「な、何言ってんだ、亜久谷……?」 声が震えるのを抑えられない。 「お前だって、好きなんだろ、先生のこと?」 応えることができない。 「幸い、お前は先生に可愛がられているからな、お前が『話したい悩みがある』とかなんとか言えば、先生だって来るさ」 写真を持つ手が震えるのがわかる。 「お、お前、自分がなにを言っているのか、わかって……!」 「わかってるぜ。でもな、先生は結構面倒見のいい性格だ。最後にゃ笑って許してくれるさ」 そんなバカな話はない。あるわけがない。 「今度の土曜日、午後三時半、学校の体育倉庫で待ってるぜ。どうせチキンのお前じゃ電話はできねえだろうから、俺がしとく」 そう言って、零司の肩をぽんぽんと叩くと、純弥は去って行った。 後に残された零司は、空虚な思いで写真を見ているしかできなかった。
そして土曜日。まさかと思って零司は咲菜の家に電話をしてみた。 「なんで、なんで誰も出ないんだ?」 何度もコールするが、誰も出ないのだ。 「まさか……!」 嫌な予感が脳裏をよぎる。 受話器を置いて、零司は家を飛び出した。
学校に着くと裏門そばの、遅刻者専用道と化している金網の穴から中へ入る。そして体育倉庫へと向かった。 「よう、遅かったじゃないか」 倉庫前で純弥がニヤニヤしていた。 「もう俺はすませちまったぜ」 言いながら、左手の親指を立てて倉庫の中を指し示す。恐る恐る中を見た瞬間、零司は息を呑んだ。 薄暗い中に白い背中と乱れた髪が見えたのだ。 「やっぱ、咲菜先生は最高だぜ。いろいろ教えてくれてよ。最後には俺にしがみついて……」 純弥が言い終わる前に、零司の頭の中が真っ白にスパークした。それとは対照的にどす黒いモノが腹の底から立ち上り、右腕に流れる。 おぼろげに、何かの咒を唱えながら、純弥に拳を放ったのは覚えている。 しかし覚えているのはそこまで。 ふと我に返った時、零司が見たのは、仰向けに倒れ顔がパンパンに腫れ上がり、血反吐を吐きながらピクピクと痙攣している純弥の姿だった。 「あ、亜久谷……?」 声をかけるが、反応はない。その時、ふと、倉庫の中が見えた。白い背中と見えたのは丸めたマット、乱れた髪だと思ったものはモップだった。 全身の血の気が引くような眩暈感に襲われ、零司はその場にへたりこんだ。
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