 女子が話を続ける。
「この二月に、雑誌に載ってた恋愛成就の神社に行ったんですけど、何の効果もなくて。それで、こういう事務所なら、いいところを知ってるんじゃないかって思って」
「杏さん! ボクが代わりに相談を聞いておきますから、もう上がってください!」
 珠璃が割り込んだが、杏は、一言。
「ウチがお伺いします」
 口元も笑っていたし、声も穏やかだったが、目が笑っていなかった。
 まずいなあ、とは思ったが、杏が「話を聞く」と言った以上、珠璃にはもう口を挟むことはできない。
「いろいろ、パワーストーンとか、開運グッズとか、試したんですけど、効果なくて。それで、雑誌で見た『恋愛成就にバッチリ効果がある』っていう神社まで、わざわざ電車で行ったんです」
「それは、ご苦労さんやったなあ」
 かわらず穏やかな言葉だが、杏のこめかみに、青筋が浮かんでいるのを、珠璃は見逃さなかった。なので、珠璃は、とりあえず、お茶を入れる、という名目で、この場を離れることにした。


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