いつから僕が、ここにいるのか、よくわからない。 そもそも、ここがどこで、僕が何ものか、よくわからないのだ。 わかっていることは、ただ一つ。 一人の女性に、ものすごく恋い焦がれているということだけ。
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「心域(しんいき)の砦(とりで)」は、ホームページを開設していない。珠璃(じゅり)がその理由を杏(きょう)に尋ねると、 「ホンマに縁のある、お人のみを相手にするから、むしろ、ホームページは邪魔や」 と、言っていた。だが、本当の理由は「誰が来るのか、予知しているから」だろうと、珠璃は思っている。 土曜日の正午、珠璃は自分にはホットココアを、杏には煎茶を注(そそ)ぎ、デスクの上に置いた。 「そういえば、杏さん。杏さんにまとわりついてくる『念』、わかりましたか?」 しばらく前から、杏には妙な「念」がまとわりついていた。杏ほどの美人だから、これまでも色々と雑多な念が寄ってきていた。そして、いつもそれを、ほぼ無意識に浄化しているようだが、今回は、なぜか、一部の念は放置しているのだ。 珠璃は、自分への「念」は深く考えずに、いつもことごとくを処理しているので、なぜ、杏が一部とはいえ残しているのか、理解できない。 「念」の正体をつかみたい、というニュアンスのことを言っていたのだが。 杏が少し考えるそぶりを見せて言った。 「うまい言葉が見つかれへんのやけど。とりあえず、いくとこまでいかんと、解決せえへんような、そんな気がしてますのや」 そして、湯飲みを手に持つ。 直接的な当事者ではないからだろうか、珠璃にも、事態が見通せない。だが、これまでは、自分がまったくの部外者であるにもかかわらず、物事・事件の推移を見通すことができた。 どうやら、今回は何か、珠璃の直観力を阻害する何かが、あるようだ。 珠璃は杏を見た。 もしかしたら、彼女が、なにかの咒力を使ったのではないだろうか? そう思いながら。
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