金曜日、放課後。 掃除も終え、天宮 杏(あまみや きょう)が三Aで帰宅の準備をしていると、そこへ凉がやってきた。そして杏を廊下に手招きで呼ぶ。 「天宮、すまんが、五分か十分、時間もらえるか?」 「へえ、かまいまへんけど。なんですやろか?」 「ちょっと、どこかで話がしたいんだがな」 「今の時間やったら、学食が無人なんと違いますか?」 「あー、いや、まあ、そこでもいいんだが」 と、凉は歯切れが悪い。そして。 「すまんな、別にお前個人に問題がある訳じゃないんだが、進路相談室でいいか?」 進路相談室は研究棟の二階にある。印象として、あまり広い部屋ではない。つまり。 「内緒のお話がなさりたい、いうことですか?」 「まあな」 と凉は頷く。確かに学食はこの時間は営業していない。だから生徒や、ほかの教師がやってくるということはない。しかし、完全に無人というわけではなく、食堂関係者が後始末だのなんだので、厨房にいるわけであり、場合によっては話が漏れることもある。 そして、自分たちを他者に認識させないようにする「呪術」を使うほどの、秘密の話というわけでもないのだろう。そもそもそんな重要な話であれば、学校のこの時間でなく、違う時間に違う場所にすればいいだけのことなのだから。
凉と杏は進路相談室にやって来た。部屋の広さ自体は普通の教室の三分の二ぐらいあるのだが、資料などを収めた書架がほとんどの空間を占めているため、狭く感じる部屋だ。面談用の机と椅子につき、凉が言った。 「お前、確か映研だったよな?」 「正式には、シナリオを提供する契約結んだ、外部のフリーランスですから、部員とは違いますけど」 「フリーランス?」 「演劇部とか、文芸部とか、ゲーム研とか、依頼されたらシナリオを提供する立場です」 「はあ……。なんか、胡桃ンとこの外注スタッフみたいなことしてんな、お前。まあ、いいや。……だったら、わかんないかもなあ」 と、凉は椅子に背をもたせ、腕組みをする。 「なんや、ようわかりまへんけど、どういう用向きですやろか?」 「ん? ああ、去年の十月頃、映研が菱盛山(ひしもりやま)でロケした作品作っただろ? 響堂(きょうどう)から、月曜の夜の報告受けたんで、参考までに去年のフィルムに何か映ってないかなって思って映研の部室に行ったんだが、肝心のフィルムが紛失しているらしいんだ。部員の記憶違いの可能性もあるんで、一応、関係者に聞いて回ってるんだが」 「そういうことでしたら、ウチではお力には、なれまへんなあ」 「そうだな」 と、凉は頭を掻く。 「仕方ない。霊査して捜すほどのことでもないからな。フィルムの検証はいいか」 その時、ふと、あることに気づき、杏は言ってみた。 「生徒会に、あらしまへんやろか?」 「は?」 思わぬ言葉だったのだろうか、凉が頓狂な声を上げた。 「確か、あの映画は、文化祭の各部活の出展で提出されてた記憶があります。もしかすると生徒会に提出されて、そのまま返却されてないのかも」 「……あるのか、そんなこと?」 「無いとはいえまへんで。バタバタしてて、書類の上だけで返却されてる、いうことも、あるかも?」 「そうだな、じゃあ、行ってみるか」 「ほな、ウチもお供いたします。自分から言うたことやから、きちんと確認しないと、気持ち悪いさかい」 そして二人は、進路指導室をあとにした。
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