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作品名:今日も杏とて。episode.2 作者:ジン 竜珠

第2回
 いまだに、僕の名前がわからない。
 でも、少しだけわかったこともある。
 それは、「あの人」のことだ。
「あの人」は、僕より一学年上で、この三月に卒業してしまった。
 市内にある大学に進学したそうだけど、僕のレベルでは、とてもじゃないけど入れそうもない。
 でも、噂で聞いたところでは、宝條にある何かの事務所でアルバイトをしているらしい。
 詳しいことはわからないけど、もし可能なんだったら、僕もそこでバイトができないだろうか?
 彼女の名前も、知っているから。
 あまみやきょう。
 とても、甘美な響きだ。





 今、夜の千京市で、密かな事態が進行していた。
 具体的な被害者が出ているわけではない。
 だが、確かに異変は起きているのだ。

 珠璃は、「心域の砦」のメンバーである、佐久田 鷹尋(さくた たかひろ)に電話をしていた。
 彼は、同じ学園の一学年後輩で、陸上部に所属している。
 この日は、火曜日。来月の半ば、電車で三十分ばかり西に行った市で、一般の者も含めた陸上競技会が開催される。その告知が前日にあったのだが、陸上部は放課後、顧問と部員数名で、運営事務局に話を聴きに行っていた。正式な説明会はもう少し先に開催されるが、珠璃たちの通う新輝学園は常連校であり、今年も参加するつもりなので、挨拶がてら、行ったらしい。
 これが「フライング行為」になるのかどうか、そこまでの判断は珠璃にはできない。だが、これは好都合であった。
 これを利用して、珠璃は鷹尋にあることを頼んだのだ。
「もしもし、鷹ちゃん? 頼んだ件、どうだったかな?」
 時刻は、午後六時。珠璃は「心域の砦」事務所に、鷹尋は陸上競技会運営事務局にいる。
『えっとね。目撃者の人、ここの事務局の人だった』
「そうか。やっぱりね」
『よくわかったね』
 鷹尋の、驚きとも称賛ともつかない響きの声を聞きながら、珠璃は応えた。
「現場に、見慣れないバッジが落ちていたからね。ネットで検索しまくってたら、どうも、そこの運営事務局のものらしいことがわかったから、もしかして、そこの人が何か目撃してないかなって思って」
 と、珠璃は前夜、拾っておいた、四センチ角の、旗のような形をしたバッジを眺める。
 前夜、宝條にある公園で、化け物の出現騒ぎがあったのだ。この事件は、十日ほど前から、夜に起きるようになった。
 実害が出ているわけではない。「植林エリアから、光る目を持ったモノが、こっちを覗いていた」「低い唸り声が、回り込むように聞こえる」といったレベルだ。
 おそらく低級妖魔の仕業だろうが、どんな事態になるか、まだ見当がつかない。早く手を打つに越したことはない。
 そのための「心域の砦」なのだから。
 彼女には、というより、この市にいる「天宮」の関係者はみな、物体から情報を読み取る「サイコメトリ」の能力がある。だが、それをもってしても、雑多な情報が多すぎて、必要な情報の選り分けが困難だった。
「で、どうだった?」
 持ち主に直接、話が聞けるなら、それが最善だ。
『昨日は、合コンに呼ばれてて、お酒が入ってたから、よく覚えてないって。ただ』
「ただ?」
 と、なぜか言いよどんだ鷹尋の「間」に、珠璃は、何かの異常事態を直観していた。
『……変な声、ていうか、誰かの名前を呼んでいるのを聞いたらしいんだ』
「名前?」
 訝しげな思いを乗せた珠璃の声に、鷹尋が、少しだけためらって、そして、答えた。
「きょうせんぱい、って……」


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