「……え? 鬼?」 ちょっと待って? え? どういうこと? 鬼? 鬼だったら、トリックもへったくれもないんじゃね? 何でもありになるんじゃないの? いやいやいやいや、そうじゃねえ! この気配は、明らかに「鬼」だ! なんで、こんなものがここにいるんだ!? その時、杏さんに持たされた無線機から、笑い声が聞こえてきた。 俺はステージマイクが音を拾わないように、集音部分を指で塞いで、言った。 「杏さん、何か知ってますね、あなた?」 『いやあ、こないにタイミングがピッタリになるとは、思わへんかったわ』 「やっぱり何か、予知してましたか」 呆れていると、杏さんから指示が飛んできた。 『竜輝はん、騒ぎにするわけにはいきまへん。あんじょう、よう、やってくれますか?』 「無茶苦茶言いますね、あなた!」 これを一体、どうしろと? 案の定、ステージも客席もザワついている。 どうしたものかと思っていたら、何か、異様な気配を感じた。それは、珠璃も同じだ。 「竜輝、これって」 「ああ。次元が裂けてるな」 空間が裂け、別の空間が滲(にじ)み出してくる時の、異物を押し込まれるような違和感がある。 そして、書き割りの絵が歪み、そこから、二人の男が飛び出した。一人は、とんでもねえレベルの「負の氣」にまみれている初老の男。もう一人は。 「栂さん!?」 蛍矢さんの後任で冥神のリーダーになった、栂さんだ。 「竜輝さん!? ここは一体!?」 栂さんも、混乱しているらしいが、それは俺たちも同じだ。 一体何が、と思っていたら、袖の方から、一人の女性が飛び出した。 いや、「何かに噴っ飛ばされた」感じに近い。飛んできた相手は。 珠璃が頓狂な声を上げた。 「屋敷さん!?」 栂さんも、驚いている。 「屋敷、お前、どうしてここに!?」 「わ、私はただ、胡桃さんから、今日、この時間に、ここで待機しておくようにって、指示されて!」 アタフタといった感じで、屋敷さんが弁明する。 俺は屋敷さんが飛んできた袖の方を見る。杏さんが笑い転げていた。 そうか。この人が屋敷さんをここまで噴っ飛ばしたか。 ということは、百パーセント、杏さんが姉貴に頼んだんだな、屋敷さんに「ここにいるように指示してくれ」って。 本当に、何を考えてるんだ、あの人は!
石動紗弥は、学園の理事長である如月双葉とともに、観劇に来ていた。学園教師の碧海凉も一緒だ。 双葉が首を傾げる。 「ねえ、どうなってるの、これ? ミステリだと思ったら、鬼が出てきたり、人が増えたり。それに、背景が歪んだのって、どういう技術?」 「え、ええと。背景が歪んだのは、プ、プロジェクションマッピングか、と」 と、苦笑いを浮かべてみるが、紗弥も、どう説明したものか、苦しんでいる。 そして、隣に座っている凉に小声で言った。 「ちょっと、どうなってるの!? なんで、栂くんとか、穂津深ちゃんがいるの!?」 凉も小声で答えた。困惑を隠さず。 「あたしに聞くなよ!? 何やってるんだ、あいつら! それに、なんなんだ、あの陰の氣まみれのおっさんは!?」
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