「え、と。スーツ姿で修祓(しゅばつ)って、やったことないんですけど、俺」 市電の駅前で紗弥さんの車に拾ってもらい、まず行ったのは貸衣装店「X−FM」。ここはコスプレ商品も扱っているが、スーツやドレスも扱っている。ていうか、元々はそっち専門だったらしい。 で、俺はスリーピースのグレーのスーツに着替えている。 「修祓? 何それ?」 と、紗弥さんは不思議そうな顔をした。 「え? 厄介ごとなんでしょ?」 「ええ。ちょっと面倒なことなの」 「だから、それって何らかの怪異鎮め、なんでしょ?」 「え? 違うわよ? なんで、そう思ったの?」 ……。 いや、俺の方こそ「何これ?」なんだが? 「ああ」 と紗弥さんが、外、正確にはコインパーキングの方を見た。 「大荷物を持ってきたな、って思ってたんだけど、ご神木の剣とか、榊の幣帛とか持ってきたんだ」 「ええ。あった方がいいかな、て思ったもんですから」 紗弥さんが笑顔を浮かべ……。はっきり言おうか、「笑って言った」って。 「なんで、そんな勘違いしちゃったのかわからないけど、そういうことじゃないから」 俺のネクタイを直しながら、紗弥さんが言った。 「ほんとは、美容院で髪をセットする時間が欲しかったんだけれど、仕方ないわ」 「あの、どういう用件なのか、説明いただけると、気持ちの持っていきかたとか、気分の切り替えとか、いろいろと助かるんですが?」 俺の言葉に、紗弥さんが困ったような笑みを浮かべた。 「ある派閥の人を調査してたんだけど、ちょっとうっかりしちゃってね。相手の男性が、勘違いしちゃったの」 「勘違い?」 「私が、彼に興味を持ってる、って思われちゃったのね」 珍しいな、そんなこと。 「紗弥さんが、そんな勘違いされちゃったんですか?」 頷いて紗弥さんが溜息をついた。 「護代さんが逮捕されて、一区切りついて、それで油断しちゃったのね。すぐに相手の感情をそらす術とか、キャンセルする術とか、使ったんだけど」 姿見にうつる俺の格好をチェックしながら、紗弥さんが説明する。 「『対人工作』になら、いくらでも呪術を使ってきたから慣れてるんだけど、『対自分』の中でも、こういう類いの術は、もう何年も使ってないから、加減とか、掴めなくて。『その人』ピンポイントに呪術かけるけど、強すぎたら周囲の『霊的環境』との辻褄があわなくなる怖れがあるし。それを避けようとしたら、周囲も『まじなわ』ないとならないでしょ? でもそれだと場合によっては、その周辺にいる人まで私のことを『認識』できなくなって、情報収集に支障が出ちゃうし。だから、いつも使っている手でお断りしようと思ったんだけど、無理だし」 「いつも使ってる手段?」 ちょっと興味がある。零司さんのケースに応用できるかも知れない。 「『護代真吾氏に、お話を通していただけますか』って」 「……。そういう仲だったんですか?」 ちょっと意外だ。この人、割り切っていると思ったんだけど。ていうか、零司さんとは、関係ねえな。 「まさか! あの人には悪いけど、まだ『そこまで』じゃなかったわ。ちょっとは興味あったけど。でも『お断り』には、とても有効だったわよ、あの人の名前」 うん、やっぱり割り切ってるわ、この人。 「ただ、事情が事情でしょ? 私のキャリアにも影響するし、さすがに彼と心中できるほど、肩入れできないし」 だから。お願いですから、そういう話、高校生にしないでもらえますか? 「だからね、竜輝さんの名前、出しちゃった」 「出しちゃった、て」 「竜輝さんなら、相手も納得するはずだし。……そうねえ、ベストは違う色の方がいいわね。すみません」 と、紗弥さんは店の人を呼んだ。
そのあと、隣の市にあるレストランに連れて行かれて、どういうわけか俺は「大学生」ってことになってて、ミハシラ・コーポの今の社長さんの親戚ってことになってて、ついでに卒業後は、ミハシラ・なんたら、とかいう会社の、何かの主任職からスタートすることが決まってるとか、紗弥さんが説明してたんだけど。で、相手が納得しちゃってたんだけど。 咒力が働いていた気配が全然なかったから、純粋に紗弥さんの持つ「話力」だと思う。 すげえな、マジで。
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