小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:今日も杏とて。episode.3 作者:ジン 竜珠

第2回
 素直にビックリした。
 だって、ここには誰もいなかったはず。少なくとも、わたしがここのドアを開けた時、パッと見たけど、誰もいなかったもん。
 でも、ここには、すでに一人の女性がいた。年はわたしより、ちょっと上だろうか。腰まである長い黒髪に、切れ長の目。ほっそりとした顔つきに、すらっとした体つき。でも、胸は結構、大きいと思う。華奢(きゃしゃ)なのに、胸があるっていう、ちょっと反則な感じのする美人だ。
 着ているのは、パステルピンクのスウェットに、ダークブラウンのサロペットのスカート。でも、わたしが持ってるのより、丈が長い。履いてるのは、黒のショートブーツだ。
 彼女は、わたしの二メートルぐらい隣にいる。本当に、気づかなかった。
 本当は、びっくりして胸がドキドキしてたんだけど、それを抑えて、わたしは言った。
「……関係ないでしょ、そんなこと」
「確かになあ。ウチには、関係あらへん。で、もう一度、お尋ねしますけど、ここから飛び降りるん?」
 今度は答えない。ていうか、早く何処かへ行ってくれないかな!?
 女の人は、ただ、こちらを見ているだけだ。わたしはなんだか、居づらくなってきた。どうやら、時間と場所を変えた方がいいかも知れない。そう思った時、彼女が言った。
「せやなあ、ウチが言えるんは、あんさんの、お命は、あんさんお一人のものやない、いうことですなあ」
 そんなことは、わかってる。そんなこと、こういうことをしようとしている人間を引き留めるのに使う、常套句だ。わかりきってる。
 ていうか、そんな気休めなんかいらないのよ!
 わたしの顔にどんな感情が浮かんだのか、それはわからないけど、女の人の眉が曇ったから、図星なんだろう。
 どうせ「親が悲しむ」とか言って、わたしを引き留めるつもりだったのだ。
 そう思った時、彼女が言った。困り切った顔で。
「ウチなあ、『身内が悲しむ』とか『友だちが悲しむ』とか、そんなことを言うつもりはあらしまへんえ? こう言うたら、語弊がありますけど、親が泣こうが、友だちが泣こうが、この世からお暇(いとま)したら、そんなん、一切、関係ないもんなあ」
 ちょっと拍子抜けだ。親が泣こうが、友だちが泣こうが関係ない? わたしの命はわたしだけのものじゃない、とか言いながら、この人、何が言いたいの?
「あンなあ、人って、生きてるだけで、他のお人の人生にも、関わってるんやで? その辺、わかってますか?」
 本当に、何が言いたいの、この人?
 女の人は、わたしの困惑を無視して、言った。
「例えばな。昔、あんさんのまわりに、おもろいこと言うて、楽しませてくれたお人とか、宿題うつさせてくれたお人とか、憧れの男子に振られたとき、慰めてくれたお人とか、いてませんでしたか?」
 この言葉に、わたしの頭が、なぜか、過去の出来事を検索し始めた。確かに、そういう友だちがいたように思う。
 お調子者だったあいつとか、成績が良かったあの娘(こ)とか、野球部の先輩に告って、フラれて、泣いている時に慰めてくれた女子の先輩とか。
 わたしを見ていた女性が、柔らかい笑顔で言った。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 158