『と、いうわけだ。すまんが、こっちに来てくれるか、竜輝?』 「何、やっちゃってくれてるんですか、あなた?」 凉さんから電話を受けた俺は、あきれるしかなかった。 人の名前が出たあとで異変がみてとれたら、なんとかするもんじゃないんですか? 言いかけて、やめた。そのぐらい、わかってるはずだよね、この人なら? 『いやあ、お前に対して、負の念を持っちまったからなあ。お前自身が祓った方がいいんだ』 「その理屈はわかりますけどね」 やや変則的な方法だが、誰かに対して恨みの念を持った「何か」を下がらせる方法として、その恨みの対象と対峙させるというやり方がある。要は「恨みの念の解消」だ。言いたいことを言わせて、念が弱くなったところを祓うってやつだな。この場合、相手が腹に溜めていることをブチまけられれば、必ずしも本人が相手である必要はねえんだが。 もちろん、神祇の御加護をいただいて、相手を浄化するのが本来のやり方だ。 凉さんのことだ。本人を呼んだ方が効果的だとでも思ったんだろう。 「わかりました。三十分で行きますんで」 『悪ィな』 通話を終えると、俺は外出の準備を始めた。玄関に行くと、珠璃が来た。 「ああ、すまん、ちょっと凉さんに呼び出し食らったんで、学校まで行ってくる」 「そう。頑張ってね」 そう言った珠璃だが、何かを思い出したのだろう。 「あのさ、竜輝」 と、珠璃が近寄ってきた。 「どうした?」 「この間、杏さんからメールもらったんだ」 「杏さんから、メール?」 なんだろう、イヤな予感しかしない。 「で? 何て言ってきたんだ、あの人?」 「ゴメン、詳しくは言えない。でも」 と、爽やかな笑顔になって言った。 「夫が『モテる』って、奥さんにとっては密かな歓びなんだよ? だから、頑張ってね」 珠璃の、よくわからねえ応援を背に、俺は出かけた。
到着すると、半球状の結界の中にソイツがいた。 「凉さんなら、簡単に祓えると思いますけど?」 「念を浄化させてやった方がいいと思ってな」 と、苦笑いを浮かべている。 俺は、そいつの前に立つ。その時、携帯が鳴った。杏さんだ。 「どうかしましたか?」 『そろそろ、お着きにならはった頃やと思いましてなあ』 「着いた? 誰が? 何処に?」 『竜輝はんと、あの人。お二人とも、そこに』 え? 何言ってるんだ、この人? 『先日のことです。ウチに告白なさった、お人がいらっしゃいましてなあ。ただ、面白うないお方やさかい、ゴメンナサイさせてもらいましたけど。その時、つい口が滑ってしまいましてなあ』 「……なんか、言いましたか、変なこと?」 『たいしたことや、あらしまへん。二年の天宮竜輝いう下級生、素敵やなあ、て』 「……」 『イブに、学校で開催されるパーティーに参加するらしい、ていう、ただの「思い込み」も、ついうっかり、口を滑らせてしまいましてなあ』 「それって、絶対、口が滑ったんじゃないですよね?」 『それから、そのお人、かなり強い憑霊体質でしてなあ。これまでも、ちょくちょく霊災に遭ってはったようですえ?』 ふと、異様な気配に気づき、そちらを見ると、思い切り濃い「負の氣」をまとわりつかせた男子高校生がやって来るところだった。 生徒と外部の不審者とを区別するために、うちの学校、ラウンジ以外は、長期休暇とかでも制服着用で来るのが義務なんだよなあ。あんなに強力なマイナスの波動にくるまれているのに、それを守ってるなんざ、律儀なのか、ただの条件反射なのか。 凉さんが嬉しそうに言った。 「あいつも、竜輝に用があるみたいだな。大モテじゃないか、お前?」 その男子生徒を見て、結界にいる人外を見て。 そして、凉さんを見ながら、杏さんとの通話状態のままの携帯を当てて、俺は言った。 「面倒なこと、しないでもらえますか?」
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