教室に入ると、コンパネで小部屋が作ってあって、杏さんが椅子に座っていた。机が二つ、向き合わせてくっつけてあって、置いてある香炉から、いい香りが漂っている。 相談者の「切れ目」なんだろう、俺たちしかいない。 杏さんは、神職が身につける「水干(すいかん)」っていう服を着てる。 サマになってて、これで何か告げられたら、無条件で信じるだろうな。 「おや、お二人さん。おこしやす」 そう言って、杏さんは微笑む。そして、しばらく俺たちを見たかと思うと、不意に。 「珠璃はん。すみませんけど、ちょっと席、外してもらえますやろか?」 それに頷いて、珠璃が教室を出たのを確認すると、杏さんが俺を見た。 「今、お二人は同じ屋根の下に暮らしてはる、いうのんを、伺うておりますけど?」 「ええ。確かに、その通りですけど」 そして、杏さんは口元に笑みを浮かべた。しかし、それを隠すように、いや、ちょっとだけ口元が見えるように、開いた扇子を当てる。 「珠璃はん、『おぼこ』ですさかい、優しゅうにな」 「ぶっ!」 思わず吹いた。 「何言ってるんですか、あなた!?」 「でも、いつやったか、『乱暴に扱われてみたい』言うてはりましたから、緩急は大切やで?」 「……」 まともに取り合わない方がいいかも知れない。 「それで、これは、まじめな話」 と、俺を見る杏さんの目は、真剣だ。 もしかして、何か「事件」でも予知したのか? イザナミの件は片付いたけど、ここの「土地」そのものは変わっていない。この土地の地下、数キロのところに地下空洞があって、そこに強烈な「陽の気」があった。「それ」に、同じぐらい強烈な「陰の気」が引き寄せられて、ここの土地全体の氣のバランスを保っていた。 これ自体は問題ない。むしろ、学校に通う生徒たちの氣も調律されて、俗にいう「荒れる」状態になることはないから、望ましいと言える。 ただ、ここの「陰の気」を引き出す輩がいたりするらしい。そして、その「陰の気」は、俗に「妖魔」だとか「妖怪」って呼ばれる存在になって、害毒をまき散らすそうなのだ。 その「陽の気」の根源であった「御柱(みはしら)」そのものは粉々に砕けたらしいんだが、実はそのカケラは地下空洞に残っていて、しかも地下空洞も潰れて、呪術的に行くことも手を出すこともできないらしい。 要は、「陽の気」が「陰の気」を引きつける状態は変わってないってことだ。 だから、何処かの誰かが妖魔を喚び出す危険性は変わっていない。 ひょっとしたら、そんな事件が起きるのかも知れない。 俺は強い緊張感を感じながら、杏さんに尋ねた。 「なんですか?」 すると、杏さんは頷いてから言った。重大事を話すような緊迫感を漂わせて。 「竜輝はんの、お身体は、お一つ。せやから、ローテーションをうまいこと考えて珠璃はんと、胡桃姐さんのお相手せえへんかったら、あっという間に『腎虚(じんきょ)』になりますえ?」 「……」 「腎虚は、世の、お人が思うてはるほど、軽い病や、おまへん。竜輝はんのことやから『絶倫』やと思いますけど、甘う見ることは、慎まななりまへん。そういえば、美悠那はんも竜輝はんの『候補』でしたなあ。ウチには、漢方の知識は、そないにありまへんから、そのあたり、どなたかにご相談なさった方が、よろしいんと違いますか?」 ……俺、なんで、あんなに緊張したんだろうな?
二十分後。適当に見て回った俺たちが再び、杏さんのいる教室の前まで来ると。 女生徒が二人、出てくるところだった。一人は、しゃくり上げ、もう一人がそれを慰めている。学年章の色が緑だから、一年生だ。 どんな未来、宣告されたんだかな。
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