黄泉津御柱が屹立する地下。そこに六人の男たちがいた。 天宮流神仙道の宗師・天宮 徹禅(あまみや てつぜん)と五人の弟子たちである。 「こうして、剣による『押さえ込み』も今日で最後となるであろう」 言いながら、徹禅は地に突き立てられた剣を見る。鋼で作られた剣は、当然ながら手入れされていないということもあるが、腐食が激しかった。サビだらけの棒が立っているようにしか見えない。 「咒の加護があってさえ、この有様。今では毎年新しい剣を立てねばならなくなっておる」 そして徹禅は柱を見上げる。黄金の柱の周りを、禍津霊が巡っている。その量は見るたびに多く、密度も濃くなっているように思える。 「人の世の荒び(すさび)を映す鏡と思えば、なんと、今の世は乱れておることか」 「宗師」 と、三十歳ほどの男が歩み寄る。 「そろそろ儀式を」 「おお、そうだな、磐坂(いわさか)。……今も言ったように、この地に直接、剣を立てて黄泉津御柱を鎮めるのは、今回で最後だ。我が祖父・純凱(じゅんがい)、父・翔雲(しょううん)が遺せし法が遂に完成した。今後は、その法によることになる。さきにも言ったが、今一度、念を押しておく。今日を限りにこの儀式のことは忘れよ。書き残すことも口伝することもならぬ。この儀式は、それほど危険なものなのじゃ」 頷き五人の弟子たち……磐坂、桃源、栂、宮代、千代澤は、徹禅から真新しい剣を受け取る。 そしてそれぞれの位置についた。 「よいか、古き剣を抜くと同時に新たに剣を立てるのじゃ。寸分の間(ま)も違(たが)えるでないぞ!」 徹禅の言葉に、緊張とともに頷くと、四人の青年は古い剣を抜き去り、同時に新しい剣を立てた。だが! 「……!?」 磐坂が腐食した剣に手を当てた瞬間、剣がボロボロと崩れたのだ。 「いかん!!」 徹禅が叫ぶのと同時に、黄金の柱から一本の黒い腕が伸び、磐坂の首を掴んだ! 「……うぐっ……!」 一瞬のことに磐坂は新しい剣を取り落とし、膝をついた。直後、磐坂のいる方の柱の面から幾筋も黒いものが伸びていく。そして、はるか上方では巨大な黒い右腕が、ゆらり、と伸びていくのだ。 「うぬっ!」 徹禅は駆け出し、磐坂の首を掴んでいる黒い腕を咒力をこめた掌底で、砕く。同時に磐坂が取り落とした剣を蹴り上げて手に取り、崩れた剣を砕くように、その位置に新しい剣を地に突き立てた。 「大丈夫か、磐坂!?」 「だ、大丈夫です、宗師……」 そう答えた磐坂の顔面は蒼白であった。しかし、それでも立ち上がり印を組む。 「宗師、儀式を」 「……うむ」 かくして儀式は執り行われた。柱から現れていた黒い腕もいつの間にか消えていた。 「いくつかは禍津霊が流れたか。それにあの黒い巨大な腕。何事もなければよいが……」 呟きながら、徹禅は、右腕が伸びていった方向を見る。その刹那、背後に異様な気配が立ち上った。思わず振り返ると、そこにいたのは磐坂。 「どうかされましたか、宗師?」 まだ顔色は悪かったが、調子を取り戻した磐坂が立っていた。 「い、いや。なんでもない」 そうですか、と、磐坂が笑う。その笑い方がなんとも不気味に思えたのは、顔色が悪いせいと、光量が不十分なせいだろう。そう思い、徹禅は皆に撤収を促した。
時に大正十二年、八月一日のこと。 「本当に、何事もなければよいのだがな」 再び呟いた徹禅の不安は、残念ながら一ヶ月後、的中してしまった。黒い腕が伸びた方角にある街が、大災害に見舞われたのだ。 その災害は後に大震災の名で呼ばれることになる。
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