植え込みに置いたスマホの画面から、光が溢れ出す。同時に、あちらこちらからも光が噴き出し始めた。その光源は、水晶玉だったり、フィギュアだったり。 そして、今、西谷の前には、怪物がいる。 「ここまで変(へん)形(ぎよう)した輩(やから)は、初めて見るな」 これまでも、西谷は妖魔だとか、妖(あやかし)の類を見てきた。中には、今、目の前にいる奴よりもよほど怪異な姿をしたものもいたし、人間の姿をしていないモノも多かった。だが、それらは、異世界から直接訪れたモノや、こちらの世界の「要素」を元に形を再現したモノであった。動物、ましてや人間の体をベースにしたモノは、極端に変形することはないし、異様な姿に見えてもそれは能力者の霊眼にのみ映る光景であって、このような異(い)形(ぎよう)になることなど、まず、なかった。 「さて、と。ここは今、結界で護られている。早い話が、誰も『ここ』には気づかないし、入ってこられない。逆を言えば、俺もお前も『ここ』から出られない」 今、西谷たちがいるのは、目抜き通りへと繋がる、裏道にある空き地だった。解体途中の建物、工事車両などがあるものの、工事関係者も通行人も、まったくその影らしきものさえない。時間はもう夕方にさしかかろうとしている。ミハシラ・メディックスの研究所からここまで、時間帯的にも人目に触れないはずはないし、それならば大騒ぎになっていてもおかしくはないはずだ。だが、そうなっていないということは、おそらく菅井が何らかの呪術を、施したということ。やはり、宗家からの命令で、ここに派遣されているだけのことはある。 「お前が何者なのか、それはあとで、じっくりと聴取させてもらうが、一応、『武装解除』だけは、させてもらうぜ?」 そして、咒を唱える。 「彼方(おちかた)の、繁(しげ)木(き)が本(もと)を、焼(やき)鎌(がま)の、利(と)鎌(がま)をもちて、うち払いけり!」 清(せい)冽(れつ)な咒氣が、西谷の右腕を取り巻き、オレンジ色の輝きを放つ。これは霊眼を持たざる常人にすら、見ることの出来る、オーラの輝きであった。 気合いとともに、西谷が天高く跳躍した。
俺たちが駆けつけたのは、いわゆる「裏道」だ。近くに解体途中のビルなんかがある。そして。 「結界があるな」 俺の言葉に、珠璃たちが頷く。結界というと大げさに聞こえるかも知れないが、一定時間、誰もここへは興味を抱かないような力場が形成されている。人によっては、この道のことさえ気づかない、あるいは忘れているだろう。これは珍しいものじゃなく、程度の差こそあれ、誰しもが「パーソナルスペース」という形で持っているものだ。 零司さんが用心深く、気配を探りながら言った。 「何か、いや、誰かが戦闘でもしているのか?」 どうやら、零司さんでも詳しいところまでは感知できないらしい。 「多分」と俺は応える。 「『冥(みよう)神(じん)』ですね」 かすかだが、以前感じ取ったことのある、独特のヒリつく「氣」が流れている。 もし冥神の誰かが交戦中なら、俺たちがそこに介入すると、集中を妨げはしないか、それが気にはなったが。 鷹尋が俺を見上げる。 「もしも、っていうこともあるから、入った方がいいんじゃない?」 確かに「冥神」はそのテのプロだ。まさか、ということはないだろうが、場合によっては、それなりに苦戦を強いられているかも知れない。 少し考え、俺はみんなに言った。 「入りましょう。どういう状況かわからないけど、でも、それだからこそ、入った方が」 みんなが、それに頷いた。
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