五月五日。本来は学校は休みだが、俺は理事長とやらに挨拶するため、通うことになる「私立新輝(しんき)学園」に来ていた。 「やあ、せっかくの休みに、しかもこの天気のいいのに、朝早くからすまないね。こちらの都合に合わせてしまって、本当にすまないと思ってる」 やたらと広い敷地に、やっぱりでかい校舎。でかいだけじゃない、やたらと数が多い。ちょっと数えたけど七つも建物がありやがる。ここはあれか、どこぞの学園都市か? 俺がいるのはその建物の一つ、研究棟とかいう三階建ての建物の、理事長室だ。 目の前でデスクにつき、髪をきちんとセットした男が理事長ということなんだが、随分と若い。見た感じ、まだ三十代前半なんじゃないか? そんな俺の疑問を見て取ったのか、理事長が相好を崩した。 「この学園の理事長を務めさせてもらってる、護代 真吾(ごだい しんご)だ。まだ、三十九歳だけど、それなりに仕事はできるつもりだから、困ったことがあったら、いつでも頼ってくれてもいいよ」 「三十九!?」 いくらなんでも若すぎだろ!? 頓狂な俺の声に、苦笑いを浮かべ、理事長は言った。 「いろいろと事情があってね。学園の経営母体が『ミハシラ・コーポレーション』というコングロマリット企業だというのは知ってるかな?」 「ええ、一応」 「僕は現社長の甥に当たる。そして社内では次期社長候補の最有力として、ある程度の派閥もある。その基盤を盤石なものにするためには、経験しておかねばならないこともあるということだよ」 うわあ、生臭ェ話だな、おい。一介の高校生にそんな話を、いきなりするかな? そんなとまどいが表情に出たんだろう、理事長は突然、シニカルな笑みを浮かべた。 「君とは、胸襟を開いて話がしたいんだ。なにせ、ついに宗家から、最終兵器ともいえる君が送り込まれてきたんだからね。宗師の腹づもりを知っておきたいんだ」 「!? 俺のことを……?」 俺の全身に針でつつかれたような、緊張が走る。普通なら天宮の家は「拝み屋をやってる旧家」程度の情報しか入手できないはずだ。それは分家筋からたどっていっても同じこと。なのに、この男は少なくとも天宮が普通の「拝み屋」ではないこと、そして俺がこの学園に転校してきた目的を知っているような口ぶりだった。 「ああ。よく存じているとも。といっても、君個人というより『天宮』という家だけどね。企業を経営していくのはたいへんだ。ましてミハシラのようなコングロマリットは、他企業を吸収合併していく過程で無理をすることもある。そんな時、超常的な何かに頼ることもある。その中で、天宮という優れた道士を紹介された、ということさ。……ぶっちゃけていうと、君がここに来て会うことになっていた女性は、僕の秘書なんだ。そもそも天宮氏を紹介してくれたのも、彼女でね。彼女を通じて僕も、分家だけど天宮流に入門させていただいた。まだ一年半かそこらだけどね」 なんというか、拍子抜けというか。俺は、ここに来て、一人の女性からおよその事情を聞くことになっていた。学園の関係者で、理事長の私設秘書をしているというのも聞いていた。しかし、理事長までもが「関係者」とは思わなかった。 「そういうわけだ。君が今の時期にここに転校してきたというのは、何か理由があるんだと思うが?」 「……。俺も、詳しくは知りません。ただ、この学園でおかしなことが起きているから、鎮めてこい、それが修業だ、とかって」 あえて「ご先祖の不始末」というのは伏せよう。わざわざ言うべきではないし、そもそも俺も詳しくは知らないしな。 「なるほど。宗師らしい」 と、理事長は笑みを浮かべる。いろいろと含みがありそうな言い方だが、ここはスルーしておこう。 「だが、それは宗師の杞憂であることを断っておこう。確かに今、この学園では奇怪な事件が起こっている。だが、それはどこの学園にもある『七不思議』の域を出ないし、実害も出ていない。さらに言えば、『現有戦力』でも十分、対応可能なレベルだ」 「現有戦力って、えらく物騒な表現だな」 「そうだね。もっとも、私にとってはそういう表現がふさわしいんだが」 理事長がそう言った時、部屋の扉がノックされた。時計を見た理事長が頷く。 「さすが、時間に正確だな。……入りたまえ」 その声に、「失礼します」と、一人の男子学生が入室してきた。 その学生を見て、俺は我が目を疑った。 「鷹尋(たかひろ)? なんで、お前、ここに? ……って、ここの制服着てるってことは、ここの生徒か、お前!?」 そこにいたのは、代々、天宮の補佐をしている「佐久田(さくた)家」の息子、佐久田鷹尋だった。
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