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作品名:「クズの寄せ集め」Episode.1 作者:ジン 竜珠

最終回 Episode1ー3
 店の雰囲気は、レトロ風であった。まるで、昔の洋画のワンシーンに入り込んだようだ。マスターにウェイターに、ウェイトレス。マスターは六十代前半だろうか。もっと若く見えるが、落ち着いた雰囲気は、いかにも「老練」といったイメージがある。ウェイターは三十代前半で、いかにも好青年、ウェイトレスは二十代後半といった感じだが、専業主婦といった感じはしない。そういう時間帯なのだろうか、客は竹野一人だった。
 カウンター席に座り、ブラックコーヒーを注文する。季節はもう夏。アイスでもよかったが、なんとなくホットが飲みたくて、注文した。店に流れているのは、簡単な小編成のインストゥルメンタル・ジャズアレンジされたナンバー、「Autumn in New york」だ。確か、同じタイトルの映画もあったな、と思いながら、竹野は水を一口含む。
 コーヒーが来る前に、洒落た小皿に乗せられたフレンチトーストのような小片が二枚、出された。
 マスターが柔らかな笑みで言った。
「今、期間中なので、サービスです。『突き出し』みたいなものと思っていただければ」
 なんとなく、かじってみる。バターの香りが鼻に抜け、ほどよい甘みが竹野の緊張した神経をほぐした。その一口が、自然と竹野の目に涙をにじませた。
 それを見たのか、マスターが言った。
「……いろいろありますよね、人生って。私もね、定年で仕事を辞めてから、ここを始めたんですが、いろいろありましたよ」
 その言葉に、思わず、竹野は、すべてではないが、自分の来歴をボソリ、と話し始めた。なぜか、このマスターには話してもいいんじゃないか、と思えたのだ。
 もちろん、詳しいところや固有名詞は出していない。特に自分にとっては「恥」になるようなところは「喩え話」にしたし、法的にきわどいようなところは話していない。
 もしかしたら、こんな話をされてもマスターには迷惑ではないか、という思いが脳裏をよぎったが、竹野は自分の境遇を誰かに話して、少しでも自分の中にある「もの」を、降ろしたい気持ちに駆られていたのだ。
 黙って聞いていたマスターは、コーヒーを差し出しながら、静かに言った。
「確かに、世の中には『取り返しのつかないこと』というものもあります。でもね、普通に生きている分には、『取り戻せない人生』なんていうものはあるわけはないし、あってはならないんです」
 マスターの言葉が、静かに染み入ってくる。
「今のお話、あなたにはいいお友達がいらっしゃるじゃありませんか。いい友達というのは宝物ですよ。例えば、今、苦境に陥ったあなた、そのあなたに手をさしのべてくれるのが、本当の友達です」
 なんとなく、野添のことが思い浮かんだ。確かに理想論を言うところはあったが、大体において、彼は竹野を諫(いさ)める役回りを「演じて」いたのではなかったか?
「でもね」
 と、マスターが続ける。
「そういう友達を持つためには、あなた自身が、それにふさわしい人間にならなければなりません。たいへんですよ、人間関係を一から築き直すのは。特に自分を振り返ってみて、自分をかえる、いうなれば、自分との『向き合い方』『つきあい方』をかえるのは、至難の業といってもいいです。でも、そうするだけの価値があると、私は思いますよ」
 マスターの言葉は、なんとなく理解できる。
「でも、もう」
 そう言いかけた時だった。ドアが開いて、客が入ってきたのだ。その人物は竹野を見て、頓狂な声を上げた。
「あれ? 社長じゃないですか!?」
「……野添? お前、どうして……?」
 驚きのあまり、そう言うのがやっとだった。
「今、この街で、知り合いの電算会社にお世話になってるんですよ。それより、どうしたんですか、こんなところで?」
 野添が、竹野の全身を見る。その瞳に一瞬、憐憫のようなものが浮かんだが、それは本当に一瞬のこと。
「俺は、もう社長じゃないよ。それに……」
 その先を言わせず、野添が言った。
「実は、新規プロジェクトがあって、ちょうど、人を探しているところなんです。どうですか、社長、手伝ってくれませんか?」
「でも、俺は……」
 思うところは多かった。だが、言葉に出来なかった。
 それを察しているのかいないのか、構わず、野添が言った。
「僕の顔を立てると思って、お願いしますよ。部長には僕の方から話をしておきますから、明日の十三時頃に、ここまで電話してくれませんか?」
 そして、名刺を竹野に握らせる。その時、野添のスマホが鳴った。
「ハイ、野添です。……え? 例の件が? ちょうどよかった、僕の方に心当たりがあるんです。……そうだ、今からちょっと会えませんか、お話ししたいので」
 そして、野添は「急に係長に会うことになったから」と出て行った。
 その名刺を眺めている竹野に、マスターが言った。
「本当に、いいお友達を持っていらっしゃるようですね」
「……ええ」
 頷いた時、竹野は手にした名刺に、いつの間にか、涙が落ちていることに気づいた。


〈了〉


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