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作品名:今日も杏とて。episode.3 作者:ジン 竜珠

最終回
「えっとな。それって、拡大解釈したら、どんなお人でも、どこかの誰かを救うことになる、いうことや。狭い意味で言うたら、看護師さんや、お医者さんになって、文字通り、誰かをお救いすることになる。せやのうても、あんさんが言った言葉、なにげなくとった行動、そんなんが、誰かをたすけるかも知れへん。例えば、どこかで募金したら、それがどこかの誰かをたすけることになる」
「それは、飛躍しすぎよ!」
 この女の人が言っているのは、極論だ!
「せやなあ。確かに、そうかも知れんなあ」
 女の人が苦笑いを浮かべる。今頃気づくなっての!
「でもな、真実やで? ホンマに、何処で何と誰が繋がってるのか、わかれへんのや。あんさんがここで、この世からお暇したら、あんさんが救う『誰か』は、いったい、誰が、救うのや? そのお人、見殺しにするんか? あんさんがここで飛び降りたら、そのお人の人生も狂わせることになるんやで? 他の誰かの人生を無視する権利、誰にもあらへん!」
 突然、強い語調で、彼女が言った。
 自分の肩がビクつくのを感じながら、わたしは、何かを言おうとして、……言えなかった。
「そのことは、あんさんが一番、ようわかってるのと違いますか? 他の誰かに、人生を踏みにじられる辛さを、ようわかってるのと違いますか? 同じことを、今、あんさんは、なさろうとしてるんやで? あんさんがここで亡(の)うなったら、そのせいで、苦しむお人やら、たすけられるはずだったお人やら、いろいろ出ますえ? そんなカッコ悪いこと、あんさん、するおつもりなんか?」
 この女の人が言ってるのは、本当に極論だと思う。だから、無視してもいいはずなのに。
 なぜか、もう少し、彼女の話を聞いてもいいような気がしてきた。
 そんなわたしの心を見透かしたように、彼女が穏やかな笑みを浮かべた。
「中高なんて、たかだか六年間や。黙ってても、時間は過ぎる。毎日、泣き暮らしとっても、放っとけば、そのうち、卒業や。その先の方が、はるかに長くて、それこそ、うんざりする毎日の連続らしいで? そんなん、たまらんわなあ。でも、その間で、楽しい日もあるんと違いますか? せやけど、それも、ここで人生終わらせたら、オジャンやな。……どうにもこうにもならんようになってから、また、ここへ来たらええ。『そん時』は、決定済みやから、ウチにも『視えん』さかい、ここには、おらんから、止めまへん。それにな」
 と、彼女は意味不明なことを言ってから、不意に、イタズラっぽい笑みを浮かべた。
「人の噂も七十五日、なんか声かけられても、すっとぼけとったら、ええのや。徹底的に無視したったら、ええ。変にしつこいんがおったら、お巡りさんに言いつけたらエエねん」
 わたしは、全身が総毛立つのを、感じた。彼女は、わたしのことを知ってたのだ!
 でも。
 今日、この場に来ることを知る人は、いないはずだし、街でわたしを見かけて、あとをついてきたとしても、このビルは屋上に上がってきたわたしの、先回りをできるような、構造じゃない。
 わたしより先に屋上にいたとしたら、前もって、ここに来ることを知ってたとしか思えない。
 なんなの、この人!?
 女性が、困惑したわたしの表情を見て、またイタズラっぽく笑って言った。
「この市の西側に、ウチが行きつけの和風喫茶があります。そこで、お勧めのスイーツがありますさかい、一緒に食べまひょ? おごります。お腹すいとったら、ろくなこと、考えんさかいな」
 そして、屋上の出入り口を見る。そこに、一人の同い年ぐらいの女子がいた。着ている服は、この女性とは対照的で、わりと、ファッショナブルだ。どこか猫っぽい風貌の、ショートヘアで、眼鏡をかけた美少女だった。
 女子が私に微笑んで、手を振る。
 わたしがその子を見た時、何か、風のようなものがわたしの背を撫でた。振り返ると、ロングヘアの女性が展(ひら)いた扇子で、わたしの背中をあおいだような仕草をしていた。
 何してるんだろう、この人?
 彼女が柔らかに微笑む。その笑みを見ていると、何だか気持ちが軽くなった。変な言い方だけど、さっきまでの自分が、自分じゃなかったような感じだ。よく「憑きものが落ちたよう」っていう言い方があるけど、もしかしたら、こんな感じのことをいうんじゃないだろうか?
「ほな、行きまひょ?」
 優しい笑顔の、彼女の言葉に、わたしは頷いた。
 問題は、何一つ、解決してない。それどころか、悪化することだって考えられる。
 でも、高校だけが世界の全てじゃない。
 わたしは、そう思えるようになっていた。


(今日も杏とて。episode.3 了)


あとがき

 もう随分前から考えていたことを、形にさせていただきました。軽々しく描くべきことではないので、表現には、随分と気を遣ったつもりです。直接的な描写は避けたつもりですが、もし、どなたかの心をえぐってしまったら、申し訳ございません。
 とりあえず、言いたいことを「杏(きょう)さん」の口を借りて、書かせていただきました。もっと微に入り細にわたり描くべきなんでしょうが、これが私の限界ということで(笑)。


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