十月に入って一週間ばかり経った頃、俺は放課後、珠璃に「話したいことがあるから」と、本校舎の屋上に来てもらった。 なんとなく夕日を眺めていると、声がした。 「どうしたんだい、改まってさ?」 珠璃だ。振り返ると、相変わらず、余裕ぶっこいたような笑みを浮かべていたが、その笑みがどこか硬い。俺は夕日を背に受けているから、表情までは珠璃には読み取れないはずだが、やっぱり、空気が違うのだろう、珠璃もすぐに硬い表情になった。 「珠璃、お前には話しておかなきゃいけないこと、確認しないとならねえことがあるんだ……」 そして、俺は親父から聞いた話を珠璃に話した。自分の目にそんな秘密があったとは、さすがに驚きを隠せないようだが、それでも、動揺を見せずに珠璃は言った。 「で、どういうことになるのかな?」 「つまりな。『御柱を解き給ふ祝詞事』があるんなら、『閉じ給ふ祝詞事』や、それに関連した『咒(しゆ)』があるはずなんだ。お前には」 ここまで言って、俺の心に躊(ため)躇(らい)が生まれた。俺は珠璃をイザナミとの決戦に巻き込もうとしている。もちろん、直接、戦場に連れて行くつもりはないが、それでも、どういう関わりを持ってきてしまうか、わからない。 それでいいのか? 俺は、少し考える。 だが、俺は決めたんじゃないのか、みんなを護るって。その『みんな』っていうのは、結局、イザナミが巻き起こすかも知れない災厄から、人々を護るってことにまで、広がっていく。 俺が逡巡していると、珠璃が微笑んで歩み寄る。そして、右の拳(こぶし)で軽く俺の胸を打った。 「らしくないよ、竜輝」 その言葉で、何かが振り切れた。……そうだな。もし使える「手」があるなら、すべて使う。それが最善を尽くすってことじゃないのか? 「そうだな。すまない。お前には、それに関連した咒を、すべて『視て』ほしい」 「いいよ。でも、条件がある」 「条件?」 「その戦いには、ボクも連れて行くこと」 「な……ッ!? お前、何言って……」 何言ってるんだ、と言いかけたところで、珠璃が俺の胸に頭を預けてきた。 「ボクが一緒にいれば、キミはボクを護らざるを得ない。だから、どうあっても、キミはボクと一緒に、『ここ』に帰ってこなきゃならない。ボクを無事に、ここに連れて戻らなきゃならない。これは、義務なんだよ」 その言葉に、俺の胸の中に、何かの「想い」が溢れてくる。 思わず珠璃の肩に手をかけようとした時。 咳払いが聞こえた。そっちを見ると、零司さん、杏さん、鷹尋、麻雅祢がいた。バツが悪くなって、珠璃を引き離そうとしたんだが。 「お気になさること、あらしまへんえ。竜輝はんと珠璃はんのことは、ウチらの公認ですよってに」 いや、そういう問題じゃないんだが! 何か企んでそうな笑みを浮かべ、まだ何かを言いかける杏さんを制し、俺は言った。 「これは、多分、最後で最大の戦いになると思います。だから」 「俺たちも、連れてけよ?」 と、零司さんが言った。だから、どうして、この人たちは俺の思考を先回りして、しかも言うことを封じるかな!? 鷹尋が、天使のような(っていう感想はナイショだ。こいつ、気にしてるからな)笑顔で言った。 「ここまで来て、仲間はずれはないよね?」 麻雅祢も、ぼそっと言う。 「イザナミが相手なら、戦い方もわかる」 前と同じ手が通じるとは思えないが、通じないともいえない。まったく未知数だしな。 俺が何か、応えようとした時。 「……これは!?」 街の方で、異様な「氣」が噴き上がった。 数瞬後には、俺たちは駆けだしていた。
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