その日は、俺は優硫(まさる)と一緒に宝條の街中(まちなか)をブラブラしていた。 あ、忘れている人も多いと思うので、念のため。福殿 優硫(ふくどの まさる)、俺のクラスメート。ちょっとお調子者の気(け)があるが、悪い奴じゃない。 んで、そいつと、特に目的もなくブラついていた時のことだ。 「そういや、竜輝は実家とかに帰らないのか?」 本屋を冷やかしていた時、優硫がそんなことを言った。 「んー、八月の中頃には帰る予定にしてるけど」 「そっか」 「優硫は?」 「俺? 俺はそーゆーの、なくてさ」 「ない?」 書架にあるハードカバーの背表紙に指をかけたまま、俺は優硫を見た。 「この街だからさ、親父の国元もお袋の国元も。だからいつでも行けるしな。ていうか、ちょくちょく行ってるし」 「そうか」 俺はハードカバーの小説を手に取る。この間の新聞の書評で、えらくベタ褒めしていた、この間出たばかりのミステリだ。その割には、平積みになってないのが気になるが。 「そういえば、ゆっくり聞いたことなかったな、竜輝の前の学校の話とか」 「ん。別に、なんてことない普通の学校だぜ?」 最初のページで、いきなり殺人事件が起きてた。テレビで言うと、最初のシーンが死体のシーンって感じだな。 「竜輝のことだから、前の学校につき合ってたカノジョとか、いたんじゃねえの?」 「いねえよ、そんなの」 次のページで主人公の大学生が出てきた。定石通り、死体の第一発見者にして、早くも刑事からマークされてる。うわあ、ベッタベタな展開だな、これ。 「嘘だろ、おい?」 「いや、嘘じゃねえって。あんまりにもベタな展開だぜ、このミステリ」 「いやいや、本の話でなくて!」 と、優硫が俺の本を下に降ろすように身を乗り出した。 「カノジョとかいなかったって話の方だよ!」 小声だが、えらく力(りき)の入った声だ。 「ああ、そっちか。……そりゃあ、友だちづきあいしてた女の子はいたが、世間一般で言うところのカノジョなんていなかったぜ」 「……お前って、バカ?」 あれ? 俺ってバカなの? 少なくとも学校の成績じゃ優硫よりも、途中から転校してきた俺の方が上だけど。ていうか、学年でも十本の指に入るんだけど、俺。 「……バカにバカと言われるのは心外だな」 「誰がバカやねん。……いやいや、そうじゃなくて、普通、お前ぐらいだったら、二股三股なんて、当たり前だろうーが! ていうかなあ、俺がお前ならハーレム作ってんぞ、ハーレム!!」 やや声のボルテージが上がり、テンションも高くなってきた。 「人目につくと、恥ズイだろうが!」 俺が小声でたしなめると、正気に返ったか、咳払いを一つして優硫は言った。 「よし、俺が今日一日かけて、お前にレクチャーしてやるよ、正しい青春の過ごし方、てヤツをな!」 「いらね」 「まあまあ、遠慮すんなって」 そして、俺は優硫に連行されるように本屋を出た。
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