確かに失敗したと思う。 敗北者だ、と思う。 竹野毅史(たけの たけし)は、IT企業ではそれなりに成功したと思う。年収が五千万円を超えたこともあったし、別荘も二軒持っていた。クルーザーも所有していたし、社員は、少数精鋭を念頭に置いていたが、それでも百人はいたと思う。 だが、今はどうだろう。 竹野は、一年前のことを思い返していた。
「社長、このままでは社が立ちゆきません!」 と、言ってきたのは、経理課の沢渡(さわたり)だった。社が大きくなってきてから雇った人間で、竹野よりも六歳ほど年下だったと思う。有能だが、どこか「すべては道具」扱いしているところがあった。だが、そのくらいシビアな物の見方をしないと、組織は成長できないし、維持も出来ない。時折、不本意な提言を受けることもあったが、一考してみると、そうしなければならないケースもあり、竹野はこの男に信頼を置いていた。 「社長、一つ提案なんですが」 と沢渡がタブレットを見せる。 「こちらから融資を受けることが出来れば、一発逆転も夢ではありません」 そこには、有名な金融機関の名前があった。 「しかし、沢渡、ここは審査が厳しいぞ?」 竹野自身の体験ではないが、業界では有名な話であり、竹野の知り合いも融資を断られた、という話を聞かされたことがある。 「ですから」 と、沢渡はタブレットの画面をスクロールさせる。その内容に、さすがに竹野の額に、あまり心地よいとはいえない汗が浮かんだ。 「これは……!! これはさすがに……!」 ですが、と沢渡は、ドンとばかりに竹野のデスクに手を置く。 「これぐらい、なんですか!? 少しばかり、経営状態を上方修正するだけではありませんか!? ここから融資が受けられれば、自然と、ほかからも融資を受けやすくなるんです。社長、ご決断を!」 少しばかり、唸った時だった。 「お待ちください!」 社長室のドアが開いていたのだろう、一人の男が入ってきた。竹野の大学時代の後輩で、野添(のぞえ)だ。この会社を起ち上げた時の、いわば同士であり、苦楽をともにしてきた仲だが、何かというと、竹野に反発することも多い。特に業績が悪化してきてからは、野添の言うことはいちいち、癇(かん)に障ることばかりだ。人事に大鉈(おおなた)を振るおうとした時には、役員の報酬をカットしてでも、そういう人事を行うべきではないと言ってきた。 この男が社を乗っ取ろう、などどいう野望を抱いていないことはわかるが、それでも口答えが多すぎる。いい加減、うざったくなっていた。 「なんだ、野添? いいたいことでもあるのか? それとも、何か他に、いい手でもあるのか?」 少々、声に険があったと思う。野添は確かに会社設立の時からいる男だが、それほど経営手腕があるとも思えない。確かに、営業の腕は竹野よりも上ということもあって、尊敬していた時期もあった。だが、今はもっと腕のいいものもいるし、もっといえば、今必要なのはリスクマネジメントではなく、カンフル剤なのだ。
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