「確かに聞こえるな」 一階廊下にいるのだが、確かに聞こえる。紗亜羅にも聞こえるようだから、物理的現象だろう。あたしたちは唄声のする方へ向かった。
どうやら理科準備室らしかった。 「鍵、かかってるぜ」 ドアの南京錠をガチャガチャ鳴らしながら紗亜羅が呟く。 「ま、当たり前だけどね。ちょっと待ってて」 あたしは南京錠を触りながら小さく呪文を唱える。すると、カチャリと小さく音を立てて錠前が開いた。 「スゲエ。何やったの、今?」 感心する紗亜羅にあたしは答えた。 「『鍵がかかっている』っていう状態から、『鍵がかかってない』っていう状態にシフトさせたの。『時間』っていうのは、霊界においては『状態の変化』を意味することだから、霊界レベルで『状態の変化』に相応する因子を動かして、まず霊界レベルで解錠して、それから……」 「あー、ごめん、もういいや」 右手をヒラヒラさせ、苦笑いで紗亜羅は言った。うん、難しいからね、この辺の話は。 「そだね。鍵を開ける魔法、みたいに思ってて」 そう言ってあたしは南京錠をはずし、ドアをそっと開けた。すると。 吊された人体の白骨標本が口を開け、唱っていた。……不気味な音程で。 「で、どうするよ?」 美悠ちゃんたちと行動をともにしていただけのことはある、この異常事態にも紗亜羅は、たじろいでいない。 「とりあえず、取り憑いているモノと話をしてみましょ」 「話ですんだらいいけどな」 そしてあたしたちは部屋の中に入った。その物音で、標本が気づいたのだろう、唄をやめ、何事か言った。 『カタカタカタカタ』 だが、残念なことに舌も唇も声帯もないから、ちゃんとした言葉にならない。だったら、なんで唄声が出せるのか、ってのが気になるが、そこはそれ、そういうところこそ怪奇現象の怪奇現象たる所以だろう。 「まずは、仮の『口』を与えるのが先ね」 あたしは持参した短冊に、同じく持参したペンで呪符を描く。 「いつも持ち歩いてるわけ?」 「まあね。どういう状況になるかわからないし」 「……ていうことは、御札なんか、全部覚えてるって事?」 「うーん、三百種類ぐらいは覚えてるかな」 紗亜羅が絶句しているが、気にせずあたしは即席で描いた符を標本の額に貼り付ける。 『あなたたち、誰?』 標本が喋り始めた。どうやら話すだけで解決できそうな雰囲気だ。
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