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作品名:「Saga T 神氣學園封神傳」 作者:ジン 竜珠

第25回 弐之傳 疾走する頭脳・陸
「エピペンをね、致死量すれすれまで投与したんですよ。もちろん、それだけじゃ興奮状態になるだけだ。そこでミハシラ・メディックスの志賀専務取締役から、ある種の『増幅器』を貸与いただきましてね。それを併用したところ、ただの犬が、絵合わせパズルをするまでに知能を向上させた。僕の理論の正しさが、ここに示されているんですよ!」
 そして、少々調子の外れた笑い声をたてる。
「さすが、僕の飼い犬だ! 十年間、面倒を見てきて、それなりに素養はあると思ったけど、これほどとは思いませんでした!」
 蒼本は犬と、そのパズルを見る。確かに、適当に動かしているのではなく、絵を合わせようとしているのが見てとれた。少なくとも、芸でやっているのとは違う。パズルに取り組む人間がそうするように、時折、考えを巡らせるように手(前肢というべきか)を止め、シミュレートするように絵のピースを動かしては、元に戻す。
「そ、そんな、有り得ない。有り得るはずがない!!」
 蒼本の言葉に溜息をつき、冨賀森は言う。
「何度も言いましたけど、またここで講義して差し上げましょう。僕の理論を、ね」
 ゆっくりと犬の傍に歩み寄り、冨賀森は続けた。
「走馬燈、というのがあります。あれは詰まるところ、死の危機に瀕した人間が、その危機を回避するために、過去の経験から似たような状況を検索している状況です。ここまでは、もはや常識。問題はこれからです。人間の脳は、死の危機を感じると、そのような機能を示す。普段は忘れていることを、超高速で検索し、しかもそれを一瞬で、しかも複数の情景の再生を同時に行うんです。体験者の弁にもあるでしょう、周囲が止まっているのではないかと思った、と。しかし、その時間は一瞬のことなのです。いいですか? ここが重要なんです。そのような状況では、人間の脳はその機能をおそらく百パーセント発揮する。人間の脳が百パーセント、その機能を発揮していないことは、いくつかの傍証から明らかですからね」
 脳内出血などのような疾患を患った人が、リハビリで日常生活を送るのに支障がないまでに回復した例は、いくつか報告されている。これなど、脳内出血で不全状態に陥った部位が、もともと持っていた機能を、未使用の部位が代替した、と考えるのが妥当であろう。もし代替した部位が、何らかの「機能」を担っていれば、今度はその機能が不全となっているはずである。つまり、実際に機能している部位と、何らかの事態に備えた予備領域とがあると考えるのが、脳のモデルとして適切なのではないか。
「ならば、人為的にそのような状況に置くことができたら? 脳の機能が百パーセント発揮できる状況下での学習効率、あるいは能力開発の効率は?」
 そして、犬の……柴犬だったが、その頭を撫でる。
「僕は、それを人間の体内にあるホルモンで実現できないかと、提案しました。その候補に挙げたのは、アドレナリンやノルアドレナリン、エフェドリン。エンドルフィンなど、麻薬作用を持つものは不向きですからね、こういうのには。ピンチの時、活動的な時などに分泌されるホルモンでなければ、効果は望めない」
 その時、犬が一声吠えた。見ると、パズルが完成している。
「……」
 もはや、「ばかな」と声を上げることさえできない。蒼本は、嬉しそうに犬の頭を撫でる冨賀森を見るだけだ。
「今はまだ、動物実験の段階です。……そうだ、先生にも試して差し上げましょう。今度の論文、苦戦なさっているんでしょう?」
「そ、それ、は……」
 喉から出るのは、かすれた声だけだ。
「心配は要りません。この『増幅器』だけでも、かなりの効果が望めます。僕も試しましたが、実に素晴らしい! 頭の中の霧が晴れていくというのは、無上の快感ですよ! これに僕の理論を元にした薬剤があれば、おそらく、いや、確実に日本は頭脳立国として世界に大号令をかけることができます!!」
 そんなことを言いながら、こちらに向かって歩み寄る冨賀森の手には、菱形の黒光りする、ガラスの欠片にも似た百円玉ほどの「何か」がある。
 人間としての危機感と、学者としての好奇心。その二つのせめぎ合いの中、蒼本は冨賀森の手にある結晶を見ていた。

「ん?」
 なんか奇妙な「気の揺らぎ」みたいなものを感じたんだが、一瞬で消えた。
「どうした、竜輝?」
 優硫(まさる)の問いかけに、とりあえず「なんでもない」と返したが、一応、後でチェックしておく必要があるだろう。六時限目終了のチャイムが鳴るまで、あと十分。場所は実習棟の方のようだった。


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